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第42話 侍女カルラの追従①

「王太子妃についてお心を決めた」というのはそのまま、クラウス様が王太子妃を誰とするのか決定したということ。


ふっふっふっ。計画通り。


想定よりも時期が早い気がするけれど、公表されるのはもっと後なのかもしれないし、早いに越した事はないでしょう。


『エバラバ』ではクラウス様とアリスがお互いの気持ちを確かめ合い、結ばれるのはエンディング。

それまでアリスはクラウス様と結婚する事など知らない訳だから、現時点でアリスは何も知らされていない可能性が高い。


……クラウス様ったら、もしもこれでフラれたらどうするつもりなのかしら。


って、何でクラウス様がフラれなきゃいけないのよ!


クラウス様は凄く格好良いもの。アリスだって好きになるに、いえ、もうなっているに違いないわ。


そして恐らくこれは、外堀から埋めていく作戦ね。

流石はクラウス様。策士だわ。


なんにせよ、クラウス様が宮中議会で意思を示したという事は、わたくしとの婚約はいつ解消されてもおかしくない。


その覚悟はとっくの昔に出来ているし、ショックなんて受けていないわ。


受ける筈がないじゃない。


何年もかけてアレコレ画策して、血の滲む様な努力もした。

苦労が実を結んだのよ。

全てがわたくしの思い描いた通りに動いているじゃないの。


一体何を悲しむ必要があるというの。話が上手く進み過ぎて、笑い出したいくらいですわ。おーっほっほっほっ!


「………お嬢様」

「何よ、カルラ?」

「寝台に伏せったままの独り言はお控え頂けますか。……少々不気味ですので」

「…………………」


寝台(ベッド)に突っ伏したまま、何やらぶつぶつと呟いた果てにとうとう笑い出したわたくしを見かねて、カルラが声をかけてきた。


ややあって、紅茶を注ぐ音が聞こえてくる。

のろのろと顔を上げると、柔らかいカモミールの香りがした。


身体を起こして卓子(テーブル)まで移動して椅子に腰掛け、カルラが淹れてくれたカモミールティーが入ったカップを持つ。


「おじょっ……!?」


そのままグイッと紅茶を(あお)るわたくしに、カルラが慌てて水差しを持って駆け寄って来た。

胃が焼ける様に熱い。当たり前だ。紅茶ですものね。

水が注がれたグラスも同じ様に一気に飲み干して、わたくしはふうっと一息ついた。


「………もう一杯ちょうだい」

「………今の様な飲み方をなさらないのであれば」


心配しなくてももうしないわ。

やって後悔した。口の中はそうでもないけれど、多分胃は火傷した。


―――クラウス様が奉奠祭を抜け出して会いに来てくれたあの夜、わたくしは単純に大喜びしてしまって深くは考えなかったのだけれど。

なんなら「クラウス様ってばわたくしの事が好きなんじゃない!?」とか言いながら大はしゃぎしてしまったのだけれども。

もしかしたらあれは、もうすぐ婚約解消だから日頃のご愛顧に感謝を込めてサービスしてくれただけだったのかもしれない。


「何をやっているのかしらね、わたくしは」

「本当ですよ」


カルラが呆れながら、カモミールティーをカップに注ぐ。


わたくしは今度はゆっくり、それを飲んだ。

少し胃に()みる。


「……もしも旦那様がお嬢様の失恋旅行をお許しになられるのならば、わたくしめもお供させて頂きますよ」


……はっきり「失恋」って言わないでもらえる!?


「カルラ、わたくしに付いて来てくれるの?」

「元よりそのつもりです。お嬢様おひとりでは宿ひとつ満足にお取りになれませんでしょうし」

「ロイス家はどうするのよ?」


アルヴァハイム侯爵家の侍女であるカルラは、同時にロイス伯爵家の女当主でもある。


ロイス伯爵家は実力主義。

実際に戦って一番強い者が当主を務めるという少年漫画の様な家なので、性別や年齢は関係ないのだ。


「そうなれば、わたくしめは隠居して後続に譲ります」


何でもない事の様にカルラが言う。

大体いつもそうだが、その胡桃色の瞳に迷いはない。


「勿論、嫁がれるのであればその嫁ぎ先に付いて参ります。わたくしめはリーゼお嬢様の侍女ですので」


今わたくしの部屋に、カルラ以外の侍女はいない。

カルラがわたくしに気を使って下げてくれたのだろう。


なんだかんだ言っても、カルラは優しい。


「カルラ………ありがとう」


わたくしは、カモミールティーをまた一口飲んだ。

今度は心に()みた。





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