第40話 クラウス・グランツ・フォンシュルツェブルクについて②
王宮内、審議の間。
午後の議会に先立って国王が宮中伯らを交えて行う宮中会議は、さしたる問題も無く終えられようとしていた。
長卓に沿って王太子殿下と宰相、そして10名の宮中伯が向かい合って座り、皆が見渡せる最奥に御座すのが我がイドニア王国の国王陛下だ。
自分が座るのは国王陛下の直ぐ傍ら、クラウス王太子殿下と向かい合う席。
だって儂、宰相だから。
クラウス王太子殿下の後ろには、ヴァールブルク侯爵家嫡男ウィルフリード殿が控えている。
まぁ、儂が言ったのよね。
殿下の側近であるウィルフリード殿は能力も申し分無く、何より殿下の信が厚い。恐らく次の宰相は彼になるだろうから、発言権は無いし我々と同じ席には座らせられないけど、今からこういった場に参加するのも経験になっていいんじゃないかってね。
ほら儂、宰相だから。
税収やら予算やらの話が一段落ついて、バイルシュミット伯が口を開いた。
「して、"愛し子"アリス・アイメルトの後見は決まりましたか?」
アリス・アイメルト。
〈土〉〈水〉〈風〉〈光〉〈闇〉―――〈火〉を除いた、5つの加護を受ける"愛し子"。
「はい。このまま反対意見が無ければ、我がザイフリート公爵家の養女として引き取りたいと思っております。―――王太子殿下も、異論ございませんな?」
「ああ」
平民である"愛し子"アリス・アイメルトに地位を授けるにあたって、水面下ではかなり熾烈な争いがあったみたいね。
史上類を見ない5つの加護を持つ"愛し子"を養女として引き取りたい家は沢山ある。それに加えて彼女は王太子妃の筆頭候補でもあるんだから。
ザイフリート伯、彼は宮中伯の他に、公爵の爵位も持ってるのでね。こういう場では"伯"と呼ぶけどね。
彼は平民からここまでの地位まで来ただけあって、腕は確か。まあ見事に勝ち取ったよね。
彼も王太子妃はアリス・アイメルトになると踏んでいるのだろう。だからこそ国王陛下では無く王太子殿下に確認を取った。「自分が王太子殿下の義父になるけど、いいよね?」って事ね。
王太子妃を誰とするかは、国王陛下は王太子殿下に一任しちゃってるからね。
王太子殿下もいつも通りの無表情だけど、否定する訳でもないし、まあ、王太子妃はアリス・アイメルトで決定と考えていいのかな。
「ゲオルグ」
王太子殿下が儂の名を呼んだ。
儂、宰相。ゲオルグ・フォン・ブットシュテット。60歳。
幼少の頃よりイドニア王室に仕え、宰相となってからは国王陛下を陰日向に支えて来た。
国王陛下は清廉潔白な方だが謀に疎く、ちょっと目を離すと奸臣の意のままになっちゃってるのよね。
だからそういった部分を補っていた前王妃殿下が崩御された時は、王宮内での勢力の均衡が崩れて、臣下達は好き勝手やり始めるわ、陛下は塞ぎ込んじゃって使い物にならないわで、大変だった。本当。
儂も頑張ったんだけどね。王宮内で燻っていた不穏分子の数が、想定以上に多かったのよね。あの頃は毎日「この国ヤバいんじゃない?」って思ってた。本当。
ただ、嬉しい誤算もあったのよね。
それがこの、クラウス王太子殿下。
あの頃の儂、この混乱の只中に放り出された幼い王太子殿下が殺されない様、絡め取られない様、守る事で必死だった。
でも儂の心配を余所に、殿下は擦り寄る者達からの甘言に乗らず、奸臣の謀略を次々に暴いていった。
幼さゆえ不自由があれば宰相の名を使い、また幼さゆえ侮られればその油断を逆手に取る。
当時僅か7歳よ?
既に〈武芸〉にも〈魔術〉にも才を現していた殿下ではあったけど、儂、吃驚した。だって、気付いたら粛清が始まってるんだもん。
ただ殿下は焦りというか、先を急ぐ傾向があって、儂もハラハラする事が一度や二度ではなかったんだけど、そこは若さゆえ、なのかな?
まあ今現在―――あの混乱から10年。僅か10年で王宮内がここまで安定したのも、多少強引に推し進めた結果なんだけどね。
「いずれ宮中会議で示すが、王太子妃は俺個人の意見で決めるつもりでいる。構わないだろうか」
殿下の言葉に、儂は内心歓喜し、安堵した。
話の流れから王太子妃はアリス・アイメルトであるとこの場の誰もが思っただろう。
ただ儂は相手が誰であれ、殿下が漸く決定の意思を示してくれた事に安堵したのだった。
殿下には、共に困難を乗り越えた戦友の様な気持ちもあるし、それと同時に、もう孫みたいに思っちゃってるのよね。
幼い頃より同年代の子供達よりも遥かに厳しい立場に立たされながらも、王太子の、いや、それ以上の責務を果たして来た方だ。
いつも涼しい顔をしていらっしゃるがその重圧は計り知れない。
せめて生涯の伴侶となる王太子妃は、殿下の意思で決めさせてあげたいって陛下の気持ち、儂も分かる。
儂の妻もね、「殿下は何でもお出来になりますが、殿下には、殿下を個人として心から愛する事の出来る方がお傍に必要なのではないでしょうか」とか言ってたんだよね。
まあ今や確固たる権威を確立させた殿下であるから、余程の相手でない限りは殿下に向かって"否"を突きつけられる者なんていないんだけどね。
「余程の相手」っていうと、現在殿下の婚約者を務めるアルヴァハイム嬢とかね。彼女は、貴族にしては魔力に乏しいからね、残念だけど。
彼女は殿下をお慕いしている様だし、王太子妃を確定させて早めに任を解いてあげないと、色々と酷なんじゃないかと思うんだよね。
魔力を除けば能力もある様だし、彼女の様に忠に厚い者が、婚期を逃して行き遅れるなんて事になったら、可哀想じゃない。
そう思ってアルヴァハイム侯に「そろそろいい人紹介しようか?」って打診してみたけど、やんわり断られちゃった。
なんか、信用されてないみたいで悲しい。
儂、宰相なのに。
ともあれ、殿下が伴侶を決められた事は慶ばしい事だ。
「勿論ですとも。殿下の御決断を、私も全面的に支持させて頂きます」
「そうか」
恭しく答える儂。殿下はいつも通り淡々としている。
「ゲオルグ。昔から、お前には世話をかける」
何と。殿下が儂を気遣う言葉をかけて下さった。
心なしか藍の瞳に労りの色が浮かんでいる様な気もする。
なかなか決まらずやきもきしていた王太子妃も決まり、儂もほっと一息つけた訳だから、殿下が気遣う必要などありはしないのに。
「身に余る御言葉、光栄にごさいます」
座したままではあったが、儂は臣下の礼をとり、感謝の意を述べた。




