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第18話 アリス・アイメルトの鍛錬

「ウィルフリード様はもう少し思いやりの気持ちというものを持った方が良いと思うわ、ねぇアリス様?」

「貴族として最低限度の思いやりは持ち合わせているつもりですが?あぁ、お持ちでないエリザベータ嬢には感じ取れないのかも知れませんねぇ。アリス嬢もそう思われませんか?」


間にアリスを挟んでの、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムとウィルフリード・フォン・ヴァールブルクとの舌戦は、熾烈を極めつつあった。


お互い笑顔だが、いつどの瞬間に取っ組み合いの喧嘩が始まってもおかしくない様な殺伐とした緊張感で空気がピリついている。


初めはこのやり取りをにこにこと眺めていたアリスも―――かろうじて笑顔を保ってはいる―――顔色が悪く冷や汗を滲ませていた。


なので目的地に到着した際には


「着きました!着きましたよ!演習場です!ウィルフリード様はアドルフ伯爵と授業の打ち合わせがあるんですよねっ。あちらへいらっしゃってますよ!」


と、心底ホッとした顔で言ったのであった。


因みにアドルフ伯爵とは〈魔術〉の担当教員だ。


「では私はこれで。アリス嬢、エリザベータ嬢に虐められたらいつでも報告して下さい。生徒会副会長として処分を下しますので。エリザベータ嬢も、もう少し落ち着きを持って下さいね。あまり暴れ回るとアルヴァハイム侯爵が泣きますよ」

「ふふふ」

「伯爵がっ!アドルフ伯爵がお待ちですので!ウィルフリード様早く!」


笑顔のままそう告げるウィルフリードに、これまた笑顔のまま掴みかかろうとしたわたくしを制して、アリスはウィルフリードをアドルフ伯爵の元へと促した。


離してアリス!

あいつをいっぺん殴ってやらないと気が済まないのよ!


あの男とは反りが合わないのか、関係は年々悪化している気がする。

侯爵家の者同士がいがみ合うのは好ましくないと頭では分かっているのだが、どうしても癪に障るのよ。喧嘩売ってくるし。


「エリザベータ様とウィルフリード様は昔からのお友達なんですか?」


無事ウィルフリードが去り安心したのか「ふぅっ」と一息ついてから、アリスが尋ねてきた。


「ええ。幼い頃にクラウス様の遊び相手として王宮に通っていた頃からね。でも『友人』と言える程親しくはないわ」

「じゃあ、エリザベータ様は、クラウス殿下とウィルフリード様とは幼なじみなんですね!」


ちょっと。話聞いてる?


「ウィルフリード様もエリザベータ様と話してる時は…ちょっと怖かったですけど、普段の気取った感じではなくて自然体でしたし。あんな風にムキになって言い返してる所、初めて見ました」

「ふっ。あれがあの男の本性よ。貴女(あなた)の前では格好付けているだけなのよ」


ウィルフリード……アリスにさり気なく「気取った感じ」とか言われているわよ。

この調子なら"作戦(オペレーション)(ネガティブ)(キャンペーン)"も想定通りに進みそうね。わたくしは心の中でほくそ笑んだ。



〈魔術〉の演習場に併設された教室に生徒の姿はまだ(まば)らだ。

教室と演習場を繋ぐ扉の脇は大きな窓になっており、演習場で打ち合わせしているウィルフリードとアドルフ伯爵の様子が見える。


ギルバートも既に来ていて、こちらに気付くとにこりと微笑み片手を上げて挨拶をした。あの男は本当にいつも違う女の子と居るわね。


「アリス様、クラウス様にご指導いただいている〈魔術〉の進捗はいかがですの?」


折角アリスと一緒に居るのだ。

授業が始まる前に、クラウス様の好感度チェックでもしましょうか。

わたくしはアイテム『派手な扇』を開いてアリスに尋ねた。


「はい、順調に!クラウス殿下はお忙しいので、いらっしゃる時には〈武芸〉を、いらっしゃらない時はウィルフリード様から〈魔術〉を教えてもらっています」

「え?ウィルフリード様から?」


クラウス様とウィルフリードとでアリスに〈魔術〉の制御を教える『ふたりによる個別指導』イベント後、ふたりのどちらかを選んでイベントが『ふたりでの個別指導』に切り替われば、選ばれなかった側はもう出てこない筈。


アリスはクラウス様を選んだのだから、ウィルフリードが(いま)だ指導に携わっているのはおかしいのだが………全てがゲームそのまま事が運ぶ訳ではないという事だろうか。


しかしアリスは凄いわね…。

ゲームでは片方しか選べない『ふたりでの個別指導』を両方同時に進めるとは。裏技レベルじゃないの。


…ん?

