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第19話 王太子の婚約者

アルヴァハイム侯爵家は、隣国との国境線に沿って西南に渡る広い領地を治める。

これは強い忠誠心により結ばれた王室との信頼関係を示すものでもあり、大陸側の諸外国との貿易、そして防衛の要となるこの地を守るアルヴァハイム侯爵家は『イドニアの盾』と呼ばれている―――


「―――んだけど、アルヴァハイム侯爵家が『イドニアの盾』と呼ばれる様になったそもそもの由来は他にあるんだ」


ギルバートの説明をアリスは真剣な顔で聞いている。

こうして近くで見るとつくづく思う。顔、小っさいわね…。かと思えば適度にふっくらとした頬は見るからにスベスベで………平民の生活で何を食べたらこんな綺麗な肌になるのかしら。


「昔、この国が帝国からの侵略戦争を退けた話は……授業でも習ったからアリスちゃんも知ってるよな。その戦争で、まだその頃は伯爵だった何代か前のアルヴァハイム当主が」

「十三代前よ」

「あーはいはい。十三代前のアルヴァハイム当主が、窮地に陥ったイドニア国王と『精霊王』を身を挺して救ったんだ」


わたくしからの注釈(よこやり)を適当に流しながらギルバートが続ける。


「イドニア国王はその献身を称え、アルヴァハイムに侯爵の爵位と『イドニアの盾』の称号を与えた」


黙ったままギルバートの言葉の続きを待つアリスを見て、わたくしは「何でこんな話になったのでしたっけ?」という言葉を飲み込んだ。そうそう、クラウス様は軟派カス男ではないとアリスに弁明しなければいけないのでしたわ。


「アルヴァハイム侯爵家はそれに応えて今日まで王室の『盾』としての役割を担ってきた。例えば、王位継承権を持つ王族―――特に王太子の婚約者なんてのは危険も多い。公言されてないから知らない奴も多いんだけど、形式的にアルヴァハイム侯爵家の人間を婚約者に据えて、()()()王太子妃候補を守るなんて事もしてる訳」

「陰日向に王室の『盾』となる事で忠誠心を示して来たのよ」


アリスは無言だった。

いつもの様に「凄いです、エリザベータ様!」なんて言葉を期待していたわたくしは少し拍子抜けしてしまう。ちょっと得意気に言っただけに恥ずかしいじゃない…?


「じゃあ…エリザベータ様は身代わり……っていう事ですか…?」


やがてアリスはぽつりと呟く様に言った。


「身代わりだなんて人聞きが悪いわね。言っておきますけれど、これは名誉な事ですのよ」


わたくしの叔母様も当時の王太子殿下―――今の国王陛下と婚約関係にあったが、国王陛下はこの学院に通う間にクラウス様の母君である前王妃殿下と恋に落ち結ばれた。一方で叔母様にも他に意中の相手がおり、婚約解消の後はその方と結婚して現在では公爵夫人となっている。


一般的な婚約とは違いこれは公務の一環でもあるので、婚約を解消しても家名に傷が付く事はないし、報奨として本人の意思が優遇されたりもするのだ。

更には一時的とはいえ憧れのクラウス様の婚約者になれるだなんて、こんなおいしい話はない。


「だからクラウス様が他にお相手を探す事は何ら後ろめたい事ではないの。むしろ既に決まっていてもおかしくない頃だと王宮の重臣達は気を揉んでいると聞くわ」


実際にクラウス様にお近付きになろうという御令嬢は多いのだが、わたくしが牽制して追い払っているのも決まらない要因のひとつかもしれない。


「エリザベータ様はいいんですか?私、エリザベータ様はクラウス殿下をお慕いしているのだと…」


アリスはまだ戸惑いを隠せない様子だ。

平民には刺激の強すぎる話だったのかもしれない。


「わたくしの好き嫌いでクラウス様と結婚できるならとっくにしているわよ。何ならデビュタントのその日にしているわ」


イドニア王国ではデビュタントの時点で成人とみなされ、結婚も可能だ。

魔術学院の生徒の中で既に婚姻済みの者も、少ないが居る。


「アルヴァハイムから婚約者を立ててそのまま成婚した例も過去にはあるけれど、そもそも魔力が凡人並みのわたくしでは無理なのよ」


精霊信仰のこの国で、魔力はすなわち精霊の加護。

王族は総じて高い魔力を持つし、いずれ王妃となるであろう王太子妃には、精霊の加護をより多く受ける者―――つまり魔力の高い者が選ばれる。これまでに例外はない。


貴族に生まれた者が10歳になると受ける魔力の査定で"並"の判定を受けたわたくしは、人生の目標をそれまでの『クラウス様のお嫁さんになる』から『クラウス様を幸せにする』に切り替えたのだった。


「求められるのは何よりも魔力よ。そういう意味で、最有力候補はアリス様、貴女(あなた)だとわたくしは思っているわ」

「えっ……」


アリスが学院に編入する以前に魔力の査定は行われているので、5つの適性を持つ『愛し子』という稀有な存在である事に加え、王族にも匹敵する程の魔力を持っている事は既に明らかになっている。

判明していないとは言え『精霊王』なのだから当然だ。


アリスは複雑そうな表情のままだった。わたくしの立場を慮っているのだろう。仮にこれがわたくしであったなら「え?マジ?やったー!」と小躍りしている所だ。


アリスは優しい。

かつて、平民の生活というものがよく分からないわたくしは、いくら『エバラバ』の世界といえども『主人公(ヒロイン)』として現れるのが粗野でまるで野獣の様な娘だったらどうしようと心配したものだが―――アリスはアリスだった。

『エバラバ』の通り、可愛くて、悪役令嬢すら気遣う優しさも持っている。

こういった所が『主人公(ヒロイン)』と『悪役令嬢』の違いなのだろうか……。


「か、勘違いしないでよね!わたくし、貴女(あなた)を認めた訳ではありませんことよ!」


ついションボリしそうになってしまったわたくしは自分を奮い立たせ、畳んだままの扇でビシッとアリスを指した。


「エリィ。自分で言っといて自分で辛くなって来てるだろ。涙目になってるぞ」


ギルバートが宥める様にわたくしの頭をポンポンと叩く。


「はあー!?なっていませんけれど!?気安く触らないで下さる!?」


噛み付かんばかりのわたくしをギルバートは「はいはい」と軽く流した。


何その余裕ぶった微笑み!

はー!チャラ男はこれだから!

こちらが落ち込んでいる隙を突いてさらっと慰めてくるのよね。

攻略対象だけあって顔もいいし、コロッといってしまう御令嬢方の気持ちも分かるわ。


「そろそろ授業も始まるから座ろうぜ。アリスちゃんも」


話している内に教室には生徒が揃っていた。わたくし達はそのままそれぞれの席に着いたのだった。





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