第3話 ともかく行動あるのみ
廿六木学園は世にいう金持ちのご令嬢が通うお嬢様学校という奴だ。
正直、その中で油臭い機械にまみれて青春の汗を流そうという変わり者はなかなかに存在しない。
その他にも様々な理由はあるだろうが、この学園が名門と呼ばれていた頃からは考えれないほど模擬戦闘競技部は落ちぶれてしまっている。
今時の女子が楽しく過ごせる部とは正直言えない、しかも運動部に分類される割には様々な専門的な知識も必要だったりと、意外と面倒なことこの上ないというのが問題なのも分かっている。
しかし、そんなことを悩んでいる状況では無い。
インターハイに出場する為には夏の大会である程度の成績を修めなくてはいけないのだ。それを考えれば6月の夏の大会予選までに部員を集め戦術なども含め相当な実力をつけなくては絶対的に無理というものだ。
まずは坂神真美に会うか……。
と、俺は模擬戦闘競技部の部室である競技司令部で考えていると不思議そうに入り口でこちらを見ている少女が一人。
「あ、あの……どちら様ですか?」
あからさまに不審者を見る感じの表情を見せている彼女は現在メカニック担当の三崎佳那だ。
「君は三崎佳那だね?」
「えっと……なんで私の名前知ってるんですか? ストーカーとか勘弁してくださいね、とりあえず警察呼びますよ?」
どうやら、俺の話を聞こうというスタンスではないらしい。
「今朝、全校集会で紹介したと思うのだが?」
「え? そんなの知りませんよ? とりあえず、よくわかんないので警察呼びますね」
そう言って彼女は携帯端末を取り出し110番に電話しようとする。
「ちょ、おいおい、待てって……」
俺はそれを必死に止めようとするが、別の人物によってそれは阻止される。
「警察に連絡したら面倒なのは貴女でしょ……それに貴女は彼のファンでしょ?」
「え? 誰が? 嶺衣奈ちゃん、あんな怪しげな雰囲気の男の人のファンだなんてありえないでしょ?」
何気に酷い事をいう三崎の言葉にショックを受けるが表情に出す俺では無い。
「朝礼の時に寝てるからこんな事になるのよ。彼は元プロ模擬戦闘競技の如月零次よ」
「如月零次って、あの如月選手? なんで? 確かに電撃引退してどこかの学校の監督になったとかって記事をネットでみたけど……嘘でしょ?」
「嘘じゃないわ。まぁ、怪しいとか変態とか間違ってなさそうだけど……」
そう言って廿六木嶺衣奈は冷たい視線をこちらに向ける。
「先日のことは本当にすまなかった、アレは事故なんだ」
「先日? ナニナニ? なんのこと?」
三崎はそう言って喰いついてくる。
噂話が好きそうなタイプだものな……。
「大したことじゃないわ。あの人、理事長に呼ばれて学園に来た日にセキュリティカード忘れて警備員に追い回されてただけよ」
「うそ、そんな面白そうなイベントが発生してたの?」
「貴女はさっさと帰っちゃったから知らないだけでしょ」
「だって、あの日はアルティメット・スター・ファイターの試合放送があったんだもん。Luca*2の試合だったし、見ないといけなかったんだって!」
「どうせ、タイムシフトでいつでも見れるのに」
「ダメダメ、ライブじゃないと意味がないの!」
少しずつ模擬戦闘競技や実際……いや、実体を持った人間が現実世界で行う競技自体が衰退し始めている要因として仮想現実世界。いわゆるネットダイブを使用したスポーツ競技やネットワークゲームを使った対戦競技の人気が非常に高くなっている為でもある。
因みにだが、現在行われているオリンピック競技にも一部、仮想現実を使用した競技が存在するほどだ。
「って、なんで如月選手がウチ部の監督なんかになったの? 今にも潰れそうな部なのに?」
三崎は不思議そうな顔をしてハッキリと直球を投げてくる。
資料では無く、実際に会った彼女の印象からこの娘が凄腕のハッカーだとはとても信じられない感じだ。
そして、ふと思い出す。
昔、オペレーターを担当していた女が言っていた事だ。
ある程度のプログラム知識と富んだ発想さえあれば凄腕のハッカーになることなんて難しいことでは無いと。
彼女曰く、A級以上のハッカーは知識では無く、発想が一番重要だと。
三崎はまさにそのタイプなのかもしれない。
「ねぇ、なんでボーッとしてるの? 答えてよー。私、如月選手のプレイもっと見たかったんだけどぉ」
「そうか……しかし、俺も好きでプロ選手をしてた訳じゃないんだ。まぁ、今回の監督の話も好きでやってる訳ではないけどな」
「えー、なんだかガッカリだよ」
「子供には分からない事情が色々とあるんだよ。ちなみに此所へ来た理由は『廿六木学園模擬戦闘競技部のインターハイ優勝』が目的なんだよ」
俺は正直に目的を口にすると、三崎も廿六木嶺衣奈は不思議そうな顔をする。
まぁ、その反応は当然といえば当然だ。
「先生、冗談でしょ。そもそもこの部って今は部員が3人しかいないのよ?」
「だよね、しかも、私はメカニック担当だし。実質プレイヤーはひとりしかいないし。もうひとりは幽霊部員だから、そんなの無理に決まってんじゃん」
彼女達の言うことはもっともである。
しかし、これはやらねばならない命令なのだから、なんとしても任務は遂行するのが俺の生き方なのだ。
「お前らの言いたいことはよく分かるさ。しかし、我々はやらなければいけないんだよ……そうしなければならない理由が沢山あるのさ」
俺はそう言って彼女達に携帯端末に表示したある書類を見せる。