第3話 侍女カルラの所見
ああ、仕事したわ!
澄み上がった空の青に、陽の光を受けた街路樹の銀杏の黄が映える。
馬車の窓から外を眺めながら、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは湧き上がる達成感を胸に帰宅の途についていた。
アリスの顔を思い出す。
始めは怯えた様な表情だった彼女は、最終的には呆気に取られた様にぽかんと口を開けていた。
このわたくしの迫力に圧されてしまった…といった所かしら。
しかしぽかん顔まで可愛いなんて。ヒロインって凄いのね。
「ふふふ…カルラ。見てくれた?先程のわたくしの勇姿を」
「ええ、拝見しておりましたよ。お嬢様」
向かいに座っているのは侍女のカルラ。
亜麻色の髪を後ろでひとつに纏めた落ち着いた出立ちの彼女は、胡桃色の瞳をこちらに向けるとにっこり微笑んだ。
「我ながら良い出来映えだったと思うわ。なかなかの悪役令嬢に仕上がっていたのではないかしら」
「悪役……令嬢でごさいますか」
ん?カルラの微笑みが微妙なものになった。
「なぁに?カルラ」
「……わたくしめには『悪役令嬢』がどの様なものか計りかねますが。先程のお嬢様の言動は『悪役』といったものではなかったかと」
「えええっ!?」
少し遠慮がちなカルラの答えに、わたくしは驚愕した。
「カ、カルラ?ちゃんと見てた?」
「ええ。お嬢様があの編入生の方に名乗りを上げたあたりから拝見しておりました」
最初から見てるじゃない!
「しかし…お嬢様はあの方と挨拶以外の会話はされていませんでしたし」
えっ?そうだった!?
…そうだったかも………
「か、仮にそうだったとしてもよ?」
「『仮に』ではなく実際そうでした」
「うっ…でっでも彼女達を使ってアリスの事をいじめるって、それって悪役令嬢っぽかったでしょう?」
「いえ。編入生の方にやんや言う御令嬢方を諌めていらっしゃる様にお見受けしました」
「えぇっ!?」
「途中から『アリス様』とお名前で呼ばれていたので実は仲良しなのかなと思いましたけど」
「ノー!!」
うそでしょう!?
当事者と第三者とでこんなにも意識に乖離があるの?
わたくしが『悪役令嬢』としてアリスをいじめていたつもりが伝わっていない…
待ってアリスはどうなのかしら。ちゃんと自分がいじめられているって分かっていたのかしら。
分かっていなかったとしたら…それは困る!
「……ちがう!違うのカルラ!カルラは分かってない!身内贔屓でその様に見えただけで、わたくしはちゃんと悪役令嬢の仕事をしてたの!」
「そうでしょう!?」と縋りつく様なわたくしの訴えに、カルラが僅かに憐れみの表情を浮かべた気がする。
「そうかもしれません、お嬢様。音声の情報を抜きにすれば、見ようによっては1人の生徒を取り囲む御令嬢方をけしかけ率いているかの様にも見えたかもしれません」
「そう、それよ!流石はカルラね、分かっているじゃない!」
「お嬢様は悪人顔で御幼少のころより妙な迫力がありましたので、見た目で既に『悪役令嬢』とやらの責務は果たしていらっしゃると思いますよ」
「やだ、そんなに言われると照れるわ!」
上機嫌になったわたくしを見て、カルラがまたにっこりと微笑んだ。
「何故そこで照れるのか不思議ですが…お嬢様が嬉しそうですとわたくしめも嬉しゅうございます。そうそう、御屋敷に着きましたら例の物も御用意出来ておりますよ」
「本当?ありがとうカルラ!」
やはり出来る侍女は違うわね!
ウキウキと窓の外を見ると屋敷はもうすぐだ。外の銀杏もキラキラ輝いてまるで黄金のよう。
カルラが言う『例の物』…それはクラウス王太子殿下の肖像画。
王族や人気のある貴族の肖像画は貴族達の間だけではなく庶民にも広く普及しており、推しの肖像画を収集家の様に集めている者も多い。
かくいうわたくしもその中のひとりでね…
エリザベータはクラウス王太子の婚約者。
乙女ゲーム『エバラバ』ではヒロインであるアリスとクラウスの仲が深まる事に嫉妬してアリスに嫌味の波状攻撃をお見舞いするエリザベータだが、何を隠そうこのわたくしもゲームのエリザベータ同様、否、それ以上にクラウス様が好きだ。
そもそも『エバラバ』をプレイしていた時からクラウス様は最推しキャラ。単純に顔が好みなのもあるし、感情を滅多に表に出さず寡黙で冷静、だけど時折見せる優しさにわたくしはコロッといった。コロッといったのだ。ギャップ萌えってやつね。
まぁその『時折見せる優しさ』は主にアリスに向けられたものなんですけどね。
『エバラバ』には他にも攻略対象はいるし、侯爵令嬢をやっているからにはその何人かとも面識はあるのだが、わたくしのクラウス様推しは文字通り死んでも変わらなかったらしい。
こうして肖像画を収集してしまう位に。
「婚約者なのですから実物を拝めばよろしいでしょうに」と呆れながらも、カルラはわたくしの趣味に付き合って肖像画を買い集めて来てくれる。
本当ならば自分の目で見て購入したい所だが、侯爵令嬢ともなると本人自ら買い付けに行く事など滅多にあるものではない。屋敷に商人を呼ぶのが常だ。
この時ばかりは自分の権力が憎い。
専属の画家を雇う事も可能だが、画家の数だけ肖像画はいる。
まったく売れない無名の画家が何かの弾みで格好良さが大変な事になっているクラウス様を描く事もあれば、露店の片隅に他の絵画達と混ざってわたくしの好みドストライクなクラウス様が並んでいる事もある。
そしてカルラはそういった物を見つける事がとても上手いのだ。なんと優秀な侍女なのだろうか。
付き合いが長いだけあって好みを完全に把握されている。
カルラが選んだ物ならば間違いないわね。
期待に胸を弾ませるわたくしを乗せた馬車は、門を通り抜け屋敷へと向かって行った。