第26話 悪役令嬢の処罰
混乱した状況に、守衛達が現場で一番大暴れしていたわたくしを真っ先に取り押さえるというトラブルはあったものの、無事ゲゼル子爵令嬢達は王宮へと連行されて行ったのだった。
その翌日。
学院の生徒会室へと呼び出されたわたくしはカルラと共に、生徒会会長と副会長、つまりクラウス様とウィルフリードと相対していた。
「とんでもない事をしてくれましたね」
生徒会会長の席に座るクラウス様、その傍らに立つウィルフリードがわたくしに向ける表情は険しい。
「勝手に嗅ぎ回る真似はせず大人しくしているというから貴女に情報を提供したというのに」
普段の笑顔はどこへやら、ウィルフリードは眉間に皺を寄せ深くため息を吐く。
クラウス様がアリスの教本を〈魔術〉で修復した事、その結果その教本は本来ゲゼル子爵令嬢の物であった事、そしてこの件には彼女の父であるゲゼル子爵も関与しているであろう事―――わたくしはこれらをウィルフリードから事前に聞いていた。
その際に、「この事は他言無用として下さい」「調査の進捗を教える代わりにこの件について勝手に詮索せずに大人しく待つこと」……言われた。確かに。特に後者は口を酸っぱくして何度も言われた。
「や、約束通り勝手に調べたりはしませんでしたわ」
「それで?」
「え」
「あれのどこが『大人しくしていた』というんですか!」
あさっての方向に目を逸らして弁明するわたくしにウィルフリードが声を荒げ、榛色の瞳を今度はカルラに向けた。
「カロリーナ殿。貴女もですよ」
「カ、カルラはわたくしに従っただけで……」
ウィルフリードはこちらを鋭く一瞥してから、視線をカルラに戻す。榛色が「ちょっと黙ってろ」と言っていた。
コワー……。
「それでもです。主人の暴走を止めるのも侍女である貴女の役目でしょう。それなのにあろう事か、一緒になって魔石をばら撒いていたらしいではないですか」
「面目次第もございません」
深々と頭を下げるカルラとは対照的に不満気な顔のわたくしを見たウィルフリードが微笑んで―――この笑顔は怒っている時の顔だ、この男は偶に笑いながら怒るという器用な真似をする―――「何か申し開きでも?」と尋ねたその時。
「リーゼ」
「ハイ」
クラウス様の低いがよく通る声に、わたくしは反射的に姿勢を正して返事をした。
わたくし達のやり取りに表情を変える事もなく、泰然と座するクラウス様は今日もかっこいい。
生徒会会長の席の後ろの窓には、昨日とは打って変わって晴れ渡った空が広がっている。
冬の晴空の様に冷たく冴えた藍の瞳をわたくしに向け、クラウス様はゆっくりと口を開いた。
「如何なる理由があろうと学院内では〈魔術〉で人を攻撃する行為は禁じられている。規定に則って本日より二週間の停学を言い渡す」
「申し訳ございませんでした」
一も二もなく頭を下げるわたくしに、ウィルフリードが「この女…!殿下の前だとしおらしくなって……!」と戦慄いた声を上げる。
「この事はアルヴァハイム侯爵家にも連絡が行く」
「そんなぁ〜……」
「当然だ。もっと自分の立場に対する自覚を持て」
冬季休暇には王都を訪れわたくしが現在暮らす屋敷に滞在する予定の家族達から繰り広げられるであろうお説教を想像して、ついゲンナリした声を上げてしまうわたくしだったが、クラウス様の声は淡々としたものだ。
その表情は心なしかいつもよりも厳しく見える。
当然よね……
正当防衛(?)とはいえ、仮にも婚約者がこんな騒ぎを起こしてしまったのだもの。呆れられても仕方がない。
「クラウス様の不利益になる行動は絶対に取らない」とウィルフリードに豪語したのはつい先日の事だ。
それがこのザマ…トホホですわ………
久々にお話し出来たのが叱責の場だなんて。
すっかり意気消沈して頭を垂れるわたくしをそのままに、クラウス様が言葉を続ける。
「アルヴァハイム侯爵令嬢でありイドニア王国王太子の婚約者ともあろう者が……ふっ………停学などと」
………ん?
