第50話 エリザベータという女⑦
ついこの間までの寒気が嘘の様な、暖かい日差しと爽やかな風。ひるなかの陽気はすっかり春だ。
国王陛下主催の園遊会は、様々な草花で彩られた壮大な王宮庭園の中、出席するのは宰相や宮中伯をはじめとしたイドニア王国の重鎮達や各界の名士、他国からの外交官など。そうそうたる顔ぶれに思わずため息が出る。
「ファウルハーバー子爵が伯爵へ陞爵なされば、ハンナ嬢も私と同じ伯爵令嬢ですわね」
私にそう話すのは、茶色がかった金髪を結い上げた気の強そうな女性。
バウマン伯爵令嬢のドロテア嬢は、学級は違うが同じ魔術学院の同学年生だ。さっき散々自慢されたけどバウマン伯爵は園遊会には毎年招待されているらしい。
「あははーそうなれば嬉しいんですけどねー」
私は曖昧な笑顔で答えた。
「商売は卑しい」と厭う貴族が多い中、我が家は領地の商会と連携して手広く交易を行っている。
本来この様な場には縁が無いはずの我がファウルハーバー子爵家だが、南国の農園と仕入れの契約を結んだ珍しい香草で淹れたお茶を王妃様が大変お気に召したらしく、今年は王室から招待を受けたのだった。
お父様は、上位貴族や他国の有力者と繋がりが持てる好機とばかりに、目をギラつかせてあちこち飛び回っている。お母様も同じく。
そして私も、最近何かと縁のあるエリザベータ様とお話しがてら、便乗して誰か紹介してもらえたらいいなーなんて思っていた。
お茶会や夜会に滅多に顔を出さないし「友達が少ない」なんて言ってたエリザベータ様だけど、クラウス王太子殿下の婚約者として同伴すべき場にはきちんと出席しているので、まぁ必然的に上位貴族に対して顔が広い。
お茶会は別として、夜会で殆ど見かけないのは必要最低限しか社交の場に現れないクラウス王太子殿下の影響なんじゃないのかな。
そして、エリザベータ様はこういった場では挨拶などの必要事項を済ますとそそくさと殿下から離れて別行動をする。
それもふたりの不仲説の要因のひとつであったりするんだけど、殿下が令嬢達に囲まれ出すと牽制しに戻って来たりするもんだから、よく分かんないのよね、エリザベータ様って。
と、かつては思っていた。
アリスを介してエリザベータ様ともお話しする機会が増えたから聞いてみたらさ、「恥ずかしい」んだって。
同伴で腕を組んだり一緒にダンスしたりするのも「王太子殿下の婚約者の仕事」として割り切れるから平気なんだけど、なんかずっと一緒にいると恥ずかしくて耐え切れなくなるらしい。わけ分かんない。エリザベータ様って面白い。
高飛車なお嬢様かと思ってたら案外抜けてる所もあったり、可愛い女性なのよね。
アリスがいなかったら、エリザベータ様とここまで仲良くなる機会なんてなかっただろうから、アリスには感謝だね。
そんな訳で、予想通りエリザベータ様が殿下から離れたのを見てエリザベータ様の所へ向かった……んだけど、途中でドロテア嬢に捕まってしまった。
ドロテア嬢は、「クラウス王太子殿下がアリス・アイメルトを正式な王太子妃に定めた」なんて噂がまことしやかに囁かれ、殿下狙いだった令嬢達が新たな結婚相手を探し始めている中、未だ王太子妃の座を諦めないなかなかの強者だ。
アリスと仲の良い私に探りを入れては来るものの、この件に関しては箝口令を敷かれているらしいアリスは私にだって何も言えない。それをそのまま正直に話すしかない訳で。
普通の令嬢であればここで「アリスは口止めされてる、でも内情を把握している」=「噂は本当」と勝手に解釈してくれるのだが、ドロテア嬢は違った。
「アイメルトさんは『愛し子』なのですから、王太子妃に決まったのならばすぐに公表しても問題無いですわよね。それを態々口止めするという事は、お相手はアイメルトさんではないという事。公表出来ない事情があるか、本当はまだ確定していないのかも。つまり、まだ私にも可能性はあるという事ですわ!」
ドロテア嬢。超前向き。
「さっ!殿下の所へ行きましょう!」
「あっあれっ?私もですか?」
「当然だわ!こんな好機を棒に振るおつもり!?」
「い、いやぁ〜…」
「エリザベータ様が消えた今しかないのよ!いつも目障りなあの女……自分が相手にされないからって、いつも私の邪魔をして!」
