第25話 ゲゼル子爵令嬢の憤懣
声の方を見ると、わたくしを睨み付けるゲゼル子爵令嬢と視線がぶつかった。
いつもふわふわ柔らかい声の彼女からは想像が付かない様な声だったので誰かと思った。
「元はといえば、エリザベータ、あんたが……!クラウス殿下とお近付きになろうとしても、いつもいつも邪魔ばかりしてきて。おかげでクラウス殿下の目に留まる為に手柄を立てなくちゃって、こんな事する羽目になったのよ!」
わたくしが牽制して追い払っていたクラウス様に言い寄る令嬢達の中に、そういえば彼女も居たかもしれない。
つまりは王太子妃狙いという事かしら。
それならばアリスを狙った事も腑に落ちる。
アリスが王太子妃の筆頭候補だというのは、今や『エバラバ』を知るわたくしだけの認識ではない筈だ。
でも、手柄って………
「自作自演じゃないの」
「うるさいっ!!」
ゲゼル子爵令嬢が憤怒の形相を浮かべ、わたくしに向かって〈魔術〉を放―――とうとしたのを打ち消した。
彼女の適性もわたくしと同じ〈火〉だ。
「あんたなんか、魔力もない、クラウス殿下の結婚相手が見つかるまでの、只の身代わりの癖に!」
「出しゃばって来ないでよ!」と叫びながら、再び〈魔術〉で攻撃してこようとしたが、それも発現する前に打ち消す。
他人を攻撃する為に〈魔術〉を放つゲゼル子爵令嬢に、縦ロールだけでなく友人令嬢達までもが唖然としている。当然だ。普通令嬢は戦わない。
最早なりふり構わない姿、『エバラバ』には出てこなかったが彼女にも悪役令嬢の素質があるのかもしれない。
犯罪に手を染めていなければスカウトしたい所なのだけれど、残念ね。
今の様な事態も想定していたわたくしは得意の悪役令嬢顔でニヤリと微笑った。
「わたくしに楯突く方は決まってそう仰るのよね。偶には目新しい煽り文句でも聞いてみたいものだわ」
「この……!」
怒りで顔を真っ赤に染めたゲゼル子爵令嬢が「焔焦」の術式を紡ぎ始めるが、これも打ち消す。
不発でも魔力は使う。
なるほどこれだけの〈魔術〉を連発するのはわたくしには無理だ。
ゲゼル子爵令嬢がわたくしに向かって放とうとしている〈魔術〉は割と洒落にならないものばかりだが、発現しなければないものと一緒。
「あらあら?ご自慢の魔力とやらを、わたくしに見せては下さらないの?」
余裕の表情で嘲笑うわたくしに、ゲゼル子爵令嬢は憎々し気にギリリと歯噛みした。
「あんた達も何かしなさいよ!」
ゲゼル子爵令嬢が友人令嬢達を睨め付けるが、ふたりは揃って「えっ!」「でも……」とおろおろするばかり。
〈魔術〉を使っての私闘は学院の規則で禁じられているし、侯爵令嬢に危害を加えてただで済むのだろうかと判断に迷っているのだろう。
魔術士でもない戦わない貴族令嬢の彼女達が動揺したまま術式を紡いだ所で、失敗は目に見えている。
とはいえ違う適性を持つ彼女達の〈魔術〉は、わたくしには打ち消す事は出来ない。
その気になられるとまずいので、わたくしは隠し持っていた小石の束を鷲掴みに懐から取り出して、彼女達の足元にばら撒いた。
ゲゼル子爵令嬢達3人を取り囲む様に散らばった小石のひとつに狙いを定め魔力を込めると、小石から細い炎柱が勢いよく立ち上がる。
「きゃあっ!」
机にぶつかりながらも炎から離れようとしたその先でも炎柱が上がり、ゲゼル子爵令嬢は身を捩って悲鳴を上げた。
わたくしが撒いた小石は、そのひとつひとつが〈火〉の魔石。
それそのものに魔力が宿る石は魔石と呼ばれ、術式を刻み込む事で〈魔術〉を発現し続ける。
わたくしが魔石に刻んだ術式は部屋を暖めるだけの生優しいものではない。
魔石自体の魔力が足りない為〈魔術〉を発現させる事はないが、ほんの少しの魔力を足すと〈魔術〉が発現する様に計算して様々な術式を刻んである。
〈魔術〉制御の訓練用にコツコツ買い集めてコツコツ削ったわたくしの私物だ。
「ほらほら、お逃げにならないと、制服が燃えてしまいましてよ!」
彼女達が逃げ惑う先々で炎が上がる。
そこかしこに散らばる魔石を暴発させる事なく、彼女達を怪我させる事もなく、狙った魔石からのみ〈魔術〉を発現させる事が出来るのは、わたくしの訓練の賜物だ。
もしかしたら火傷くらいはしているかもしれない。
でもいいわよね、アリスだって火傷したのだから!
ゲゼル子爵令嬢も「打ち消し」は使える筈なのだが、魔石に刻まれた術式の種類は多すぎるし、学院の授業程度では咄嗟に打ち消す事が出来るまでにはならないのだろう、なす術もなく右往左往している。
やっとの事で小石の地雷原から抜け出した彼女達が一目散に向かった先―――廊下へと繋がる教室の引き戸がガラッと開かれ、
「リーゼお嬢様、追加分をお持ちしました」
籠に魔石を大量に積んだカルラが、それをそのままゲゼル子爵令嬢達の足元にばら撒いた。
わたくしはこの教室に忍び込む前に、学院の守衛への連絡をカルラに頼んでいた。
通報を受けて教室へ駆け付けた守衛達が目にしたものは、
「いやーっ!」「熱い!」
炎から逃げ惑う3人の令嬢達と、
「さあ踊りなさい、死の舞踏を!!あぁ、なんて愉快なのかしら!おーっほっほ!おーーほっほっほ!!」
教卓の上で高らかに笑うわたくしの姿だった。
縦ロールは教室の隅で小さくなって怯えていたらしい。
エリザベータ・フォン・アルヴァハイム、二週間の停学処分。




