涼男子メ!
イケイケ!ドンドン!大恋愛ーっ! 気にするこっちゃない――この世は早い者勝ちよ!
運命の糸ってか? ちゃうなーぁ。糸も運命も自分でつくってもんさ!
ここ、高原は三百八十度、海は百八十度、そして地と空が一対になって囲む伊豆高原。それら三つ揃えが見渡せるペンション。
「受ける―ぅ!『キミたち』なんて云うんだもーん。大学生かと思っちゃたぁ」 (vs. 「……どんな子かなぁ? 大人ぶっちゃたりしてよ」)
「そんな『ツモリ』じゃなかったんですけど」(それにしてもハクいスケだぜ)
小高い丘から海を臨むペンションに宿泊客として訪れた朝吹令愛とそのツイメン三人の友だち。
この建物は――その前からテニス部の練習の際に何回か通り過ぎていた。かなり昔に建てられた木造建てと思っていたが、五月の連休に通ったときは立ち止まってしまった。ポピーの花をはじめ様々な千紫万紅色な容、一帯がエントランスから奥の庭まで飾ってある姿は、地と建物と空とが一対になっている絵本のよう。ここから見下ろす海が一望に開けるローケーション、雄大な海、心地よい海風、そして遠くに見える富士山、これらの風情が気に入ってひと夏のバイトにしようと決めた藤原健であった。
夏休みにさっそく、東京駅からスーパービュー踊り子号に身を任せ、車窓の左側から飛び込んでくる大海原に揺られながら、1時間51分、着いた伊豆高原駅。改札降りて左方の北側は高原口(桜並木口)、右のまま南側は八幡野口(やまも口)と呼ばれている駅舎前のスパーで買ったコーラ ライトをグイっ!といっぱい、すっかり伊豆の源頼朝になっていた、甘い!(天下の日本国はわが物ぞ!)
何度訪れても飽きない好スポット。小タウンもどきな南側出口の方。反対側は、桜の季は駅階段を降りた所に桜そして桜たちが大行列をなして待ち受ける北側。
何よりは、その気になれば日帰り旅行も楽勝なリゾート地――関東の人たちには利便性マッハこの上ない地の利というのがわかる……行くと毎度毎度!!つい連泊してしまう。
この高原口の桜並木は三kmにもわたって凡そ六百本の花のアーチが、毎度毎度、はっちゃけて迎えてくれる。この坂を登りきって左折、緑に囲まれた途を程なく歩くとこのペンションに到着。客室数四十一・収容人数百五十二、規模からすると、リゾートホテル並みの規模よ!と建物はエバッテる。
これより数か月前。
健はリビングの団らんで「俺バイトすっから!」
「なにもしなくたって。お金に不自由してないでしょ」と母は云う。
「まぁ仕事とはどんなもんか一度は経験しておいても悪くはないだろう」と云ってくれた父。
「やった―! 時給2千円に夜勤手当は別に付いて3食付に宿泊代もタダ。まっかせて!」
「何が任せてなの!? 何にそれ使うつもり?」
「とりま貯金。それよっか一度自分で稼いでみたくて。しかもテニスコートはタダで使い放題に空気は綺麗だし。綺麗な証拠にね『何を食べてもすっごく美味しい。空気のせいだわ』ってFBにも書いてあったから」
「ホォ―、では一度泊まりに行ってみましょうかねぇ。ねー! あなた」
「来なくていいからね」
「どうして?」
「保護者同伴はハズィよ」
「良い名前ね、タケルって武尊連想しちゃう。(「健と武尊はちゃうだろ!おれわ!健」そんくらい判れ!)どのくらい背丈あるの? 大きいからすっかり大学生かと思っちゃったぁ」と名札と健の体を見て訊く高卒生たちのジロジロする六つの目。
「ケンです。そう! 身も心も健康に!と親が決めて。既に親を抜いて191っす。皆さんは高校同級生の仲良し組旅行ってやつなんですね?」(意外とガキなくせにしっかり話すなぁ……おぼっちゃな顔して)
「デカ! 私、令愛。うちら二人も今度大学だよ。それで卒業記念旅行にここにしたの」
「仲良し記念ってのがいいですね。んーとっ!と楽しんでください! ここはそゆ所ですから」(美人と話すと楽しいなーぁー)
「感じいいやつだね、うち、最初から高校生だなって思ってたよ」
