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第38話 奉奠の夜②

開け放たれた窓から吹き込む外気はつんと冷たく、雪の匂いがする。


状況が飲み込めず唖然とするわたくしを余所(よそ)に、クラウス様は屋内に入るとバルコニーの窓を閉め、そのままこちらへ歩いて来た。

なんというか、平然と、泰然と。普通に「お邪魔します」みたいな感じで。


はっと我に返って「他の誰かが姿を偽っているのでは」なんて疑念を抱くも〈魔術〉の気配は感じられない。


そういえばわたくし、さっきまで「クラウス様に会えますように」と必死に祈っていたわよね。それはもう必死に……え?まさか、クラウス様に会いたくて会いたくて震えるあまりに、とうとう幻覚を!?


……とも思ったが、どうやらエマにも見えているらしい。立ちはだかる様にしていた彼女がサッと道を空けわたくしの後ろに下がる。幻覚じゃなかった。


クラウス様は、わたくしの前まで来て立ち止まった。

手を伸ばせば触れられる程近く。真っ直ぐにこちらを見下ろす藍色の瞳を、わたくしは(ただ)呆然と見つめ返す事しか出来ない。


この何の迷いもない堂々とした立ち振る舞い。あたかも正規の手順を踏んで招いた客人であるかの様に錯覚してしまいそうになるわ。流石はクラウス様ね。


「停学の通告をして以来だな。息災だったか」

「はい…クラウス様も、お元気そうで何よりですわ……」


夜中に人の家のバルコニーから侵入しておきながら普段通りに会話を始めるクラウス様。

そしてそれに普段通り答えてしまうわたくし。

なんなの。なんなのかしら、これは。


かたり、と()ぐ近くから聞こえた物音に振り返ると、カルラが机の上の肖像画(ポートレート)をそっと伏せている所だった。

そうだ、クラウス様の肖像画(ポートレート)を机の上に立てたままだったのだわ。

わたくしのクラウス様肖像画(ポートレート)収集癖はクラウス様には内緒にしているし、本人に見られるのは恥ずかしいが過ぎる。隠してくれたカルラには、心からの「いいね」を贈りたいわね。


―――ナイスよ、カルラ。

―――お褒めに(あずか)り、光栄です。


そう視線で会話してから、わたくしは再びクラウス様に向き直った。


外では粉雪が舞っているので、雪で少し濡れた金糸雀(カナリア)色の金髪がそこはかとない色気を醸し出していて、なんだかちょっとドキドキしてしまう。クラウス様の髪って濡れても真っ直ぐなのね。羨ましい。

羽織っている灰色の外套(ローブ)の肩の上にも、溶けた雪が水滴となってチラチラと光っていた。


「外から来て体が冷えていらっしゃいますよね。今、紅茶を淹れさせますわ」

「必要ない。()ぐ帰る」


あらっ。今日は殆ど外にいただろうから、温かい紅茶でも飲みたいかなと思ったのだけれど。

でもよく考えたら祭礼行列でも温かい飲み物くらいは用意しているかもしれないわね。〈火〉の魔術を使えばお湯は沸かせるのだし。でないとみんな風邪引いちゃうものね。


「先ぶれもなく、夜盗の様に立ち入って悪かった」

「あ、いえ……」


クラウス様が謝罪した。

謝っているのに、すごく堂々としている。素敵。「夜盗の様な」って、ご自分でも自覚はあったんですね。


夜盗、か―――夜盗クラウス様。

怪盗ナントカ様みたい。クラウス様に悪要素が加わって、これはこれで新たな魅力が……

………うん、アリだわ。良い。


「護衛の仕事に落ち度があった訳ではない。咎めないでやって欲しい」


脳内で新たな魅力について模索していたわたくしは、クラウス様の言葉で初めて護衛の事にまで思い至った。突然のクラウス様来訪に吃驚(びっくり)しすぎて頭から抜けていたわ。


アルヴァハイム侯爵家の守備能力はイドニア国屈指の高さを誇っており、ここ別邸に配置された護衛達も、これまでに何件もの脅威を退けている。

わたくしも過去、侯爵家関連やクラウス様関連で刺客を送り込まれた事があるけれど、ここまで辿り着いた者は今迄にひとりもいない。

クラウス様はその警備網を掻い潜って来たという事だ。凄い。凄いで済ませていいのだろうか。まあいいか。クラウス様は、凄い。

クラウス様ならなんか出来ちゃいそうって思わせる所が、凄い。



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