第13話 ミュラー伯爵令息の密談②
"クラウス様とアリスのハッピーエンドを目指している"というわたくしの言葉に、後ろに控えるカルラが僅かに身じろぎする気配がした。
隣の席に腰かけているギルバートはそんなカルラを横目でちらりと見やり、またわたくしに視線を戻した。
「…あのさエリィちゃん。ここに居るって事は、侍女ちゃんも俺らの事情は大体知ってるって考えていいんだよな?なんか『初めて聞きました』みたいな顔してる気がするんだけど」
この男、あくまで『エリィちゃん』で通すつもりね。
「カルラは何も知らないわ」
「初めて聞きました」
「じゃあ駄目だろ連れて来たら!!」
動揺したのかギルバートが椅子をガタ付かせながら言うが、わたくしは動じない。
「カルラなら大丈夫よ。信用出来るわ」
「それならそれでさ…ここ来る前に教えておいてあげたらいいじゃねえか…」
わたくしの言葉に、ギルバートは溜息を吐きつつ椅子に座り直した。
「申し訳ございません。お嬢様がクラウス殿下と他の女性を応援するというのが意外過ぎて取り乱しました。どうぞお話をお続け下さい。」
呆れ顔のギルバートを余所に、カルラは既にいつもの冷静さを取り戻している。流石はわたくしの侍女。
「今回の事は良い機会だと思ったのよ。だって、わたくしが突然『自分には前世の記憶があって、この世界は前世でプレイしていたゲームの中の世界と同じみたい』だなんて打ち明けたら、カルラはどう思うの?」
「そうですね…お嬢様は御幼少の頃から夢見がちでいらっしゃいましたが、とうとう行く所まで行ったかと」
「でしょう?」
「旦那様に報告の上、領地のお屋敷で御静養される運びとなりますでしょう」
「それほど!?」
「はい。恐らくは」
あっぶな!
ポロっと言ったりしてたら領地に連れ戻される所だったわ!
気を取り直してギルバートの方に向き直る。
「…そういう訳で、わたくしと同じ境遇の貴方と一緒の状況の方が、いくらか説得力はあると思ったの」
「まーそれはそうかもな。俺も、家族にもこの話はしてないし。ゲームと同じだと思ってはいたんだけど…ゲームの世界に生まれ変わっただなんて自分の妄想なんじゃないかって半信半疑だったんだ。だからあんたにも『エバラバ』の記憶があるかもって気付いた時には嬉しかったんだぜ」
ギルバートはそう言って、色気のある笑顔を浮かべ片目を瞑った。
一体どんな人生を歩めば会話の流れの中で自然にウインクする様な人間が出来上がるのかしら。攻略対象なだけあって顔がいいから様になっていると思ってしまうのが悔しいわ。
「ふっ。しかし良く気付いたものね。わたくしの悪役令嬢ぶりは完璧だった筈よ」
「うーん…?まあ確信を持ったのは歓迎会の時だな。あんたが王太子殿下と踊ってる時、アリスちゃんとちょっと話したんだ。その時にアリスちゃんの服装を決めたのがあんただって聞いて。…っと、この辺の事、カルラちゃんに説明した方がいいか?」
「わたくしめの事はお気になさらず。路傍の石とでも思ってお捨ておき下さい」
「そっ…そうかい?」
既に『カルラちゃん』呼びね?