「どうして?」
「脚の脛毛未だ薄いんだもん。それに中高生の肌と大学生以上の肌とは雲泥の差。筋肉質が踊っていてキレイ!触ってみたくなる――ウヒャハッハッハッハハ」
「よく見てるね」
「令愛だってよく見てたじゃん」
「いや! 自棄にノッポだかったからネ……スラっとした男の子好きウフフ」
例によって夕食後が大忙し。食器類洗いにテーブル、椅子、装飾丁度類の拭き掃除に、明日の仕込みまで。
やっと終わってペンション裏手の一角で、チョコアイスバーを口にしながら束のまのチャージに浸ってる健。(ああーあ! 疲れた。なんて言ったっけ? そっそっ、玲奈っだった、彼氏居るんかなぁ……)
空の星々がキラキラ、そして、時々思い出したかのように吹き上がって来る浜風。伴にコラボし合って身体をくすぐる。これらの癒し、きもちい~い~!(これだから自然はいい! 女よりいいぜーぇ)
そこへ、あの新大学生3人が「ご苦労さん!」と云って現れた。
束ねていた髪を下ろした者、食事時より濃い目のメイクにした者、皆其其に。
「グッズショップこんなにいっぱいあるんだもん、買っちゃったぁ!」
「あるね。確かにずっと観てると、いつの間にか買ってるよね。でも夜間の女性歩きは控えた方が良いですよ」
「もーぉ、ナンパされたから」と一同ケラケラケラケラ!
「あっそっだ、待ってて!」と健はいうと戻った手に花火、みんなに手渡すと「私もお線香花火がイチバン好きー」と玲奈はじめ皆が異口同音。
「いやこの辺では打ち上げ花火が禁止になってるんだ」
「あぁーね。近隣の建物がお隣同士だし火が飛ぶと迷惑をかけるからだね」
「うん、以前、花火が原因で実際に出火したペンションがあったんだって」
「……怖っ」 「ねぇー!見て見て!! きれーいーぃッ!」
「火玉が大きくなったり小さくなったりしながら花火が四段階にも弾むからね。この嗜好になってるから線香花火がいいんだよね」
「うん、音もしないしね。ねーぇ!教えて! この辺イチオシなスポット!?」
「そーだなぁ、あり過ぎて。大室山、伊豆シャボテン動物公園もあるし」 (ぐらんぱる公園は広いだけでつまんないから云わなかったけど)「一碧湖、伊豆高原駅の散策道、城ヶ崎海岸、それと四季を通じて花が咲く伊豆海洋公園辺りがお勧めかな。連泊するなら、専用テニスコート十一面にインドアコート四面もあって、そこは屋外オムニコート七面が完備してるから、よく学校が利用してるよ。まだまだあるから、ペンションの玄関に置いたあるパンフ見てみたら!?」
「へーぇ、流石よく知ってるーぅ」 「案内してくれたら嬉しいなーぁ」
「明日の仕込みの続きがあるんで」と出任せに喋舌ってみた(ああもったいない。いつもしてから後悔、格好付けてさ)。
「令愛があんなに素楽素楽男子と話すの初めて見た」
「何云ってるの。あんただってあの子にいろいろ訊いてたじゃん」
「うん。だって将来お医者さんなら玉の輿だわ。彼女さんいるのかなぁ?」
「あらぁ! そうなの。じゃぁ、訊いてみたら!?」
「それにしても、シッカリしてる。高2には見えないわ……」
一日が終わり、健はベッドに入った。窓の外のお月さんが彼方の雲間から出たり入ったしてる(のんびりコンコン、気が憩らむなーぁ)。夏はもうそこまで来て足踏み(夏だ!祭りだ!花火だ!アイスだ! 俺の夏だ!)。真上に出始めていたお月さん、おやすみ。脚をお月さんのほうへデンと大きく突き出してzzzZZ「……とても年上には見えんわ」 「ぶりっ子かなぁ!? いや、女子はツンツンしてるよりkawaii子に限るわ」と夢のなかにzZZZ……。
「オッハ! 昨日の女子たちイケやん、お前随分仲良してたな、羨まし。『 KP(隠れビッチ。やっちゃえば)やーん!』と冗談だか本気だ分からない云いようをしたバイトの男子大学生。
「話して楽しければいいんだよ。それ以外は俺には関係ないから」と応えた健……朝からウザいやつ!
