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第30話 イングリート大火

「フィーは養女なのよ。7年前にアルヴァハイム侯爵家が迎え入れたの」


隣に座るフィーは、わたくしの話を頷きながら静かに聞いていた。


普段フィーは姿を見られない様、来客がある時には部屋から出ないという決め事になっている。

先程はギルバートの存在に驚いていたが、賢い子だ。こうして呼ばれたという事は自分に関する話をするのだと察しているのだろう。


「7年前……王都で大火があった年か」


ギルバートの言葉にわたくしは頷く。


アリスが両親を失い、〈火〉に対する心的外傷(トラウマ)を持つきっかけとなった大火。


「そうよ。あの大火の最中(さなか)に廃教会にひとりで居た所をわたくしが保護したの」

「『大火の最中(さなか)』って……7年前っつうとまだ10歳かそこらだろ?侯爵家の御令嬢が何やってんだよ」


驚いた様な呆れた様な、まだ話の全容が見えないギルバートは反応に困っているといった様子だ。


わたくしは順を追って話し始めた。



『エバラバ』の知識があったわたくしは―――



「ちょっと待ったエリィ」

「……水を差さないでもらえるかしら?」


話の腰を折るどころかまだ話し始めてすらいないタイミングで出鼻を挫かれ、わたくしはギルバートに虚無の表情を向ける。


「ひとつ!ひとつだけ確認させてくれ」


ギルバートはフィーをちらりと見やり、またわたくしに視線を戻した。


「…そうやって話し始めるって事はフィーちゃんも全部知ってるって考えていいんだよな?なんかキョトンとした顔してる気がするんだけど」


話し始める前に質問して欲しかったわ。


「『エバラバ』に関してであれば、フィーは何も知らないわ」

「えばらばって何ですか?」

「やっぱりだよ!!」


ギルバートが頭を抱えて項垂(うなだ)れる。


「エリィはいつもこうだ……何で先に教えておいてやんないんだ……」

「あの、ミュラー様。お話を続けても大丈夫です、分からないところは後で姉に聞きますから」

「フィーちゃんはいい子だなぁ……でもね?文句があったら言った方がいいんだよ?ハッキリ言わなきゃ多分キミのお姉さんには伝わらないからね?」


フィーにアドバイスしつつ「あと俺の事は『ギル』って呼んでね」とちゃっかり距離を詰めようとしているギルバートの事は置いておいて、わたくしは改めて話し始めた。



『エバラバ』の知識があったわたくしは、ゲーム本編の7年前、つまり自分が9歳になる年に王都で大火が起こる事を知っていた。


アルヴァハイム侯爵―――わたくしのお父様は、きちんと理論立てて話をすれば、例え相手が子供であっても意見に耳を傾けてくれる方だ。

独自に纏めた資料と共に訴えたところ、城下の火災に対する脆弱性を王宮議会で取り上げて貰う事が出来た。


大火が起こる日時や被害範囲についてはゲーム本編でも公式ガイドブックでも具体的に触れられてはいなかったが、アリスの幼なじみのヨハンが住む製菓店『シュネーバル』の位置からアリスの住む大体の場所を割り出し、そこを中心とした広い範囲の地区の自警団に対し火災に対する注意喚起も行った。


7歳の頃には既に王都に居を移していたわたくしは、二年の期間があればこの大火を防ぐ事が出来る―――出来ると、思っていた。


その日は冬で、風の強い日だった。

四日程続いた晴天で空気は乾燥していた。


火元は料理店の火の不始末らしい。

出火に気付いた店主や周辺の住人達は、始めは大事だと捉えてはいなかった。

当時平民の居住区画には木造建築が密集しており、日常的と言って良いほど火事が頻繁に起きていたからだ。


またいつもの小火(ぼや)だろう―――そう考えている内に火は瞬く間に燃え広がり、気付いた時には手の付けられない状態になっていた。


アルヴァハイム侯爵家の名を使った再三に渡る自警団への注意喚起もあまり意味を為してはいなかった。

自分達の生活に馴染みのない、遠くに領地を持つ貴族からの注意喚起。強制力を持つ訳でもない。

表面上は真剣に聞いてはいても、実際に対策をとってくれていた所は少なかったのだ。


王宮でも火災対策を含めた都市計画は進められていたが、王宮議会の議員は全て貴族。

平民の居住区画に対する政策は後手後手に回り、思う様には進んでいなかった。


燃え盛る炎は海へと吹き込む強い風に煽られ次々と町を飲み込んでいき、王都イングリートは荒れ狂う火の海と化した。



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