もしかしてもう"作戦(オペレーション)(ネガティブ)(キャンペーン)"破綻の危機!?


「………まさか『貴女(あなた)は微笑むとまるで花の様ですね』とか言われたりしていないわよね?」

「ウィルフリード様から?ですか?いいえ?……エリザベータ様は言われたりしたんですか」

「何でわたくしがあの男にそんな事言われないといけないのよ!」

「すっすみません!何だか具体的なお言葉だったので…」


念の為確認してみたが、ウィルフリードルートの『ふたりでの個別指導』イベントでのセリフはまだ言われていないらしい。

ウィルフリードの好感度はそこまで上がっていないという事だろうか。


「じゃあ、クラウス様からは?何か言われたりしまして?」

「クラウス殿下からは、そうですね………打ち終わりの時に隙が出来るので『打ち込む前から次の行動を意識する様に』と言われました」

「打ち終わり?何の?」

「剣です!」

「剣!?」

「はい!」


花の様な笑顔で答えるアリスに、わたくしは愕然とした。


剣!?


おかしい。

『ふたりでの個別指導』イベントは『指導』とは名ばかりの、ふたりきりで何だかいい雰囲気になりながら会話をするだけのイベントだった筈だ。

それなのに………何故クラウス様はガチの武術指導をしているの!?


「そうですね、後は、私は男性に比べて体重が無いので、まともに受けるのではなく、受け流す様に力の向きを…」

「剣?それも剣の話!?」

「剣です!」


…クラウス様はアリスをどうするつもりなのだろうか。


いやいや、ゲームでも実はガチ指導をしていて、会話部分のみを抽出していただけという可能性もある。

イベント後にアリスのステータスが少し上がるものね。きっとそうだ。


「他に何か言われていないの?例えば…『何かあったら俺を頼れ。…俺が守る』とか言いながら頬を撫でられたり!」

「クラウス殿下がですか?うーん、想像付きません………ていうか、クラウス殿下ってそういう方だったんですか?」

「そういうって、どういう?」


頬に指を当てる仕草をしてから答えたアリスは、少し訝しげな表情をしていた。エメラルドの瞳に懐疑の色が見て取れる。


「その……エリザベータ様がいるのに、他の女の人に…」

「あーーー!違う!違うのよ!」


ノー!

アリスが誤解している!

わたくしは自分の迂闊な発言を後悔した。

いけないわ!このままでは、清廉潔白なクラウス様に『浮気クソ野郎』のレッテルが貼られてしまう!


「違うのよ!いいの、クラウス様はいいの!わたくしとの婚約なんて形ばかりのものでね、ええと、…何と言ったらいいのかしら、アルヴァハイムが『イドニアの盾』と呼ばれるのはね、」

「エリィ。声デカすぎだろ」

「いだっ!!」


まるで自分が浮気をしたかの様に慌てて弁解するわたくしの頭に、真上からゴツンと拳が落とされた。


痛みに頭を押さえて振り向くと、いつの間にかすぐ後ろにギルバートが立っている。


「ギル!何するのよ!」

「そっちこそ、そんな声張って話す様な事じゃないだろ」


呆れた様子でそう言うギルバート。

先程まで一緒に居た女の子をその場に置いたままこちらへ来た様だった。


「彼女は放っておいていいの?」

「いーの」


「いーの」って……本当にいいの?

何か睨まれているんですけれど。


そういえば……

ゲーム通りに事が運ばないといえば、前世の記憶を持つこの男が最たる例だ。

わたくしに隠れてアリスを攻略…いや、アリスに攻略されようとしてないでしょうね。


「……貴方(あなた)もまさか、勝手に手を繋いでおいて『離して下さい』って言われたら『いいよ。俺と付き合ってくれたらね』とか」

「言ってねーよ!」


…本当かしら?

胡散臭げな視線を向けるわたくしを見て「何なんだよその無駄に似てるモノマネは…」と溜息を吐いたギルバートは、アリスに向き直り


「なあアリスちゃん。エリィの……アルヴァハイム侯爵家が、何で『イドニアの盾』って呼ばれる様になったのかは知ってる?」


声を落として語りかけた。





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