ぱっと顔を上げた先のクラウス様の表情は先程までと変わらず、沈着ながら厳しさを感じさせるものだった。
……でも。
「クラウス様?」
「何だ」
「今笑いました?」
「笑っていない」
いやいやいや。
「笑いましたわよね?わたくしが停学って」
わたくしが全ての言葉を言い終えるのを待たずに、クラウス様は片手で口元を覆い顔を背けた。
その肩が小刻みに震えている。
「…わたくしが?………『停学』」
追い打ちをかけると、クラウス様はとうとう吹き出した。
嘘でしょ!
クラウス様が爆笑してる!
必死に声を堪え肩を震わせる姿は爆笑と表現するには弱いのかもしれないけれど、ことクラウス様に限っては爆笑と言って過言ではない筈よ。
もしかして、先刻までの厳しい表情は、笑いを堪えていたの!?
クラウス様が、笑って…
笑って……
… … ………う、嬉しいー!!!
クラウス様のこんな表情、『エバラバ』でだって見たことない!レア中のレアよ!!
スクショの存在しないこの世界だもの、クラウス様の激レア表情をこの紅き双眸にしかと記憶しなきゃ!
そして屋敷に帰ったら直ぐに画家を雇って、この感動を肖像画として形に残すの!!
推しの画家の名を次々思案しながら急いでカルラを振り返ると、彼女は「心得た」とばかりに頷きを返した。
「停学を嗤われて何を嬉しそうにしてるんですか」
「違う。そんなつもりは……すまない」
最早呆れ果てた様相のウィルフリードはともかく、クラウス様は謝らないで!わたくし、今とっても幸せですわ!
クラウス様の笑いのツボはいまいち分からないけれど、停学程度でこんなになってしまうなんて、もしもわたくしが退学になんてなろうものなら一体どんな事になってしまうの……!?
「……何か物騒な事を考えていないか?やめろ」
「いいえ!とんでもございませんわ!」
ほんの先刻の爆笑は幻かと疑ってしまう位に冷静な表情を取り戻したクラウス様に考えを見透かした様に窘められてしまったが、物騒な事だなんてとんでもない。わたくし良い事しか考えていませんわ。
「話は以上だ」
やがて場を切り上げたクラウス様とウィルフリードにカルラと共に礼をして、退出しようと顔を上げると―――クラウス様がわたくしを見ていた。
「リーゼ」
どうしたのだろうかと見つめ返すと、クラウス様がわたくしの名前を呼ぶ。
クラウス様の口唇が自分の名前を紡ぎ出すのを見ただけで、わたくしの胸はときめいてしまう。
わたくし、きっと病気ね……恋の病………
「リーゼだなんて……『紅天パ』とお呼び下さい…!」
「………正気か?」
縦ロールの影響を受けてしまったのかもしれない、うっとりと藍色の瞳を見つめながら妙な事を口走るわたくしに対して、クラウス様はあくまで無表情だ。
「リーゼ。今回の様に危険な事に介入するのはもうやめろ。………怪我が無くて良かった」
『紅天パ』はスルーする事にしたらしいクラウス様はそう続けた。
要は釘を刺された訳だが、最後にぽつりと付け足された言葉にわたくしの心は躍った。
しんっ…クラウス様に、し、心配して貰っちゃった!
「お嬢様、お気を確かに」
カルラが小声で注意を促してくれなければ、我を忘れるところだった。危ない危ない。
停学処分を言い渡されたにも関わらず、帰りの馬車から夜寝るまで、わたくしはその日一日を夢見心地で過ごした。




