第11話 悪役令嬢は踊る
この秋入学した学生達が学院生活にも慣れ落ち着いた頃。
冷たい風が吹いて銀杏の葉もすっかり落ちたこの頃に、生徒同士の親睦を深める為、イドニア王国立魔術学院では歓迎会が催される。
ダンスの授業でも使用される学院のダンスホールでは、今日は壁際に立食用の料理が並び、着飾った生徒達に給仕が飲み物を配り歩く。
外は寒いが、暖炉には〈火〉の魔術が込められた魔石が設置されているので、ホール内は暖かい。
学院長の挨拶の後、生徒会長であるクラウス様とわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムのダンスを皮切りに、生徒達は思い思いにペアを組んで踊り始めた。
クラウス様とのダンスを終えたわたくしに今日の仕事はもうない。
アリスと攻略対象達の踊る順番を見て現在の好感度をチェックしたら、あとは帰ろうかしら。
次に踊るアリスの元へ向かうクラウス様の金糸雀色の金髪を見送って、踊りの輪から離れ給仕からグラスを受け取ったわたくしに、縦ロールことプライセル伯爵令嬢の声がかかった。
「エリザベータ様!素晴らしいダンスでしたわ!」
「プライセル様、貴女にダンスを褒められると嬉しいわ。今日のドレス、よく似合っていてよ」
「エリザベータ様も、ネックレスとイヤリングはクラウス殿下からの贈り物ですか?とても素敵ですわ」
グラス片手にこちらへ来た縦ロールは、クリーム色の落ち着いたデザインのドレス姿だった。
取り巻き子爵令嬢3人組はそれぞれダンスの輪に加わっている様だ。
当初こそ、わたくしには空世辞、アリスには嫌味しか言わなかった縦ロールだが、ダンスの練習をしている内に少しずつ変わって来た様に思う。
今では角はあるものの、アリスとも普通に会話をしていたりもする。
「アイメルトさんもまぁまぁ上達したのではないかしら。わたくし達が特訓したのですから当たり前ですけど」
縦ロールがふふん、と笑う。
『アリスのダンス上達』という共通の目標が出来てチームワークが生まれたのか、わたくしと縦ロールも何だかちょっと仲良くなった。
「何とか及第点という所かしら。プライセル様の監督のお陰よ」
扇で口元を隠しふふふと笑って、クラウス様と踊るアリスを見る。
こうして見るとダンスの練習をしたのは正解だった。
アリスのステップに始めの頃のぎこちなさは無く、クラウス様のリードに合わせて自然に踊れている。音楽を聴く余裕もある様だし、楽しそうだ。
クラウス様もどことなく雰囲気が柔らかい様な…気もしなくもない様な…表情に出ないのでよく分からないが、ここから見ていても、たおやかな微笑みを浮かべながら踊るアリスの姿は可憐だ。間近で見ているクラウス様は尚のこと可愛いと思っているに違いない。
このシーン、『エバラバ』にあったなぁ…。
凛としたクラウス様と柔和なアリスが並び立つ姿はバランス良く調和されていて、手と手を取り合って踊る様が絵になっている。
ふたりの姿に見惚れる生徒もちらほらと見えた。
ふと、クラウス様が綻ぶ様に微笑みを浮かべた。
あの、隣国からの贈答品が手違いでぶち壊された時にも表情ひとつ変えなかったクラウス様が。
わたくしの頭にゲームのワンシーンがよみがえる。
一生懸命踊るアリスを見て微笑むクラウス様。「もう、笑わないでください!」と拗ねるアリスにクラウス様は「すまないな。可愛らしくて、つい」と言う。
何度も見たシーンだ。
分かっているのに、締め付けられる様に胸が痛んだ。
その時。
「美しいお嬢さん、踊っていただけませんか?」
と声がかかった。
ええー…今いい感じで感傷に浸っていた所なんですけれど…
声の方を見ると、そこに立っていたのは焦茶色の髪の男子生徒だった。
たれ目気味で愛敬があるがどことなく色気を感じさせる顔。
ギルバート・フォン・ミュラー。
いかにもモテそうな、いや実際モテるのだ、様々な女性と浮名を流している事で有名な彼は『エバラバ』の攻略対象だ。
「あら、プライセル様をお誘いになるなんて、余程ダンスの腕に自信がおありの様ね」
縦ロールは、嫌われている訳ではないのだが、ダンスが凄まじいというか次元が違いすぎる為なかなか誘いがかからない。
彼女のパートナーを務められるのはゼッフェルン子爵令息くらいのものかと思っていたが。
ちなみにゼッフェルン子爵令息は去年卒業してしまったので今この場にはいない。
「いやぁ。ロジーネ嬢のパートナーは俺では力不足かな」
茶目っ気のある笑顔でギルバートが言う。
ロジーネというのは縦ロールのファーストネームだ。
ギルバートはチャラ男なのでだいだいの女子に馴れ馴れしいのだが、イケメンゆえか縦ロールも褒められて(褒められて?)満更でもなさそうに見える。
「貴女を誘ったつもりだったんだよ、エリザベータ嬢。アルヴァハイム侯爵令嬢と踊る栄誉を、この僕に与えて頂けませんか?」
芝居がかった仕草でそう言って、ギルバートはわたくしに手を差し出した。
『この僕』とか……なるほどチャラ男ね。
攻略対象の彼が悪役令嬢のわたくしを誘うとは予想外だったが、多分彼がアリスと踊るのはもう少し後なのだろう。
ギルバートのアリスに対する好感度にも探りを入れておきたい所だわ。
「そうね。よろしくてよ」
そう言ってわたくしはギルバートの手を取り、踊りの輪に加わった。
「こんな美しい女性と踊れるなんて光栄だね」
人好きのする笑顔で話すギルバートはリードが安定していて踊りやすい。流石、手馴れている。あとチャラい。
「そんな格好してるから断られるかと思ったけど。いやー誘ってみるもんだね」
「『そんな格好』って何よ」
「ドレスの色とか、飾りとかさ。それ王太子殿下の色だろ?」
今日のわたくしのドレスは藍色で、腰から裾にかけて金の刺繍が施されたものだ。イヤリングはドレスに合わせた藍色のサファイアで、ネックレスはゴールド。
確かにクラウス様の髪と瞳の色を模したものではあるが、一応婚約者同士なので、こうしたイベント毎に自分の色のものを贈り合うのは割と一般的な事だ。クラウス様もわたくしが贈ったガーネットのブローチを胸に飾っている。
クラウス様は律儀というか真面目なので、世の流行を踏襲しているだけであまり深い意味はないと思う。
「まぁ。そう思うなら、何故わたくしをお誘いに?」
この男なら相手に困る事はなさそうだし、王太子の婚約者に粉をかける程馬鹿でもないだろう。
単なる興味本位か?
『エバラバ』でも、学院に編入してきたアリスに興味本位で近付いて、そのまま本気になっちゃう様な流れだったわね。
「興味があったんだよ。エリザベータ嬢にね」
やはり興味本位。
好奇心の旺盛な男ね。
だが、次に続いたギルバートの言葉にわたくしは耳を疑った。
「前々からそうじゃないかと思ってたんだけどさ、今日やっと確信が持てたんだ。あんた、『エバラバ』の事知ってるだろ」
「えっ……」
ステップを踏み間違えるのは何年ぶりだろうか。
ギルバートのフォローで周囲に悟られる事はなかったとは思うが、踊りを続けつつもわたくしの頭の中は真っ白だった。