第51話 悪役令嬢も花を愛でる
「何よ、いいじゃないの!」
イドニア王国立魔術学院、お昼休みの中庭。
うららかな春の陽の下、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは抗議の声を上げた。
「悪いなんて言ってませんよ〜。『意外だな』って言っただけ。エリザベータ様って、もっと華やかな感じの花が好きなのかなって思ってたから」
「綺麗だし、愛らしいでしょう!?」
「まぁ、ちまちまっとしてて可愛いですよね、薺の花」
「でしょう!?」
半ば強引にハンナからの同意を引き出し、わたくしは満足してベンチに座り直す。
そのやりとりを見ていたアリスが、ふわりと春風の様な微笑みを浮かべた。
「そうですね。薺のお花、可愛いですよね」
「ふふん。アリスはよく分かっているわね」
「はい!食べても美味しいですし」
「食べるの!?」
「はい!」
聞くと薺の食用は、平民の間では割と普通に行われている事らしい。
知らなかった…カルチャーショックだわ……。
「そんで?エリィちゃんは、今年も誕生日に殿下から薺のお花を貰ったの?」
「そうよ。……ところで何故貴方は当然の様な顔で参加しているのかしら?」
アリスの「お友達になりたい宣言」を受けて、こうしてアリス、ハンナと昼食を共にするのが日課になりつつあるわたくしだったが、今日はもうひとり―――東屋に設置された簡素な木の卓子を同じく囲む、ギルバートに目を向けた。
「エリィちゃんてば、そんな冷たい事言わないでよー」
「そうですよ〜エリザベータ様。たまにはいいじゃないですか。ギルバート様みたいな美形を見るのは目の疲労回復にいいんですよ?」
「さっすがハンナちゃん!話が分かるなぁ」
イケメンを遠くの山みたいに言うハンナに擁護されてギルバートは嬉しそうだ。
女の子に囲まれている時のこの男は、本当に朗らかな笑顔で笑う。
冬季休暇の間にめでたく17歳を迎えたわたくし。
見た目も振る舞いも派手で人から注目される事が大好きな割に、人が多く集まる場所はそんなに好きではないわたくし。
家族はこの難儀な性格を尊重してくれているので、毎年のお誕生日パーティーは普段の晩餐が少し豪華になった程度の質素なものだ。
お母様の様に、大々的に舞踏会を開催したりはしないのだ。
待望の第一子が生まれた為王都には来られなかったお兄様からは、木彫りの熊が贈られて来た。
希少な木を使って彫った価値ある品であるらしいが、一体どこをどうすれば、妹とはいえ女性のお誕生日プレゼントに「木彫りの熊を贈ろう」という発想が生まれて来るのかわたくしには到底理解が出来ない。
仕方がないので部屋に飾ってあるが、目に入る度、お兄様がいつかお義姉様に愛想を尽かされるのではないだろうかと不安な気持ちが込み上げる、そんな熊だ。
クラウス様も毎年薺のお花を贈ってくれる。
わたくしのお誕生日はまだ薺が花を付ける時期ではないので、態々王宮の温室を使って栽培してくれているらしい。そこまで気にかけてもらえるのも、婚約者の特権よね!
わたくしの好きな薺の花は高価なものではない―――というか、時期になるとその辺に生えて来るものなので、それだけでは申し訳ないと思っているのか宝飾品も添えられてくる。クラウス様は律儀な方なのだ。
今年は薺の花に柊や宿木の葉をあしらったグリーンブーケと髪飾り。
髪飾りは、これも薺を模したもので、繊細に編み上げた銀線に細やかなサファイアを散りばめた意匠のヘッドドレスだ。
これが本っ当に可愛いの!!
先日の園遊会にも身に着けて行ったが大変好評だった。誰も何の花かは分からなかった様だが。
しかし、こうしてお祝いの品を贈って貰えるのも今年が最後なのだと思うと、寂しいような、悲しいような、熊とはまた違った気持ちが込み上げて来る。
「まだ幼かった頃は、クラウス様と一緒に薺のお花を摘んだりもしたものだわ……」
「あれ?なんか語り出した?」
「いーじゃないですか、ギルバート様。『氷の王子様』と呼ばれるあの王太子殿下がお花摘みですよ?すごい興味ある」
「私もリーゼ様の子供の頃の話、聞きたいです!」
三者三様、自由奔放に発言する中、わたくしも勝手に語り始める。
今でこそすっかり減ってしまったクラウス様とのお茶会だが、幼い頃には一般的な婚約者同士くらいの頻度で席を設けられていた。
その他にも、王妃教育の後にお茶の席を用意してくれていたりもしたので、ほぼ毎日会っていた時期もあったりする。
「その割に、未だに会う度に照れまくってるじゃん。慣れなさ過ぎじゃないか?」
「五月蝿いわね。子供の頃は平気だったの!歳を重ねる毎に何だか恥ずかしくなっていってしまったのよ!」
「分かります、分かります。エリザベータ様。異性として意識する様になったという事ですね」
「ハンナってば……本当に恋愛話、好きだよね」
ハンナの指摘に恥ずかしい思いをしながらも、わたくしは話を続けた。
王宮でのお茶会は、暖かい時期には庭園の一角で行われる。
―――あっ!薺!
庭園の芝生に混ざって生える薺の葉を見つけ、席を立って駆け寄るわたくし。なかなかに落ち着きのない子供であった。
―――そうだな
わたくしの隣にやって来て、屈んで一緒に草を眺めるクラウス様。
受け答えは既に現在同様淡々としたものだが、凛々しさの中にまだ少しあどけなさを残すこの頃のクラウス様は、わたくしの母性本能をバシバシに刺激する、麗しくも愛らしいお子様だった。そういうわたくしもお子様だったが。
―――これが実です。可愛い形をしていますでしょ!お花もとっても可愛いのですよ!
―――そうか
クラウス様の返答をよく考えると薺の事は知っていたっぽいのに、嬉しくなってしまっているわたくしはそれには気付かず薺の説明に夢中だ。
もしかして、わたくしの方がお子様だった……?
なんだか庭師が気を利かせてくれたらしく、その薺は駆除される事なく増えていき、やがて王宮の庭園の一角には小さな薺のお花畑が出来上がった。
―――とっても可愛いお花でしょ!わたくしこのお花が一番好きなのですわ!
―――根から抜くと良いらしい
薺のお花を摘むわたくしと、その残った部分を根から抜いていくクラウス様。
お付きの侍女や侍従達は、わたくしと、珍しく歳相当の遊びをするクラウス様を、微笑ましい目で見ていた。
「……何だか認識の齟齬を感じるなぁ」
「エリザベータ様は『お花摘み』、殿下は『雑草駆除』ですよね」
ギルバートとハンナがなんだかヒソヒソ言い合っている。
「私も、子供の頃にリーゼ様と会いたかったなぁ」
アリスの感想は今日もマイペースだった。




