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第43話 侍女カルラの追従②

「この機会ですので、リーゼお嬢様に報告……といいますか、わたくしめの考えを聞いて頂きたいのですが」


カモミールティーを飲んで一息()いた頃合いを見て告げられた言葉に、わたくしは顔を上げた。


カップをソーサーに置いて視線で続きを促すと、わたくしの向かいに立つカルラはいつもの通りにピンと背筋を伸ばしたまま話し始めた。


「フィーお嬢様の実兄に当たるテオバルト・マイヤーですが、わたくしめが退職した10年前の時点での存在は確認しております。入れ替わりの少ない部署ですので、リーゼお嬢様のお考えの通り、王宮の暗部に恐らくですが現在も在籍しているものと思われます。リーゼお嬢様の仰られるゲーム内での呼び名は『暗殺者テオ』でしたか。確かに"テオ"と名乗り、銀髪で、歳の頃も符合します。間違いありません。といいますか本名だったのですね」


わたくしは口を開いたが、カルラはそれに構わず先を続ける。


「王宮暗部には―――年少部隊の様なものが存在しておりまして、有り体に言いましたら幼少の頃より技術を仕込んで王国に逆らわない間諜を育てている訳なのでございますが、殆どは平民で、"テオ"は縁故採用であったと記憶しております。暗部では個人同士の繋がりはほぼございませんが、わたくしめは年少部隊の指導も担当させて頂いておりましたので」

「ちょ、ちょ、ちょ、カルラ!」


「へぇー、暗部って縁故採用とかあるのね」とか「教育係だなんて、カルラってばなかなか出世してたんじゃない」とか、思うところは沢山あったが、わたくしは()(かく)カルラの言葉を遮る事を優先した。


「暗部の内情を話すなんて、だ、駄目よ!」


そう。駄目よ。


暗部は徹底的に秘匿された王国の非公開組織。

探る事は(おろ)か、言葉にしただけで罪に問われる事すらある。


いくら退職したからといって、いや、退職した者程その制限は厳しい筈だ。

事実、カルラはわたくしに仕えたこの10年、暗部の内情について言及した事は一度もなかった。


それをこんなにホイホイ話してしまっては、それは、駄目よ。


しっかり者のカルラも、うっかりする事もあるのね。

そんな時は、主人であるわたくしが諌めなければいけないわ。


しかしカルラは平然としていた。


「ですから、今、なのでございます」

「えっ?今?」

「はい。部屋に他の者もおらず、王宮の"影"も屋敷の中までは入って来ません。リーゼお嬢様が内密にして下さるならば、バレません」


バレませんて!

まさかの「バレなきゃいいだろ」の精神。

それは如何なものなのかしら!?


「屋敷でカルラとふたりきりなんて、今までにもあったと思うのですけれど…」

「そういった時、大概の場合はリーゼお嬢様はご趣味に興じていらっしゃいます。お邪魔をする訳にはいきませんので」


暗部の内情リークよりも、わたくしがクラウス様の肖像画(ポートレート)を愛でる時間を優先してくれていたという事かしら。

(たま)にカルラの価値基準がよく分からなくなる時があるわ。


「それとこれは、ロイス家当主として知らされた事で公にはされてはいないのですが、2年前、王宮で保管されていた『主君の石』と『従者の石』が何者かによって盗み出されるという事件がございまして、石も犯人も未だ見つかっておりません。そして、フィーお嬢様を付け狙う者共もその頃を境に姿を見せなくなりました。恐らくこちらもリーゼお嬢様のお考え通りでしょうね」


『エバラバ』でテオバルトは、謀反を目論む宮中伯に利用されていた。

妹―――フィーを人質に取られ泣く泣く従っていたテオバルトは、『従者の石』を体に埋め込まれた事でいよいよ宮中伯に逆らえなくなるのだ。


フィーを狙う破落戸(ごろつき)まがいの人間達は2年前からぱたりと姿を見せなくなった。


恐らくその破落戸(ごろつき)は宮中伯によって雇われた者達で、現れなくなったのはフィーを捕まえて人質にする必要がなくなった―――『エバラバ』通りにテオバルトは『従者の石』を体に埋め込まれてしまった事を意味すると、わたくしは考えていた。


「教えてくれてありがとう、カルラ。でもそちらも本当はわたくしに教えてはいけない話だったのでは……?」


アルヴァハイム侯爵であるお父様も恐らくご存知なのでしょうけれど、わたくしは聞かされていない。

王国の醜聞に当たるので公表はされていないし、わたくしにも知らせるべきではないとの判断なのだろう。


「リーゼお嬢様は時折ですが、真面目すぎるきらいがございますね。暗部にいる者を知りたいのであれば、目の前にわたくしめがいるのです、利用出来るものは何でも利用しませんと」


あら?

カルラを諌めないとと思っていたのに、気付けばわたくしが諌められている?


「だ、だって、国家機密よ?」

「わたくしめからすれば、リーゼお嬢様の仰られる"ゲームの話"も十分それに当たります。特にテオバルトルートの話に関しては侯爵家のご令嬢の知っていていい範囲を優に超えています。軽々しく外でお話しになられてはいけませんよ」


あら?

逆に注意を受けている?


「それと」

「な、何?また暴露話?」

「いえ。お元気になられた様ですので、そろそろお返事をお書きになって頂きたいのですが」


カルラがわたくしの机の上に積まれている手紙の束に目線をやる。

お茶会や夜会の招待状だった。


悪役令嬢活動に忙しいわたくしは、お茶会も夜会も必要最小限しか出席しない。

侯爵令嬢という権力を持つわたくしに、表立って文句を言う者もいない。

勿論お父様やお母様はいい顔はしない。


断りの手紙なんて書き慣れすぎて最早(もはや)定型文だ。

それなのに皆さま毎回よく送ってきますわね。


「あら、縦ロールから来ているわね」


招待状を見ていくと、プライセル家からのお茶会のお誘いがあった。

これは行っておこうかしら。

お友達ですものね、わたくし達。うふふ。


「お嬢様。お顔がニヤけておいでです」


いいじゃない!

血と汗と努力で彩られた悪役令嬢人生で、わたくしにまともな友人なんて殆ど居ないのよ!


「……あら?ハンナからも招待が来ているじゃない。『親しい友人のみを招いたごく小規模のお茶会です。是非いらっしゃって下さい』……した、親しい??」


ハンナ・フォン・ファウルハーバー。

『エバラバ』ではサポートキャラを務める主人公(ヒロイン)アリスの親友だ。





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