第46話 悪役令嬢の憧憬
前世のわたくしは乙女ゲーム『evergreen lovers』通称『エバラバ』が大好きだった。
どの位に大好きだったかというと、前世の事は何ひとつ憶えていないというのに『エバラバ』の事だけは何から何まで憶えていたという位に大好きだ。
だから、この学院の同じ学級でハンナを見つけた時には「キャー!ハンナさん!本物!!握手して下さい!出来たらサインも」と駆け寄りたいのを必死で堪えた。
勿論それは他の人物に対しても同様で、クラウス様の時なんてもう、それはもう。
前世でゲームをプレイしていた頃の最推しキャラ、そして今世も最推しのクラウス様。
わたくしが初めて出会ったクラウス様は齢5歳にして既に現在の様な凛々しさと歳相応のあどけなさを併せ持っていて、妖精と見紛うばかりの可愛美しいクラウス様の、ゲームでは決して見る事の叶わない幼少期、レアもレア、激レアよ。
奇跡を目の当たりにしたわたくしは感激のあまり拝んでしまい、一緒にいたお兄様に頭を叩かれた。そして「子供とはいえ女性に手を上げるなど」と侍女達からお叱りを受けたお兄様は「だってこいつおかしいだろ!」と叫んだ。一理ある。
主人公のアリスに至っては周回に周回を重ねた結果、最早主人公というより娘、なんなら孫の様に感じる時もあって、彼女がここまで成長したのは紛れもなく本人の努力の賜物ではあるのだが、クラウス様ルートに導く為あれこれ画策したりゲームのエリザベータ通りに、一部通りではなかったかもしれないが、ゲームのエリザベータ通りに悪役令嬢ムーブをかましてきたわたくしとしては、「ワシが育てた」気持ちがどうしても否めないのだ。
「王宮のお茶会で、ロジーネ様にお会いしました。ロジーネ様、エリザベータ様とお友達になられたって、嬉しそうでしたよ」
そう言って、紅茶を飲みながら微笑む姿も様になっている。ワシが育てた!
そのお茶会なら『エバラバ』にもあったわね。
王妃殿下主催のお茶会。『エバラバ』では〈礼節〉ステータスを上げる為だけのものだったが、実際には年頃の令嬢達の交流の他に、いずれは爵位かそれ相応の身分を与えられるであろうが今はまだ平民のアリスを招待する事で、王室の『愛し子』に対する配慮を公に示す目的があるのだろう。
因みにわたくしは停学を理由に欠席した。
アリスの縦ロールの呼び方が『プライセル様』から『ロジーネ様』に変化している。仲良くなったのだろうか。
そしてその縦ロールは、あちこちの茶会や夜会で、わたくしと友人になったと声高に触れ回っているらしい。もしかして縦ロールも、取り巻き3人の他には友達がいなかったのだろうか。
「まぁ、このわたくしの友人となったのですから、浮かれてしまうのも仕方がないのかもしれませんわ、おーっほっほっほっ!」
「羨ましいです!!」
「えっ?」
扇を口元に添えて高笑いするわたくしの横で「あっはっはっ!エリザベータ様って面白いですよね」とハンナが淑女らしからぬ笑い声を上げる中、突如アリスが真剣な面持ちで身を乗り出して来た。
「エリザベータ様、前に私に『勇気が足りない』って仰っていましたよね」
「え?え、えぇ……」
な、なに、何の話?
この子、マイペースというか、話が飛んで時々付いていけなくなる時があるわ。
しかしアリスの表情は真剣そのもので、エメラルドの瞳をキラキラとさせながら真っ直ぐにわたくしを見つめて来るので、つい呑まれてしまう。
確かに言ったわ。「〈勇気〉が足りない」と。アリスの前で。
あれは秋。
歓迎会を間近に控え、時間を見つけてはアリスを捕まえ、ダンスの練習をしていた頃の話だ。
あの頃はまだ、アリスは平民、しかもクラウス様のダンスのパートナーを務めるという事で、周りのご令嬢からやっかみを受けて何かと嫌がらせを受けていた。
そしてわたくしはいついかなる時でも驚異の嗅覚でもってアリスの居場所を突き止めていたので、アリスが嫌がらせをされている現場に居合わせたのも一度や二度ではなく、「迎えに(捕まえに)行く度絡まれているとか、主人公も楽じゃあないのね」とか思っていた。
モブ令嬢から絡まれ、わたくしには付け狙われ、アリスの苦労も一入であった事だろう。
どこぞの令嬢達から言いがかりをつけられている時、アリスはいつも小さくなってしまっていた。怯えた仔猫の様で庇護欲をくすぐられる。
『エバラバ』ではこういう時に選択肢が出て、言いがかりをつけてくる令嬢達に言い返す事も出来るのだが、〈勇気〉の値が足りないと反撃する選択肢そのものが出てこないのだ。
そう、わたくしの言った〈勇気〉とは、ゲームのステータスの事。
『エバラバ』では、ステータスに〈武芸〉〈礼節〉〈魔術〉〈魅力〉〈勇気〉の5種がある。
乙女ゲームに〈勇気〉?ナンデ?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、『エバラバ』に於いての〈勇気〉は選択肢に影響を与えるステータス。
低すぎると、思い切った判断が必要な局面でもその「思い切った判断」自体が選択肢上にそもそも現れないという事態が起こってしまう、なかなかに重要なステータスなのだ。
割とめちゃくちゃな事を言って絡んで来る令嬢に対しても言い返さないアリスを見て、わたくしは「これは、〈勇気〉が足りていないのかもしれないわね……」と呟いた。
「だから、私、考えたんです。もっと勇気を出そうって」
「そ、そう……」
完全に独り言だったのだが、アリスはずっとそれについて覚えていたらしい。なんて、真面目。
「私、私も……エリザベータ様と、お、お友達になりたいです!!」
「はっ!?」
思いもよらないアリスの言葉に、わたくしの思考が停止する。
お友達?主人公と悪役令嬢が、お友達!?
「私、平民だし、こんな事言われてもエリザベータ様は嫌かもなんて思って言えなかったけど、でも、でも、私だってエリザベータ様とお友達になりたい!」
「えっ!」
「私のこと、『アリス様』って呼ぶけど、たまに『アリス』って呼び捨てにしますよね。本当はいつもそうやって呼んで欲しいんです!」
「えぇっ!?」
「それで、出来れば私もエリザベータ様のこと、リ、リ、『リーゼ様』!とか!呼びたいんです!!」
「えええぇっ!?」
頬を桜色に染めながら一生懸命気持ちを伝えるアリスの姿に圧され、わたくしまで何だか恥ずかしくなってくる。
そんなふたりの様子を、ハンナはニヤニヤしながら眺めていた。
「『お友達』ってそうやってなるものなのかな〜でもエリザベータ様も、何かとアリスのこと気にかけてますよね。もしかしてエリザベータ様って、アリスのこと………ふふっ何でもない!」
ギャーやめて!本人の前で『ハンナの好感度チェック』は何だか恥ずかしいからやめて!!
なんなのハンナは!どうしてわたくしの好感度まで分かるの!エスパーか何かなの!?
『エリザベータルート』なんてものは存在しないのよ!!
生温〜い空気の中、悪役令嬢ことわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムと、主人公ことアリス・アイメルトの友人関係が築かれたのであった。
わたくしと友達になるのって、そんなに〈勇気〉が要る事なの!?




