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第21話 所得顔の悪役令嬢

〈魔術〉の授業中、アリスが手に持っていた教本が突如として燃え上がった。


理由は分からないがアリスの教本が〈魔術〉を発現させている。

わたくしは咄嗟に教本が紡ぐ術式を打ち消し―――気付いた。


これ、イベントだわ!


「打ち消し」は精神や魔力に作用する〈闇〉の〈魔術〉の専売特許なのだが、自分の持つ適性と同じ〈魔術〉に限ってはそれと似た様な事が出来る。


術式が綻び炎が消えた後、気を失ったアリスの体を支え、わたくしは教室が見える窓に視線を走らせギルバートに目で合図した。


窓から演習場(こちら)を見学していた生徒達が状況を飲み込めず動揺する中、彼はその意味を正しく理解した様で、


「医務室へ!俺が運びます」


と窓の脇の扉を開けこちらに駆け寄って来た。


アリスを預けると、ギルバートは軽々とアリスの体を横抱きに抱え上げた。女生徒達から喚声が上がる。


ほわあぁ……!

攻略対象が主人公(ヒロイン)をお姫様抱っこしていらっしゃる………!


窓の向こうの女生徒達同様「きゃああーっ!」と叫びたくなるのを堪えつつ、心配そうなウィルフリードと慌てて駆け付けたアドルフ伯爵に「わたくしが付き添いますわ」と伝え、ギルバートと共に医務室へと向かったのだった。



7年前に王都を襲った大火は、平民の居住区画を中心に王都のおよそ半分もの面積を焼き尽くした。

その大火で両親を失ったアリスは炎に対して心的外傷(トラウマ)があり、恐怖心から自らの〈火〉の魔力を無意識的に封じ込めてしまっているのだ。


教本から上がった炎を見て過去の記憶がフラッシュバックしたアリスは、ショックにより気を失ってしまう………というイベントが『エバラバ』にもあった。


本来はウィルフリードのイベントなので、炎を消すのもアリスを医務室まで運ぶのもウィルフリードだった筈なのだが、ここで横取りお姫様抱っこだ。

ふふん。いい気味ね、ウィルフリード。わたくしが丹精込めて紡ぎ上げた炎の蜘蛛を碌々(ろくろく)見もせずに消したりするからこんな目に遭うのですわ。


このイベントは起こらないだろうと予想していたのだが、万が一を考えて打ち合わせしておいて良かった。

転ばぬ先のギルバートね。


クラウス様ルートでは、クラウス様の励ましにより炎への恐怖を克服したアリスが〈火〉の〈魔術〉に目覚め、全ての〈魔術〉の適性を持つ『精霊王』となるのである。


「ちなみに他ルートでもアリスちゃんは『精霊王』になるの?」


医務室のある校舎と〈魔術〉の演習場とを繋ぐ渡り廊下の途中。

アリスを医務室に預けた帰り道、ギルバートが尋ねて来た。


魔石が設置されていない渡り廊下には、ひんやりとした静寂の中、窓を揺らす微かな風の音とふたりの足音だけが響いている。


「アリスが『精霊王』になるのはクラウス様ルートだけよ。『心的外傷(トラウマ)克服』イベントでクラウス様ルートが確定するの」


歴史上これまでに現れた『精霊王』は皆王族の伴侶となっている。

これは、この国を共に興した初代イドニア国王と『精霊王』が夫婦だったというロマンスを踏襲して……という理由の他に、政治的発言権はある程度制限されるものの国王よりも強い権力を持つ『精霊王』の存在は、なるべくならば王室で囲っておきたいという大人の事情もある。


つまりアリスが『精霊王』となってしまうと他の攻略対象との結婚は難しくなるのだ。

ゲームにここまでの細かい設定はなかったが、なんだかんだ上手いこと現実とリンクしているらしい。


「ふーん。ゲームでもそんな感じなんだ。じゃあ2人居るっていう隠しキャラなんだけどさ、攻略対象の」

「ギル。貴方(あなた)わたくしの事を攻略サイトか何かだと思っていない?」

「だって何でも知ってるし。エリィも『エバラバ』の話してる時楽しそうじゃん」

「………何が知りたいの?」


「何でも知ってる」……ですって?

当たり前でしょう。

そりゃあもう、やり込みましたからね!

はーまったく。クラウス様ルートしか知らないギルはこれだから。まったく世話が焼けるんだから。

『エバラバ』の事なら「何でも知ってる」このエリザベータ様が、何でも答えて差し上げましてよ!