必要な分だけの挨拶やらなんやらを済ませたクラウス王太子殿下は、給仕から渡された香草茶を片手に、同年代と思しき令息達と談笑している。まぁ、談笑っていっても殿下が笑った所なんて見た事無いけどね。
殿下って他に類を見ない程の美形だから、眼福を得るためにドロテア嬢に付いて行ってもいいかもしれない。美形は心の癒しよね。うん。
「そういえば、ハンナ嬢は最近あの女と仲がよろしいわよね」
「エリザベータ様ですか?そうですねー」
「昔、あの女の誕生日の贈り物に、殿下が雑草を贈ったとかいう噂があったわよね。あの話って本当なのかしら?」
「いや、私は何も聞いてないですけど……ありましたね、そんな噂も」
「うふふふ。本当だったら愉快だわ。殿下に聞いてみようかしら」
殿下達の所に向かう間、ドロテア嬢はそんな事を言っていた。
貴族の噂なんてあれこれと面白可笑しく脚色されるものだ。噂が本当だったらとんでもないけど、実際は贈った花が地味だったとか、そんな所だろう。この噂も、エリザベータ様と殿下の不仲説の要因のひとつ。
「殿下は、婚約者様にはどの様な贈り物をされてるんですの?」
思惑通り殿下を囲む会話の輪に加わったドロテア嬢、「誕生日の贈り物」がどうとかいう会話に乗っかって、本当に殿下に聞いた。
私は思った。「雑草贈ったって本当ですか?」とか聞かなくてよかったと。殿下相手にそんなん聞いたら、それが本当でも嘘でも、とんでもない事になるわ。
「誕生日には、リーゼの好きな花を贈っている」
殿下は端正な顔を崩さないまま、照れるでもなくただ淡々と答える。
「まあ。エリザベータ様が羨ましいですわ。エリザベータ様は何の花がお好きなんですの?」
「あれだ」
殿下が指差したのは、庭園の花壇を彩るパンジーやビオラなどの鮮やかな花々―――の傍を固める、緑色の部分。
群がって生えるその植物は、茎に沿って緑色の実がまばらに付き、先端にはよく見ると白くて可愛らしい花が寄り合って咲いている。
………あれって。
「あれは……?」
「薺だ」
「ナズナ……というのですか?まぁ…なんと言うか、地味な……ふふっ。あれでは、雑草と間違えても仕方がないかもしれませんわね」
私は正直、唖然としていた。
小馬鹿にした様に笑うけど、ドロテア嬢。間違えてないのよ。アレ、雑草だから。草だから。ぺんぺん草だから。
噂になるはずだわ。雑草だもん。
殿下は殿下で、どういうつもりで贈ってんの?
悪意で?それとも、まさか殿下も、薺が雑草だって知らないとか。
しかし、いやー。まじかー。エリザベータ様。
エリザベータ様の手巾に刺繍されている草花を何度か目にした事があるけど、思い返してみれば……あれ薺だったかも。まさか侯爵令嬢の手巾にぺんぺん草が刺繍されてるなんて思いもしなかったから、気付かなかったわ。
薔薇とかじゃないのね。似合うのに。
やっぱ面白いわ、彼女。
多分どこか、その辺の道端かどこかで目にした事はあるだろうとは思うけど、雑草なんかに興味の無いドロテア嬢は薺を知らない様だった。
知っていれば、十全に管理された王宮の庭園の花壇に何故雑草が態々整えて植えられているのかを考える事が出来ただろう。
「エリザベータ様ったら、取り澄まして振る舞っていても、本質は凡庸な方なのかもしれませんわね。雑草の様な花がお似合いですわ。ところで、殿下はどの様な花がお好きですの?あぁ、それとも花はお好きではないのかしら。殿方はあまり花には興味がないと聞きますから」
「俺も花では薺が好きだ」
平然と答える殿下の言葉に、その場の空気が凍った。
「え…あ…私………」
失言に気付いたドロテア嬢の顔がみるみる青ざめていく。
殿下の好きな花を「雑草」と(実際そうなんだけど)こきおろしたのだ。
本当に薺が好きだったにせよ、ドロテア嬢の発言を受けてそう言っただけにせよ、殿下の言葉はドロテア嬢に対する明確な拒絶だった。
「バウマンがこちらを見ている。用があるのではないか?」
何事も無かったかのようにそう告げる殿下だが、その言葉の真意は「この場を去れ」だ。
見ると確かに、ドロテア嬢の父親であるバウマン伯爵が、異変を感じ取ってこちらの様子を不安気に窺っている。
「あっでも……私は……」
少し可哀想なくらい顔を青くして狼狽えるドロテア嬢だったが、どこからか現れた殿下の護衛らしき人達によってバウマン伯爵の方へ誘導されて行ってしまった。




