第58話 精霊祭①
57.5話→
https://ncode.syosetu.com/n7010ge/85/
精霊信仰のイドニア王国には精霊にまつわる祭事が数多く存在しており、此処王都でも、冬に奉奠祭、初夏には精霊祭と、大規模な祭事が執り行われる。
中でも今年の精霊祭は、乙女ゲーム『evergreen lovers』に於いても、ストーリーを進める上での重要な分岐点だ。
複数の〈魔術〉の適性を持つ『愛し子』であるアリスは、精霊祭で大司教からの祝福を受ける。
『エバラバ』では、ここで発生する『心的外傷克服』イベントで、炎に対する恐怖を乗り越えたアリスが〈火〉の〈魔術〉の適性を発現させるのだ。
それは、炎に対する恐怖を告白して以来、アリスの側で気遣い、励まして来たクラウス様の支えがあってこそ実現出来た事だった。
〈火〉の〈魔術〉の適性が発現した事を伝える為にクラウス様の元を訪れるアリスだが、そこで偶然、暗殺者がクラウス様に襲いかかる場面に遭遇してしまう。
間一髪、アリスは〈魔術〉で暗殺を阻止。暗殺者は捕らえられる。
この『心的外傷克服』イベントの発生で、クラウス様ルートは確定。
これ以降は、バッド、ノーマル、ハッピーの中から自分が狙うエンディングに合わせて、ステータスや選択肢で好感度を調整していくのがクラウス様ルートの基本的な流れだ。
しかし他の攻略対象のルートを進めている場合、つまり精霊祭の時点でステータスやクラウス様からの好感度が基準を満たしていない場合―――『心的外傷克服』イベントは起こらず、クラウス様は暗殺されてしまう。
「大丈夫よね……」
王宮へ向かう馬車に揺られながら、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは自分の両手を握りしめた。
家族はわたくしよりも一足先に王宮へ向かっている。
ギリギリまでギルバートから借りた魔石の本を読んでいたのでこんな時間になってしまった。
正確には、クライネルト伯爵から借りたクラウス様から借りたギルバートから借りた魔石の本……こうして表現すると、又貸しも甚だしいわね。
あの本から得られた情報は、わたくしの想像以上に有益なものだった。
恐らくテオバルトは救い出す事が出来る、と思う。
ただ結局、これまでに彼を見つける事は出来なかった。機会は今日だけだ。
そして、確認出来る限りアリスはクラウス様のイベントを全て達成している。ゲームならば好感度の数値は問題ない筈だ。
ステータスは目に見えないけれど、最近のアリスを見ると、なんならチートを疑う程に高い水準に達している様に思える。
ゲームだったら確実にクラウス様ルート。
……それなのに不安なのは、これがゲームではない"現実"だから?
でも、わたくしに出来る事なんてこれしかないのよ。
クラウス様のいない未来なんて絶対に嫌。
涼しい顔で何でもこなしてしまうから分かっていない人も多いけれど、クラウス様がこれまで、どれだけ頑張ってきたと思っているの。
そのクラウス様が死んでしまうなんて、そんな未来はわたくしには受け入れられない。
クラウス様の未来は幸せであるべきだわ。
―――例えその時、隣に立っているのがわたくしではなくても。
「リーゼお嬢様……心配ございません。お嬢様のこれまでのご尽力が報われます様、わたくしめも精一杯努めさせて頂きますので」
「カルラ……」
顔を上げると、一緒に馬車に揺られているカルラが気遣わしげな表情でわたくしを見つめている。
そう……そうよ。わたくしにはカルラがいるんだから。
ちょっと頼りないけど、ギルバートだって協力してくれている。
「そうね。………わたくしに出来うる限りの事は全てやったわ」
馬車の窓から見える街路樹の新緑。
もう直ぐ王宮に到着する。
今日は精霊祭だ。