心持ち得意気に胸を張るわたくしを「さっすがエリィちゃん!」と持ち上げて、ギルバートは質問を続けた。

……気を使って話題を変えてくれたのだろうか。


「もしかして隠しキャラの片方って、あんたの兄さんのカーティス卿?」


カーティス卿―――カーティス・フォン・アルヴァハイム。アルヴァハイム侯爵家嫡男にして、3歳年上のわたくしの兄だ。


「そうよ」

「あーやっぱり。脇役にしては目立つなと思ってたんだよ。『エバラバ』だと〈武芸〉の担当教員だったよな。ここに居ないって事はエリィが何かしたのか?」

「ふっ。その通り。お兄様の存在は邪魔なのですもの…わたくしが排除させていただきましたわ。身内であれば手を下すのは容易い事よ」

「えっ」


悪役令嬢然とした表情(かお)でニヤリと笑えば、ギルバートがたじろいだ。赤褐色の瞳に動揺が滲んでいる。


「ま…まさかあんた、実の兄を……」

「ふふふ……」

「…殺………」

「カート坊ちゃんは御健勝でいらっしゃいますよ」

「うわあ!!」


突然背後に現れたカルラに驚き、ギルバートの大きな身体が跳ね上がった。


「カルラちゃん!いつの間に居たんだよ!?気配だって全く…」

「会話の行き違いがございました様でしたので、差し出がましくも口を挟ませて頂きました」


吃驚(びっくり)したー」と心臓を押さえるギルバートに対してカルラは涼しい顔だ。

わたくしが授業を受けている間、カルラは「諜報活動」と称して学院内を巡回している。いつか守衛に注意されないか心配だ。


「カルラちゃんって何者?前から思ってたけど気配が普通の侍女じゃないよな」

「前職では王宮に勤めておりましたので」

「王宮?」

「これ以上は守秘義務がございますので申し上げられません」

「………なんとなく分かったよ」


カートお兄様ことカーティス・フォン・アルヴァハイムは『エバラバ』では〈武芸〉の担当教員だ。

結婚後間もなく事故で妻を亡くし、心の傷を癒す為に領地を離れ王都で暮らしていたカーティスは、「学院で〈武芸〉の指導をして欲しい」という王宮からの要請を受け、〈武芸〉の教員としてアリスと出会う。


お兄様は一度クリアした後でないと攻略可能にならない隠しキャラなのだが、疑わしきは排除だ。


わたくしは、お義姉様が『一緒に演劇の舞台を観に行く途中に馬車の事故に遭い亡くなった』という公式ガイドブックからの情報を元に、お兄様が結婚してからというもの、ふたりに観劇の予定が立つ度に徹底的に邪魔をした。

お兄様からは相当ウザがられたものだが、結果事故は起こらず、心の傷を癒す必要のなくなったお兄様は今でも領地におり、次期侯爵としてお父様と共に領地の維持管理に励んでいる。

半年程前にお義姉様の妊娠が判明した際のデレっぷりは『エバラバ』での俺様キャラをどこかに落として来たのか問いただしたくなる程ヒドいもので、妹のわたくしからすると正直気持ち悪いくらいだった。お義姉様も若干引いていたわよ。


説明を受け「なんだー焦った」と安心した様子のギルバートは、どうやらわたくしが物理的に手を下したのかと思ったらしい。何て物騒な発想をする男なのかしら。


「殺人犯扱いだなんて失礼ね」

「だってエリィ、殿下の為なら何でもしそうなんだもん」

「まったく…幾らわたくしでも、クラウス様の為だからって何でもは… … … ………?」

「悩むなよ、そこで!怖いから!」

「御安心下さいミュラー様。お嬢様が自らお手を汚す事などございません。汚れ仕事でしたらこのわたくしめが」

「カルラちゃんも大概だな!」




「お二人共御苦労様です」


〈魔術〉の演習場に戻ると生徒達は既に帰され、ウィルフリードとアドルフ伯爵だけが残っていた。


「先程の件について教員と生徒会役員とで会議が行われる事になりました」


難しい顔のアドルフ伯爵とは対照的に、ウィルフリードはいつも通りの笑顔で説明する。

何故か居るカルラについて特に言及はない。「別に居ても不思議ではない」と思われるくらいに馴染んでいるカルラは、やはり優秀な侍女だ。


教本が〈魔術〉を発現させる事は普通に考えて有り得ない。

誰かが教本に細工したか、教本に欠陥があったか―――どちらにせよ問題だ。


「本日の授業はここで中断となりますので、御帰宅なさって結構です。ギルバート殿、御協力感謝します」


「いいっていいって。お疲れさん」と退室するギルバートに倣ってその場を去ろうとしたわたくしだったが、ウィルフリードに呼び止められた。


「エリザベータ嬢は残って頂けますか?会議の前に幾つか質問がございますので」


……ん?

まさかわたくし、疑われてはいないわよね?





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