第47話 クラウス王太子の徴集
イドニア王国では、早春の頃までの約4ヶ月の間は王宮議会が開かれる期間なので、貴族は各々の領地から王都に集まる。
必然的に王都では貴族間の社交が活発になり、生徒の殆どが貴族の子女であるイドニア王国立魔術学院の冬季休暇は、その事に配慮して長めに設定されているのだ。
その長い冬季休暇を、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、最低限の―――クラウス様の(まだ一応)婚約者としてパートナーが必要な公務であったり縦ロールやハンナ、アリスが相手のごく限られたお茶会であったり―――ものを除いては社交らしい社交もせず、専ら魔石の研究に費やしていた。
『エバラバ』の攻略対象で、わたくしの妹のフィーの兄でもある(ややこしい)テオバルト・マイヤーの体に埋め込まれていると推測される『従者の石』と、それと対になる『主君の石』。そしてそれらに刻まれる「隷属」の〈魔術〉。
〈闇〉の〈魔術〉の中には「誓約」というものがあり、これは、この〈魔術〉を以って立てられた誓いは決して破る事が出来ないというものだ。
恐らく「隷属」の〈魔術〉も、仕組みは「誓約」に近いのではないかと考えているのだが、「誓約」は〈闇〉の術士を媒介に発現する〈魔術〉なので誓いを結ぶ者同士の適性は関係ない。
しかし「隷属」は両者に魔石―――〈闇〉の魔力を代用するもの―――が必要な事から、本来ならば〈闇〉の術士同士でなければ発現しない〈魔術〉なのだろう。「隷属」の〈魔術〉は禁術である為に情報が非常に少なく、判断材料に乏しい。
『エバラバ』のシナリオには、テオバルトが『主君の石』を持つ者に逆らえない事、テオバルトルートでアリスがテオバルトの体内の『従者の石』を〈魔術〉で消滅させる事、それ以外に魔石に関する描写はなく、アリスが発現させた〈魔術〉が何なのか、どの属性のものなのかすら不明。せめて術式さえ分かれば様々な情報が引き出せるのだが、そもそも『エバラバ』に「術式」というもの自体が存在しない。
『エバラバ』は乙女ゲーム。そこまでの設定はシナリオに必要なかったのだろう。
わたくしの『アリスにクラウス様ルートを進めさせてクラウス様の暗殺は阻止!ついでにみんなもハッピーエンド!計画』にテオバルトの救出はなくてはならない。
クラウス様が殺されるなんて事はあってはならない。断固阻止。
それは勿論として、テオバルトが王太子暗殺を行動に移してしまえば、例えそれが失敗に終わったところで彼の処刑は免れないだろう。暗殺はテオバルトの意思に反したものだし、そんな事になったらフィーが泣く。
クラウス様の幸せが、テオバルトやフィーの涙の上に立つものだなんて―――分かっている、「王室」なんて巨大な権力の陰には必ず何かが犠牲になっている事は。それでも、嫌だ。
単にわたくしの個人的な感情で、嫌なのだ。
そもそもこれまでの全ての行動が、わたくしの個人的な感情の基に生まれたものだ。
ここは『エバラバ』の世界。
アリスがクラウス様を選ばなければ、クラウス様は他のどのルートのシナリオでも暗殺によって命を落とす。
きっとこの『エバラバ』の世界ではそれが「正しい」運命なのだろう。
でも、わたくしには耐えられない。
クラウス様が死んでしまうなんて、辛くて辛くて耐えられなくて嫌だから、わたくしは例え自分の恋が泡と消えようが、この世界の運命を捻じ曲げる事になろうが、アリスにクラウス様ルートを選ばせる事を心に決めたのだ。
ならばこのまま突き進むのみ!