すでにダイニングルーム入り口辺りではお客さんたちがペチャクチャ。一人ひとりに「おはようございます。お席はあちらの方へ」と入り口に入って来るお客さんの一人一人に対し、既に少なくなった髪の毛を目いっぱい逆立たせた頭髪姿、反して毛は逆立っていたオーナーさん。やけに元気な挨拶を飛ばして「お早うございます。ご飯はお代わり・半ライスどちらもご自由です。健康志向な方にはサラダを多めにしておきましたのでどーぞ!」。なかの客のうち何人かは「お早うございます。昨日のお肉美味しかったです、シナモンとバジルの香りもぴったしバツグンで、あんなステーキ初めてでした。また来ますね」
伊豆高原宿泊料金は一万円前後が相場、ここは税込17200円、これなら旨くて当然だろと健は思った。
「オーナーさん、ありがとうございます」「あのぉ、今日何所へ行くか迷っているんですけど……」
「城ヶ崎海岸は如何でしょうか!? 海岸線沿いに絶壁が幾つも重なって、深く入り組んだ岩礁と岬から岬へと続く眺めはまさに壮観です」 「ぁーあ! 藤原君!」
「ハイ、何でしょうか?」 「こちらのお嬢さんたちを城ヶ崎海岸へ案内してやってくれませんか!?」
KPな男子が顔を突き出し「オーナー! 俺ここらへん詳しんで」
「あ、君には、力持ちだから例の庭の清掃と石を動かしてもらいたいのがあるから、よろしく!」と余計な飛び入り大学生は断られた。(やっぱなぁ、肉食系男子は危険だ、妙なナンパ被害でもおこされたらペンションに傷がつくと察したオーナーだったのだろう)
「ハイおけです。でも一番忙しい時間帯によろしいんですか?」と控えめに云った健に対しておオーナーは「その分の時給は引いておくから嘘ですよ草カッカカカカカカ。案内が終わったら直ぐに戻ってきてくださいね」
真っ青に澄んだ怒涛渦巻く海原。この橋の欄干に到着すると波音が荒れ狂う海主のように逆立っていた。水色は吸い込まれそうな紺碧色に染めている。「吊り橋は長さ四十八m、高さ二十三m、スリル満点! 下を見ないで! 時々しっかりチラッと見てね!w さあ!渡ろぉ!」とニッタとした云い回しをした健の言葉の後に続いて行く女子一行の期待と不安に満ちた顔そして顔と顔。
行けば行くほど途中で橋は、左右に上下に、揺れ揺れ、風の吹き具合で風が殴ってくるよう、キャ!キャキャ!!と絶叫しながら渡り終えた三人は笑顔そして笑顔一色。目にはナミダ。
「もーぉ! ジェットコースターっ! トイレ行きたくなっちゃあ」
「あっ、その先を五十メートルほど下ると囲まれたらしき所があるから」
「う? どゆう意味?」
「天然トイレさ。ここに来る前の入り口にはあったんだけどぉここには無いんで」
らしき所から戻った令愛と友だちの二人「初めてぇ! あんな開放的なトイレってぇウッキャキャキャキャキャ」
「だろ! ハッハハハハハハハハ」
「こんなの初めだったけど――来てよかったよ――用を足してるとき『ヒューゥ! ヒュールルン!』って風は当たるし、カモメちゃんの鳴き声は飛んでたし」
「そ! きっとイイことあるよ」
「ホントにぃ!?」
「あぁ! きっと、玲奈さんたちに! 地球は生きてる!って大自然は歴然実感するよと語ってるようだったでしょ。またチャンスがあったら来てみて。他にもきっと気に入ってくれるスポット満載だからね」
「うん!是非是非!! 交換しない!?」と素直な気持ちに包まれたままに各自はアドを交換し合った。
アップルロゴ入りのスマホ高そ、俺のは日本の技術と製品で出来上ったファーウェイ製だ。(ちな、そんなことも知らない何処かの花札だかトラだかいう名の大統領は『アメリカの技術を盗んだ。5Gで国家の機密が漏れる危険なスマホだ』というが、技術に負けたのが悔しく吠えてるだけじゃん。だったら何所が危険か?具体的に指摘したことがあるのかよ? 無いから云えないなんだ!と云いかけたが口にしなかった)
「あ、そろそろ戻らないと時給引かれるから。じゃ俺は行くんで。楽しんで!」
文一類(法学部に進学し政界・法曹界へ進むコース)に受かって東大駒場校での令愛の初授業の日。
なかには、聞こえていたが、聴こえていなかった学生も。よくある大学の授業風景。
令愛のノートの隅に、あの城ヶ崎海岸で健が「『地球は生きてる!歴然実感する。この実感に値するように生きよう! 実感できる恋をして行きたい―!』」と綴った言葉が、作文だったかも、ノートの四隅に踊っていた――「青春! 青春! 健?」
