Episode 4【2倍】の異能
私は次の戦場へ立っていた、既に先客がいるようで、中からは声が聞こえてくる。
「ん~まだかなー長いなー」
声からすると中学生男子ぐらいだが、どんな異能を持っているかは分からないし、性格や人格など勿論のことだ。そして、私は生き残るために勝利しなければならない。
ガチャリ
急に開いた扉に驚きながらも、即座に拳銃を構える。
その姿は非常に堂に入った格好だったが、そんなことを気にしている暇はない、遠距離から狙い撃ちできる異能だった場合、初手を間違えたら完全に終了だ。
パンッッ
という音が私の銃から振動として体中に響き渡った。
サーっと血の気が引いていくのが分かる、拳銃がいきなり暴発したのだ。
勿論実弾が入っていてるわけではないのだが、それでも人を殺せる武器には変更はない。
麻酔弾が頭に突き刺さった場合、死ぬ可能性は確実に存在している。しかも、死ななければいいというわけではない。
脳の前部分にある前頭葉が損傷を受ければ、問題を解決する能力や、計画を立てたり、行動を起こしたりする能力が失われる。中学生が、いや中学生でなくてもそれらを失えば、普通の生活に戻ることはできないだろう。
ズザザザ
「あっぶな~~おねぇさんひどくなーい。こっちは攻撃してないのに、そっちは飛び道具で攻撃してくるなんて・・・まぁバトルロワイアルに無粋なルールは必要ないよね?」
生きてた・・・という安心感と共に、確実に当たると予想した銃弾が、異能を使ってかは知らないが、どうにかして避けた方法について、私の脳内には様々な計算式が展開していた。
幸運で避けたなら構わない、しかし幸運ではなく異能、もしくは自身の身体能力によるものだった場合、私は何割かの確率で敗北し、死という最期を迎えることになるだろう。
詩人のように言ってみるが、現実は残念ながらそれ以上の最悪でしかない。
「自分の武器が当たらなくて驚いてる?それとも・・・まぁどっちでもいいや、教えてあげる。僕の異能は【2倍】って言ってね、身体能力を2倍にすることができるんだよ!」
天真爛漫と言った言葉が似合いそうな、私より3歳ほど年下の少年は、嬉しそうに自分の異能を喋った。どうやら自分の異能に自信があるようだが、【2倍】というのはどういうことなのだろうか?
身体能力を2倍にするだけならば、身体能力向上でもいいはずだが・・・身体能力だけでなく、様々なものを2倍にすることができるのに、それが分かっていないのだろうか?
「僕は反射神経とか動体視力とかに割り振ってたんだけど、銃弾が飛んできたから急いでスピードに割り振って、避けたんだよ!」
つまり2倍にすることができる身体能力は限られているらしい、ボルトは時速45キロで走ることができるが、それを2倍にしたって時速90キロにしか達しない。
銃弾の初速が時速360キロほどなので、ここまでの近距離だった場合は、彼の体に銃弾が突き刺さるまでには、摩擦によって時速320キロほどになっているだろう。
彼が時速30キロで俊敏に移動できた場合、【2倍】によって時速60キロほどに変化し、銃弾と彼のスピード比は5:1ほどになるだろう。
10キロで歩行する人間と、50キロで移動するバイク、ギリギリ避けられなくはないが、助かるにはある程度幸運も絡んではくるだろう。しかもこちらを狙ってくるのだから、難易度は桁違いに跳ね上がる。
彼が30キロで移動できるというのも、計算ではギリギリのところだ、人間の俊敏性は感覚神経から脊髄へ、脊髄から脳に情報が行って、脳で自動的に計算してから脊髄に戻り、そこから運動神経に情報が行く。
人間が行動するのには時間がかかるのだ。反射であれば2,3工程ほど減らすこともできるが、反射は持続しない上に、脳で考えていないため、高確率で被弾する。
「あなた、陸上部だったりした?」
自然と声が出てしまった、心の中で思っていたことが勝手に口に出てしまうのは、私の残念な悪癖だ。
陸上部であれば俊敏に動けるのも納得だ、しかし陸上部だった場合、私の勝算は限りなく低くなる。
「おっっ、おねえーさん気になった?僕は全国大会にも出場するぐらい、足がとっても速いんだよ!」
最悪だ。
走りなれている陸上部の中でも、全国大会に出場するというのは、一握りの人間しか成し得ない、最高の栄誉だ。しかし私にとっては、とても良くない情報だった。
「僕は100メートル12秒で走れるんだよっ!すごいでしょ?」
12秒というのを10倍にし、120秒=2分。2分を30倍にして60分だ。ということは彼の時速は約30キロ、適当に動いただけなら40キロを上回るだろう。それが【2倍】になるのだ、人間の速度としては驚異的でしかない。
私の時速は走った時でさえ15キロほど、4倍以上のスピードで攻撃してくるかもしれない彼に対し、私はこのちゃちな武器1つで戦わなければならない。
「前の相手から手に入れた氷のナイフ、これがあればおねぇーさんを殺すことなんか簡単だよね?」
彼は氷のナイフを取り出して来た、そしてチラつかせるようにしている。
氷のナイフ。異能で作られたそれは青白く、外気に当てられて少し溶けていたが、切れ味に一欠片ほどの変化は見られなかった。
「あなたの言うことが本当だとして、私がこの場所から拳銃を連発すれば、貴方は攻撃できなくて、氷のナイフはどんどん融けていくことになるけど?」
完全な強がりだ、しかしそこまでバカバカしい考えをする私ではない。銃弾が切れリロードしている間や、死角となる角などに居られられたら、奇襲されて死ぬかもしれない。
私は肝が据わっているわけではないので、そこまでのリスクを犯しはしない。
異能で作られた氷のナイフが、簡単に融けるかどうかは分からないし、簡単に融けるかもしれない。
回転弾倉に入っている麻酔弾は、残り3発しかない。
この3発が終われば、リロードしなければならない。リロード中は無防備になるので、この3発の内に彼を地に沈めなければならないということになる。
「ん~よくわかんないけど、その拳銃に入っている銃弾を避けきって、一方的な肉弾戦に持ち込めばいいんでしょ?」
最悪な結論に至ってしまったと思いながら、私の脳内は急速に回りだしていく。
私が死なずに勝利する方法を、最善と呼べる方策を・・・・・・
私は勝利する、自分のために、生き残るために・・・
私は覚悟を決めた。
黒川瑞樹、第2戦『No PROGRESS』
No PROGRESSは進捗無しってことです。