……と、情熱だけは人一倍にあるわたくしではあったが、結局有力な手がかりは得られぬまま、無駄に魔石に詳しくなっただけでこの冬季休暇は終わってしまった。
冬季休暇の明けたイドニア王国立魔術学院は、生徒達の声で賑わっている。
生徒達の中には休暇の間に婚約が決まった者も多く、話題の殆どはそうした話の様だ。
教室に入ったわたくしを迎えたのは、珍しく憤慨した様子のギルバートだった。
「あーっ!エリィ!!」
「あーらギルバート様ご機嫌よう。挨拶もなしに何ですの?アンナマリア嬢に振られたからといって、わたくしに八つ当たりはやめて欲しいですわ」
「振られてない!まだ!『ちょっと距離を置きましょう』って言われただけ!」
………哀れな。
「そんな事より、エリィ!騙しただろ、俺の事!」
「はぁ?」
まったく心当たりがない。
何を言っているのかしら、この男は?
「前に『クラウス様は冷たいと思われがちだけど、本当は優しい方なのー♡』とか言ってたよな!」
「え?えぇ。言ったわね」
「何が『優しい』だ!この冬季休暇中、俺がどんな目に遭ったか……!涼しー顔して鬼だろアレは、鬼だ!特にエリィ、ザ…ベータ嬢が……」
捲し立てる様に言っていたギルバートだったが、何故だかみるみる内にその勢いが失われて行く。
「何よ、ギル?」
「い、いやー……出来たらボクの事は、さっきみたいに『ギルバート様』って呼んでくれたら、嬉しいな?」
どうもギルバートの様子がおかしい。
アンナマリア嬢に振られたショックでおかしなものでも食べたのだろうか。
騎士の名門ミュラー伯爵家の子息が拾い食いだなんて、ミュラー伯爵のご心痛は如何ばかりか。
「いきなり何なのよ、気持ち悪いわね……そもそも貴方が言い出したのではなくて?『俺の事はギルって呼んで?エリィちゃんと、個人的にもっと親しくなりたいからー♡』とか」
「あーっ!わーわーわー!!」
わたくしの発言を遮る様に騒ぎ出したギルバートの視線がチラチラとわたくしの背後に向けられている事に気付いて後ろを振り返ると、教室の入り口にクラウス様が立っていた。
「まぁ!クラウス様!ご機嫌よう!」
「ああ」
朝から!
学院で会える事など滅多にないクラウス様と、朝から会えるなんて!しかも朝の挨拶まで!
わたくしってば、なんてラッキーなのかしら!
ギルバートの奇行など一瞬で頭から吹っ飛んだわたくしは、クラウス様に駆け寄った。
やっぱり格好良いわ、クラウス様…朝日に輝く金糸雀色の金髪も、凛と整ったお顔立ちも、鋭い藍色の瞳も、いつも通りの素っ気ないお返事も、何もかもが素敵……。
「クラウス様、こちらの学級にご用ですの?」
「ああ。ミュラーに用があって来た」
照れ照れしながら尋ねると、返って来たのは意外な返答だった。後ろの方から「え゛っ」とギルバートの声が聞こえる。
「ギルバート様に……ですか?」
「生徒会の仕事が立て込んでいる。冬季休暇の間、ミュラーにはその手伝いをしてもらっていた」
「まあ!お忙しいのですね!」
「そうだな」
王太子としての公務の他に、学院の生徒会会長のお仕事もあるクラウス様。きっとすごく忙しいのだわ……。
それにしてもギルバート。冬季休暇の間、生徒会のお手伝いでクラウス様と一緒に過ごしていたというの?
……狡いわ!羨ましい!!
怨嗟の込もった視線を投げかけると、ギルバートは心底うんざりした様な表情で首を振った。
「教師には連絡しておくので授業の心配はない。ミュラー」
「………はい、殿下……」
クラウス様に呼ばれて、ギルバートはとうとう観念した様にのろのろとこちらへと歩き出した。
何なのかしら、この男は。
授業の間もクラウス様と一緒にいられるなんて、この上ない役得じゃあないの。何が不服なの。相手が女の子じゃないのが不服なのかしら。きっとそうね。
わたくしからの嫉妬の視線を受けながら、ギルバートはクラウス様の後に付いて教室を去って行った。
大きな筈の体が一回り小さく見えて、その姿はさながら、投獄の為に連行される囚人の様だった。




