Episode 16稽古
「よく気づいた。だが・・・遅すぎるな」
声の主が誰かは分からない。無性に懐かしいような気もしたが、そんな考えをすぐに振り払って、アサルトライフルを放り投げ、ホルスターから取り出した拳銃を両手持ちに切り替える。
私は振り向きざまに拳銃の引き金を引いた。
バンッッバンッッバンッッバンッッ
4発の麻酔弾が声の主へと突き進んでいく。
当たり外れは大した問題にならない。1発だけでも当たってくれればいいが、外れても別段構いはしない。多少の威嚇ができれば十分。と思いながら声の主の姿を確認しようとする。
キンッキンッキンッキンッッ
「やけになったわけでもないみたいだが、それで倒せると思ってもらっては困るな。銃の狙いはいいが、まだ甘いと言わざるを得ない」
剣閃が宙を舞い。至近距離で放たれたはずの麻酔弾が、声の主へと届く前に全て叩き落された。
しかし、私には声の主であった小汚い服を着た男が、剣の鞘を握った瞬間にぶれて、遅れて音が聞こえてきたようにしか見えなかった。
麻酔弾が地面に落ちていて、刀に物が当たったような音がした。という状況証拠から判断したのだが、これだけでも大分危険なのは理解できただろうか。
私が肉眼で確認できない程早く、銃弾が叩き落されるということは、銃弾の速度よりも刀を振るう速度が早く、対処する方法が存在しないということだ。
見切れれば避けれるわけではないが、見切れることで多少対処はできる。
例えば剣筋がわかれば、その剣筋の通らないところへ避ければいい。もちろん屁理屈だし、フェイントをかけられれば終わり、型を外した攻撃をされても終わり、などというまさに賭けの強すぎる理論だ。
しかし、うまく嵌まればどんな素人でも、ある程度の達人に対しては、剣での攻撃をある程度は避けられる。(ある程度、というのが結構なミソなのだが)
けれど、今回はそんなレベルを軽々と上限突破している。知らないとは思うが、私の動体視力は大分並外れている。生まれつきかは分からないが、動体視力だけは特段良かった。
例を挙げれば、走っている車のタイヤの回転が止まって見えたり、風によって変化する雨の動きが分かったりだ。別にあってもなくてもさほど人生に影響するものではないだろう。動体視力が良くったって、何か利益につながることなんてない。とまでは言わないが、メリットよりもデメリットの方が大きすぎて、話にもならない。
話が脱線したが、つまるところこういうことでしかない。
『並外れた動体視力を持つ私でも動きが全く捉えられないのだから、勝つどころか、逃げることですらも不可能に近い』
不可能を可能にできるのは、英雄という稀有な人物たちでしかない。私はもちろんの如く英雄ではないので「絶対に無理」ということだろう。
私の心の中に悲壮感と、絶望感が混ぜこぜになったような感情が生まれる。
私の心の変化を見抜いたのだろう、目の前の声の主もとい、小汚い服を着た男もとい、達人級の腕を持つ剣士は、呆気にとられた様な表情をした。
「君を殺すつもりはない。信じられないかもしれないが、君の首を落とそうと思ったらいつでもできた」
少し心の傷に突き刺さるが、嘘をついてはいないのだろう。思えばあそこまで隙を晒しいていたのがとても恥ずかしくなってくる。けれど、他チームである私を倒さずにいるということは、どういうことなのだろう?緑グループの情報を狙っているのならば、私はお門違いだが・・・・・・
「私には借りがあるのさ、返しきれない程のとても多くの借りがね・・・・・・」
「借り?」
その借りとやらは私に何の関係があるのだろうか、目の前の剣士からは懐かしいような気がするが、それは考えすぎと言うより、滑稽無糖というものだ。確率にゼロはないため、ありえない話ではないが、それほど世界は狭くはない。はずだ・・・!
「そうだ。借りの内容は詳しく話すつもりはないが、稽古をつけてやる。今のままでは、君は近いうちに死ぬ」
死ぬ。と言う単語がこれほどスッキリと入ってくることもないだろう。言われたのが達人の剣士だから?それとも第三者だからか?もしくは他の理由かも知れないが、それを追求するのはまた今度だ。この剣士は今なんて言った?
「別段驚く話でもないだろう?頭の回転や度胸はいいが、基礎体力がないし、戦闘は銃でのゴリ押し、そんなことではすぐに死ぬ、私が教えるのは少しの事だが、すぐに済む。別に、やるやらないは自由だが・・・できれば死んでほしくはないのでね」
私が稽古と言う単語に驚いたのを違う風に解釈していたが、まぁ百歩譲ってそれは良い。言っていることもほぼ、というか全て正しい。ただたとえ断っても、強制的にやらせようとしていることが透けて見えるので、ほんの少ーしだけ気に食わないが、こちらも別段、事を荒げたいわけではない。
「こちらこそ、お願いします」
正直に言ってしまえば、私としてもこの話は望んでいたものなのだ。
剣士の言う通り、あの執事とやらに銃弾を止められてしまったら、私には打つ手がない。銃は人が持つ武器では最強と言っていいほどに強いが、それは一般人に限った話であって、異能を使える超人には全く当てはまらない。
結局、銃は人殺しの武器だ。人を殺すという覚悟ができている者にこそ相応しいが、今のこの状況を切り抜けるのに、相応しい、相応しくないだのと御託を並べても意味は無い。ならば、使いこなすしか道はないのだ。
たとえ、いつかこの手を汚すことになろうとも、いつかこの手で生命を奪うことになろうとも・・・・・・・・・
「いい返事だ。まず銃を持つ手かっらなっていない、持ち方を変えれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
意識が暗い闇の中に溶けている。
ここは、どこなのだろうか・・・・・・あまり長時間居たいとは思えないが、暗い闇は私を逃そうとはしないかのように、私をしっかりと押さえつけている。
呼びかけるような声が聞こえてきたような気がするが、ここには私一人しかいないので、きっと気のせいだろう。
不意に両親が暗闇の中に映し出される。古い写真のように色褪せていたが、その表情は記憶の中にある物と全く変わらない。
しかし、私の記憶にある物がどうして暗闇に映し出されていたのだろうか?
まぁそこまで気にすることはないはず、それに物凄く眠い・・・・・・
けれど、疑問を放っておいたままにするなんて、私の信条にそぐわない。けど・・・
「起きて。黒川瑞樹。まだ眠りにつくには早すぎる」
誰だろう?ビックリするほどの美少女なのだが、しかし本当にどうでもいい。
あぁ・・・眠い。もういっそ全てを忘れて、安らかな夢の世界へと行ってしまおう・・・
徐々に瞼が落ちていく、寝たいときに寝るのは普通の事だろう。
「・・・強制介入は違反行為ですが、今回は仕方ありませんしね」
何千何百万人に1人いるか?ぐらい凄まじいほどの美少女が指パッチンをする。
何故だろう、急激に視界がクリアになっていく。私を逃さないと押さえつけていた暗闇は消え、光が差し込んでくる。
「・・・樹ちゃん・・・瑞樹ちゃんっ・・・瑞樹ちゃんっっ」
池田さんが、心底安心したような表情で私を見ている。目元には涙すら滲んでいた。大分心配させたようだが・・・・・・
まぁ何はともあれ、返って来たのだからいいだろう。
黒川瑞樹、緑グループ生活拠点『GO BACK HOME』
3000文字超えました。皆さんSTAY HOMEは退屈ですか?




