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第41話 悪役令嬢の夢

「お父様、ご機嫌はいかが?」


アルヴァハイム侯爵家別邸。


わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、お父様から談話室(サロン)へと呼び出されていた。


奉奠祭の日に積もった雪は2、3日もするとすっかり溶けてなくなった。

窓の外では冬枯れの(カエデ)が寒風に揺らされている。


「うむ、大事無い」


わたくしと同じ、(あか)の瞳と(あか)の髪。

卓子(テーブル)を挟んだ向こう側、がっしりとした体躯をビシッと姿勢正しく椅子に座らせている壮年の男性は、アルヴァハイム侯爵家当主、ワルテン・フォン・アルヴァハイム。

アルヴァハイム侯爵家の権力の筆頭に立つ、わたくしのお父様だ。


「リーゼも……ううむ、健やかなのは良い事だ。しかし…年齢と共に淑やかさというか、落ち着きを持つかと期待していたのだが……」


お父様は、独り言だろうか、わたくしに聞こえるか聞こえないか位の小さな声で「子育てとは難しい……」と呟いた。


お父様。

冬季休暇で王都へ来るなり娘の停学報告が待っていたお父様。


別邸に帰ってわたくしに大目玉を食らわせたものの、その後は謁見や議会、奉奠祭の準備に参列、更にはお母様を伴ってのあちこちの夜会への出席で、こんな風にゆっくり話す時間はなかった。

お陰で怒りも落ち着いた様子ね。良かった良かった。


「お父様も、わたくしの停学の仔細はお聞きになられているのですよね?『愛し子』に害を為そうと学院の教本を改竄した者達は無事捕らえられ、わたくしの停学も冬季休暇へ入るまでの期間で既に終えています。『終わり良ければ全て良し』ですわ。過去の過ちは水に流しましょう?」

「その通りだ…その通りなのだが……本人の口から語られるべき言葉ではないのだ………!」


お父様はまだ少し納得がいかない風だ。

片手で頭を抱えていたが、やがて顔を上げ口を開いた。


「それはそうと、リーゼよ。お前の将来の話なのだが………今でも、気持ちは変わらないか?」


わたくしの将来。


当て馬悪役令嬢エリザベータは、王太子妃のスケープゴートでもあったりする。

馬だったり山羊だったり、わたくしも忙しいのだ。


したがって今でこそクラウス様の婚約者の座に就くわたくしも、クラウス様が王太子妃を確定させ―――これはアリスである事が望ましい―――婚姻の発表をする前までには、この婚約を解消させなければならない。


わたくしの予定通りにアリスがクラウス様ルートのハッピーエンドを迎える事が出来れば、クラウス様はいずれは王として、立派にこの国を治めていくだろう。

エンディングの文章にもあった通り、アリスと共に末永く幸せに暮らすのだ。


『エバラバ』の通りに進むのならば、ふたりの婚姻の発表はゲームのエンディング、つまり学院の卒業、の少し後になるだろう。


そして『エバラバ』がエンディングを迎えてしまえば―――わたくしがクラウス様の為に出来る事はもう、ない。


「ええ、お父様。わたくしの気持ちは変わりませんわ。学院を卒業した後は、吟遊詩人となって各地を旅したい―――それがわたくしの希望です」


あれはそう、わたくしのデビュタントの前日。

お父様に自分の考えを話した事があった。


「クラウス様のお嫁さんになってわたくしがクラウス様を幸せにする!」という夢が10歳で早々に砕け散ったわたくし。

「それでもクラウス様には幸せになって欲しいし、暗殺なんて断固阻止!」という意思に変わりはなかったが、では自分はどうなりたいのかと考えた時に、パッと浮かんだのが『旅』だった。

現実逃避も入っていたかもしれない。


でも、いいじゃない?

"さすらいの旅人"………なんか、いいじゃない?


雰囲気があるし、言葉の響きも素敵よね。


どうせだったら、訪れた各地でクラウス様の素晴らしさを宣伝して歩いたらいいのではないかしら?


クラウス様は格好良いけれど、顔だけじゃないのよ。

いつも無表情だから分かりづらいだけで、それはもう素晴らしい方なのだという事を、なんなら(うた)にしたためたら良いのではないのかしら。

道ゆく人々もきっと興味をそそられるに違いないわ。


―――吟遊詩人に、わたくしはなる!!!


とは言え、いくらわたくしでも将来のゆめ(この考え)が家族からの理解を得られると思ってはいない。


王太子殿下の婚約者"役"を務め上げた暁には、わたくし個人の要望に王宮の後ろ盾が得られる。ある程度のお願いならば聞いて貰えるという訳だ。

しかしそれも常識の範囲内。

当然だが、これまでに「王太子殿下の婚約者を務め上げた報酬に吟遊詩人になる」などという話は聞いた事がない。


ここイドニア王国では、貴族令嬢はデビュタントの15歳から20歳までの間に結婚するのが一般的だ。

クラウス様の結婚相手が決まれば、次はわたくしの結婚。

何事にも準備を怠らないお父様のこと、(あらかじ)め相手を決めておこうと動き出すのは目に見えていた。


アルヴァハイムはイドニア王国でも有数の権力を持つ貴族だ。

その権力をより盤石なものとする為にわたくしの結婚が必要なのであれば、どーーしても、何がなんでも必要だと言うのであれば、その考えに従うつもりではいる。

それでもデビュタント前、お父様がわたくしの結婚相手を探してアレコレする前に、自分の希望も伝えておこうと思ったのだ。


「吟遊詩人に、わたくしはなる!!!」と高らかに宣言した時、お父様はそれはもう驚いていた。


割と普段から公言していたのであんなに驚くとはこっちが驚いたが、どうやら本気で言っているとは思っていなかったらしい。椅子から転げ落ちていた。

わたくし、いつでも全力で本気ですわ。


てっきり普通に却下されるものと思っていたが、意外にもお父様は反対しなかった。賛成もしなかったが。


「そうか…リーゼよ、お前は幼少の頃よりクラウス殿下をお慕いしていたな。王太子妃にはなれぬと知ってからも腐らず婚約者としての務めを果たして来た。我が家の誇りだ。この様な事はいずれは訪れるとは分かってはいたが……その、この事はお前には言いづらいのだが……」

「どうかしまして、お父様?」


お父様がそのだのこのだの何やらモゴモゴしている。大丈夫かしら?


「うむ……実は今日、宮中議会で、クラウス殿下が王太子妃についてお心を決めたと、正式に宣言されたそうだ」

「まぁ、そうですか」


わたくしはお父様の言葉に、(ただ)微笑んで、そう答えた。





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