一方、健は春休みの登校日。休み明け直前に行われた最後のスケジュール。この高二の時の調査表(成績の点数の評価)によって文系と理工系とにクラス選抜とクラス分けが行われることになるとの1年間のガイダンスが定めていた。クラスのツイメンたちと、文・理工の両カリキュラムを見比べながら、健もコミュを活発化していた。
「春は、猫もカラスも誰もが魔法をかけるとき。俺は彼女に魔法をかけるぞ」と頓狂な声を発した同級生の豪。
「やっぱお前は文系だ」
「文系がダメみたいじゃん」
「ダメとは云ってないよ。実現できそうもないことをテンコ盛りな言葉で逃げてると云っただけだよ……ワリーなーぁw」
「何いッ! 同じだろ。健はどうなんだ? って、オマエんちは良いよな、親が医者だから直ぐになろうと思えばリッチだから何でも楽勝だろ」
「俺な。壊れたの治すはやなんだ。新しい物が好きなんだ」
「何だそりゃ?」
「患者さんは皆壊れている。治って当り前。治すのに欠陥品を、第一、体を触るのはなぁ……それよりも新品ピカピカを創ってく方が俺的には向いてるんだ」
「わかる!健くんの考え! 私も新しい数学の世界を拓く方が楽しいかなって」
「凜緒、マジかよ。数学じゃメシ食ってけねぇよ、学校の先生になるのが落ちじゃねえの!?」と豪が横やりイッパツ。
見てた健が、「豪も凜緒も云ってることは一理あるよ。でも時代だ。数学が無ければプログラミングは限界に達する。第一この世の全ては数学から成り立ってるんだ。プログラミングを支配するのはアルゴズムってやつで――受け売りだけどな」と言葉をはさんだのは、最近、プログラムグラミングの楽しさが解かり始めたからだ、自慢したかったとも云うw
「へーぇ! すごい! 健くん、今度教えて!?」
「って、健! 何だそのアルゴリズムって?」
「数学よ。高等数学よ! 豪くんは2だからなぁw」
「あ、凜緒、馬鹿にした! 3だぞ」
「ごめんなさい。ホントのこと云ってw」
「ま、いいじゃないか。豪の想像力はピカイチなんだから」(だが、少しも豪は「想像力」があるとは思っていなかった。「妄想」だわ、と思ってた)
春休みが明け、本格的に高三の授業が始まっていた。
二人が組をくんで、三人が、五人が組毎に集まったついめんたちがワイワイとたむろっている。
生徒各自各班と先生のパソと直接連動していて各組毎に進捗が異なる授業システムだった。
先生が各自に渡す課題の前に全体へ説明をする、「数学は、行列計算に特化した GPU を使うことで実際に最適化されたプログラムグラミングになるので、皆さんはどうアルゴリズムを数学化していくが重要ウンヌン」という講義の中、豪の視線がやたらに別グループに居た玲奈を射っていた。
[ヤねーえ。しっこい人、大嫌い!]玲奈は無視しつづけた。
健と玲奈、春の空のもとを久しぶりにデートを楽しんだ。
「これ! 欲しかったから」
「そんなのならイチイチこの文化祭で買わなくても」
「だったら代わりに買ってくれた?」
「云ってくれたならね!――じゃなく、もっと他になかったの?」
「五月祭あるよ! 来て!」という誘いで「UTokyo(大学of東京。東大)」ロゴ入りのスエットを買ったのだった。この文化祭は5月に本郷キャンパスで開催。11月には駒場キャンパスで開かれる駒場祭との二つがあったが、今日は本郷に令愛と来ていた。
少し散策すると「浮島に松かぁ……小さいけど大きく感じるこの平和。深い森の池(育徳園心字池。通称、心字池。造語、三四郎池)って感じがする。その象徴が池の真ん中の松だ」
「象徴って?」
「周りの木々の影響に飲み込まれずいつもデンと自らを誇った姿。この風景がこの池の顔をしてると見えない!?」
「なるほ。一年中青々してるもんね」
「でしょ! どんな環境下でも健やかに強く生きろ!と謂ってる」
「理学部志望の人がそんな詩的な捉え方するの珍し」
「そうかな。数学でも工学でも医学でも天文学でも、むろん文学だって、極めるとどれも詩的になるんだって。詩って『命の躍動感』だ、と誰だったかな?」
「そっかぁ!……躍動感の無い目的って変だもんね」……令愛がどこまで分かって云ったかは別にして「特に恋愛こそ躍動感“要!”」と健は日頃から内心念っていた、いや、そう思わせることにしていた。
そ! 彼の文豪さんも!
