第29話 アルヴァハイムの幻姫
侍女を伴い現れたのは、桜色の髪を背中のなかほどまでにふんわりと下ろした菫色の瞳の少女。
「フィー、大丈夫よ。こちらへいらっしゃい」
わたくしの向かいの長椅子に座るギルバートの姿を見て、慌てて侍女の影に隠れた彼女だったが、わたくしの言葉におずおずと侍女の影から顔を出し、こちらへ歩いて来た。
「ギル、紹介するわ。妹よ」
「フィ…フィオナ・フォン・アルヴァハイムと申します」
フィーが緊張ぎみに淑女の礼をすると、ギルバートも立ち上がってそれを迎えた。
「ギルバート・フォン・ミュラーです。小鳥の様に可愛いお嬢さん。お会いできて光栄です」
右手を胸に添え魅惑的な微笑みを浮かべるギルバートに、フィーの頬がぽっと赤く染まる。
いけない。この男の色気は13歳のフィーには刺激が強すぎたかもしれないわ。
「"アルヴァハイムの幻姫"がかくも可憐な方だったとは驚きました。貴女と出逢えた幸運に感謝を」
「あっ…あのあのっ……!」
調子に乗ったギルバートが、顔を真っ赤にして狼狽るフィーの手を取り、口付けを落とそうとする。
むむっ!これは看過できませんわー!
「チャラ男警報!チャラ男警報を発令するわ!!」
「カミラ!その男をフィーお嬢様の半径1メートル以内に近付けてはなりません!」
騒ぎ立てるわたくしとカルラに、フィー付きの侍女カミラが慌ててフィーをギルバートから隠す様に引き離した。
「エリィのケチー。いいじゃん減るもんじゃないんだし」
「万が一にでも減ったりしたら貴方を叩っ斬ってやりますわ」
わたくしの威嚇もどこ吹く風、ギルバートは「きみはカミラちゃんっていうんだ?キリッとしてて可愛いね。なんかカルラちゃんと似てない?親戚?へぇーそう」といつもの軽い調子でカミラに絡んでいる。
ギルバート………おそろしい子!
「我が家の侍女にまで色目を使うのはおやめなさい!」
「色目だなんてやだなー、お話ししてただけだよ」
「誰にでも『可愛い』とか言って、貴方には節操というものがないの?」
「あれ?エリィちゃん、やきもち?だーいじょうぶだって。俺にはエリィちゃんだけだから」
「良い加減にしなさいよ!」
にこにこと笑いながら肩に手を回そうとするギルバートの手をバシッと払う。
もう!この男、女性に囲まれて絶好調ね。
元気があるのは良いことですけれども!
このままでは話が進まないのと、カルラの「お嬢様方へこれ以上の狼藉があればミュラー様の首を刎ねます」というカルラの一言で、ギルバートは大人しくなった。
カルラにフィーの分の紅茶とクッキーを用意してもらい、わたくしも新しく入れ直してもらった紅茶に口を付ける。
カルラ特製アップルジンジャーティーは、飲んでいると体が中からポカポカと温まってきて気持ちいい。
わたくしの隣に座り、同じ様に紅茶を飲んでいたフィーも、カップから口を離してほっと息を吐いた。
「お客様がいらっしゃるのは知っていたんですけど、リーゼ姉様からお呼びがあったのでもう帰られたのかと……突然お邪魔しちゃってごめんなさい」
カップを置いたフィーが、そう言ってペコリと頭を下げる。
「いーのいーの。しっかしエリィにこんな可愛い妹がいたなんてなー。フィーちゃん将来すげー美人になるよ。俺が言うんだから間違いない。アルヴァハイム侯爵が表に出したがらない気持ちも分かるなー。…あれ?そのフィーちゃんを俺に紹介してくれたって事は……」
ギルバートが、ハッと何かに気付いた様にわたくしを見た。
やれやれ。やっと本題に入れるわね。
「嬉しいよ、エリィ。とうとう俺の愛を受け入れてくれる気になったんだね」
がくっとズッコケそうになった。
「そんなもの送り付けられた覚えも受け入れるつもりもございませんけれど!?」
何をどうすればその結論になるのよ!
「フィー!?この男の戯言を信じてはいけないわよ!」
フィーが、両手で口を覆い頬を赤らめてわたくしとギルバートを見比べているのに気付き、慌てて弁明する。
「照れるなってー。お義兄さんにも紹介してくれたじゃん。あとは御両親だけだね」
「『義理の兄』と書いて『おにいさん』と呼ばないで!」
駄目だ。気のせいだった。
この男、全然大人しくなんてなっていない。
ちなみに紹介したといっても、先程ギルバートがここを訪れた際に、登城の為屋敷を出ようとしていたカートお兄様と偶々鉢合わせただけだ。
「リーゼから『放蕩息子』と聞いていたからどんな無法者が現れるかと思えば、挨拶は立派だし感じの良い好青年ではないか!きちんと先ぶれも寄越すし、リーゼも見習え!はっはっはっ!」
大きな声で全方位に失礼な発言を放った後にカートお兄様は出かけて行った。
あのままの調子で王宮に行って失言したりしないでしょうね……。
次期侯爵としてやっていけるのか心配になる。
「まー冗談はさておき、『エバラバ』の話なんだろ。フィーちゃんのその髪の毛も関係あるのかな?〈魔術〉で色かなにかを変えてるだろ」
「………ちゃんと分かっているんじゃあないの」
なんだかどっと疲れた。
こめかみを指で押さえて溜息を吐いてからカミラに視線を送ると、わたくしの意を汲んだ彼女は一礼してから退いて行ったので、広い客間に残ったのは、わたくし、ギルバート、フィー、カルラの4人となった。