それはそれとして、ギルバートの言葉にわたくしは納得した。
平民のアリスに歓迎会の為のドレスを新調する様な財力はないのだが、そこは『愛し子』。国から支援金が出る。
本来ならば親友兼サポートキャラのハンナとふたりで買い物に行きコーディネートを考えるのだが、その買い物にわたくしも偶然を装ってやや強引に同行させてもらったのだ。理由は勿論『歓迎会』イベントで身に着ける物が攻略対象の好感度に影響するから。
例えば胸元を大きく開け腰までスリットの入った真紅のタイトドレスは、クラウス様の好感度は下がるがギルバートの好感度は上がるといった感じだ。こいつはとんだスケベ野郎ですわ。
『侯爵令嬢』の権力を振りかざしアリスの買い物に口を出しまくったわたくしは、ハンナに不審な目を向けられながらも、ドレスから装飾品、靴に至るまで、アリスの全身のコーディネートを恣にしたのだった。
そんな訳で上から下までゴリゴリの『クラウス様の好感度稼ぎ』コーデで歓迎会に現れたアリスの姿は、確かに『エバラバ』を知る者にとってはあからさまだったのだろう。
「だからエリィちゃんは王太子殿下との婚約が嫌なのかと思ったんだけど、見る限りじゃそうは見えないからさ」
「そんな訳ないじゃない」
「そんな訳ありませんね」
わたくしとカルラが口を揃えて言うのを見て、ギルバートが不思議そうに赤褐色の瞳をこちらに向けた。
「じゃあどうしてアリスちゃんに王太子殿下ルートを勧めるんだ?」
しかし不思議なのはわたくしの方だ。
「まだ分からないの?貴方『エバラバ』は攻略対象6人のハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンド全てプレイした上で、公式ガイドブックも読んだのよね?」
「そこまでやってねえし、読んでねえよ!…てか攻略対象って6人もいんの?4人くらいじゃないっけ」
「隠しルートのキャラがあとふたりいるのよ!何て事なの!貴方全然分かってないじゃない!」
「しょうがねえだろ!『エバラバ』は前世の妹がやってんのを横で見てただけで、内容だってうろ覚えだし」
「まあなんですって!?それで良く『エバラバ』を知っているだなんて大きな口が叩けたものね!」
「みんながみんな、あんたみたいなコアなファンだと思わないでくれ…」
「だったら何故アリスのドレスを見ただけでクラウス様ルートを狙っているだなんて分かったのよ?」
「妹は王太子殿下のファンだったからさ。王太子殿下のルートばっかり何回もやって、歓迎会のあたりは代わりにやらされたりもしたもんだから、アリスちゃんのあの格好は覚えてたんだよ」
「ふーん…?なかなか見る目のある妹さんの様ですけれど、他ルートも全て極めてこそクラウス様ルートの尊さに深みが増すというものなのよ」
「知らねえよそんなの…」
興奮して立ち上がったわたくしに対して、ギルバートは疲れた様に椅子の背もたれに寄りかかっていた。後ろに体重をかけ過ぎるとそのままひっくり返るわよ。
わたくしは扇で口元を隠し「それならば説明してあげますわ」と改めて話し始めた。
「来年の精霊祭の最中に『王太子暗殺』のイベントがあるのは知ってるわよね」
「ああ。未遂に終わるやつだろ?」
扇の陰で「はぁ…」と小さく溜息を吐く。
この男、本当にクラウス様ルートしか知らないのね。
「未遂に終わるのはクラウス様ルートだけよ。他のルート全てでクラウス様は暗殺されてしまうの。恐らく王太子暗殺が『エバラバ』の正史なのでしょうね」
「えっマジで?ヤバいじゃん!」
いつもヘラヘラしているギルバートも流石に顔色を変えた。
「前王妃殿下の崩御で王宮はかなり荒れたらしいが、それを宰相閣下と協力して纏め上げたのがクラウス王太子殿下だって聞いてるぜ。その王太子殿下が暗殺なんてされたら、また荒れるんじゃないのか?」
「でしょうね」
それを指を咥えて見ているわたくしではない。
カッと目を見開くと、ギルバートが「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げた。
「しかし!クラウス様ルートであれば暗殺は未然に阻止されるわ。アリスは精霊王になるしクラウス様には華々しい未来が約束されて、この国も平和なまま。『正史』なんて知った事じゃないのよ。わたくしはどんな手を使ってでもアリスにクラウス様ルートのハッピーエンドを目指してもらうわ」
「勿論貴方も…協力してくれるわよね?」とにっこり微笑むと、ギルバートは青い顔のまま、首を縦に振った。