第33話 アルヴァハイム侯爵令嬢の兄
「クラウス様の暗殺を阻止する為には、テオバルト・マイヤーは間違いなく重要人物になるわ。なんてったって実行犯ですからね」
「実行犯て」
「テオバルトの事はいつか話そうと思っていたのだけれど……だって貴方隠しキャラのルートは見た事ないのでしょう?」
「つーか俺ちゃんと見た事あるの王太子殿下のルートだけじゃないかな……」
向かいに座るギルバートに目を向けると、彼は焦茶色の髪をくしゃりとかきあげながら答えた。
「フィーはテオバルトの妹でもあるし、折角だから紹介しようと思ったのよ………フィー?」
ギルバートから、隣に座るフィーに視線を移すと……何だかぼんやりとしている。
「フィー、どうかした?」
「はい、あの……」
はっと顔を上げたフィーは、少し考えてから口を開いた。
「本当なんでしょうか……兄さんが…テオバルトが王太子殿下の暗殺なんて、そんな恐ろしいことを」
悲しそうに呟くフィーの、膝の上で握り締めた手が震えている。
「兄さんが生きているなら、嬉しいです。ずっと、死んじゃってたらどうしようって思ってたから……でも兄さんが罪を犯したら、妹のわたしを養女にしたアルヴァハイム家に迷惑がかかってしまいます。助けてくれて、優しくしてくれたのに、わたし……」
なるほど。フィーはテオバルトがクラウス様を暗殺するかもしれない事に責任を感じてしまっているのね。
未来の事だからまだ確定した訳ではないのに……フィーはわたくしがクラウス様強火担な事もよく知っているから尚更そう思ってしまうのかも。
「フィーは優しいのね………わたくしが次に言う事を聞いたら、優しいフィーを更に悲しませてしまうかもしれないのだけれど」
わたくしの言葉に、フィーの菫色の瞳が涙と不安で揺らいだ。
ギルバートが「おい」と非難めいた声を出すが、隠していても仕方がないし……。
「フィーのもうひとりのお兄様、カートお兄様もね、バッドエンドでは爆発物を仕掛けて主人公もろとも心中するのよ……しかも王宮で」
「お兄様が!?」
「カート坊ちゃん…」
フィーが驚いて、後ろに控えるカルラは呆れた様に、それぞれ声を上げる。
そしてギルバートは頭を抱えた。
「………あのなぁ、フィーちゃんの兄さんって言うけど、カーティス卿は自分の兄さんでもあるだろ!」
「そうよ」
「『そうよ』て」
「王宮を爆破だなんて迷惑よね……確かに大迷惑だわ。『バカだ』と思った事はあるけれど自分が責任を感じた事なんてこれっぽっちもなかったものだから、テオバルトの話でフィーがこんなに悲しむだなんて思わなかったの……わたくしの配慮が足りなかったわ。ごめんなさい………」
頭を下げて謝罪すると、フィーは慌てた様にわたくしの手を握った。
「あのあの……っ!リーゼ姉様!お顔を上げて下さい」
顔を上げると、おろおろと狼狽えるフィーの可愛い顔がある。
わたくしはフィーの手をそっと握り返した。
「でもね、フィー。テオバルトはまだ罪を犯してはいないし、必ずそうなるとも限らないわ。それに、王宮の暗部で働く事それ自体は、秘密にしなければならない事が多いというだけで、王国にとっては必要な事なの。フィーのお兄様はこの国を守る立派なお仕事をしているのよ。誇ってもいいわ」
「リーゼ姉様………はい」
納得してくれたのか、フィーは瞳を滲ませたまま安堵した様に小さく微笑んだ。
「エリィってフィーちゃんには優しいんだな。俺にもこのくらい優しくしてほしい……」
「リーゼお嬢様は昔からフィーお嬢様の事を可愛がっていらっしゃいますから」
カルラとギルバートが話しているのはスルー。
失礼ね。わたくしいつでも優しくてよ。
「とにかく、テオバルトの身柄を押さえる事が出来れば勝ちは決まった様なものよ。イドニア王国の警備は他国に比べても厳重で、暗部の人間が寝返るなんて事態が起こらなければ王太子暗殺なんて困難な筈だわ。クラウス様は死なない、フィーも久しぶりにお兄様に会える、テオバルトだって犯したくもない罪を犯す事もない。一石二鳥……いえ三鳥ね!完璧だわ!おーっほっほっほ!!」
扇をヒラヒラさせながら勝利(誰に?)の高笑いを上げるわたくしを、ギルバートはしらけた目で見ていた。
「………んで、その肝心のテオバルトはどこに居るんだよ?まさか王宮まで探しに行く訳にもいかないし、アルヴァハイム侯爵家が7年探してまだ見つかってないんだろ?」
「うっ!」
「それに、仮に見つかったとして、そうすんなりいくかな?もしゲームの通りに「隷属」の〈魔術〉を仕込まれてたら『主君の石』とかいうのを持ってる奴に逆らえないんじゃないの?」
「ぐぅっ……!」
ぐうの音も出ないわ………いや出たけれども。
「ぐぅっ」って言ってしまいましたけれども。
クラウス様ルートでは、暗殺に失敗したテオバルトは捕らえられ、恐らくは処刑されるのだろう。
折角ならば、暗殺を実行に移す前にテオバルトを確保して、あっちもハッピーこっちもハッピーでクラウス様のハッピーエンドを華々しく飾りたいのだが、まだ前途は遠いようだ。