夏目金之助(漱石)さんは、かつて躍動感を張り巡らした地が、この池だった。(逆境に在る者ほど、燃えなくてどうする!)
金之助さん、1890年、東大生になった頃(当時の偏差値は決して高くなく60強あれば受かった時代だが)、幼少より近親者に恵まれていなかった上にこの時期次々と兄弟二人の死別に遭う。心に深い傷を受けていた筈。当然、躍動感とは疎遠な暮らしに陥っていた。
が、しかし覚めた。当時の金之助さんの文筆曰く『女はこの夕日に向いて立っていた。三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると丘の上はたいへん明るい。女の一人はまぼしいとみえて、団扇を額のところにかざしている。顔はよくわからない。けれども着物の色、帯の色はあざやかにわかった。白い足袋の色も目についた。鼻緒の色はとにかく草履をはいていることも(やはり変わらないのは文語調)』――もう、そう思い巡らした段階で、既に、好意は始まっているのだ。誰がつまらないことを、観察なんかするもんか、でないということは既にこの主人公の恋は始まっているのだった。
「なるほどねえ、金之助さんも唯の男だったのね、安心したわ」
「そうだよ、お互いに共通項があると美しく、より美しく、と益益なるように収まっていくものなんだ」
「ところで、令愛さんの法学部の目的ってなぁに?」
「『令愛!』って呼び捨てでいいから。司法試験目指そうかなって。国家公務員って手もあるけどヤだぁ、政府のパシリなんて」 「そーなんだぁ、初めて知った、じゃぁ、俺も社会正義のあるべき原理原則を発展させる道を選ぼぉかな……ちょっと照れなーぁw」 「それに官僚になったとしても、いずれはお上からのパシリに終わるじゃん。てか実は、法律家としてキャリアを積んでいけば官僚になるよりはお金持ちになる可能性は増すのかなって思ったのが正直な話」
「だね! お金は幸福への大事なカギだからね……少なくても貧乏でいるより」
「だよね、お金が幸せの全部とはいわないけど人の心を豊かにしてくれるなら、絶対、お金は幸せそのものだよ……」
「そうさ! お金は、これと別に愛が伴ってれば、幸せの青い鳥」
「いいこと云うね―ぇー。同感だよ」
「まーあーねーえー」
「あ、照れてる。カワュ」
(合うぜ! こいつと! 人の付き合いは先ずは『合う』ことだ。そんな人は数少ない。この令愛を大切にしよっかなぁ)
今日も令愛は予習をしたうえで授業に就いていた。
解り易くなるからである。
すると「あの人彼氏?」と顔を覗く合田。
又来たかぁと「友だちだよ」と応える令愛。
「仲良さげだったから」と突っ込む合田。
「私、司法試験受かるまで恋人持たないから!」 「合田くんも頑張って! 1コマ105分なんて直ぐ終わっちゃうから勝負勝負!!」(通常の大学の授業時間はひとコマ90分。だが近年1コマ100分、120分、実験や演習になると1コマ180分が当たり前のなか「学問は習うより自らの自助努力――授業よりも、学びは自らが勉強して掴め!」が基本といってる東大のモットー……確かに予習なしで臨むと授業内容がイマイチになる)。
「朝吹(令愛)さんちは財閥だから受かるっしょ」
「合田くんちのほうこそ。うち財閥じゃないから!」
「三井財閥役員でしょ。いくらでもカネをかけて勉強できる環境にいるから受かり易いのは当然かなと思って……」
「合田さんの方こそ一流住宅企業の重役じゃん」
「いやああ、財閥には負けるよ」
「あのなぁ、出世は財力じゃないよ、努力努力!!」
「ところで、旨旨なイタリアン見つけたんだけど今度行かない!?」
「シ―ッ! 授業聴こえないよ」
オ―! いつもの我が家の燈!と健はいつものようにホッとしていた。
家まで一直線!と小走りにスタスタと坂道を登り切ると、下界の街並みの明りが、宝石箱を引っ繰り返したような夜景になって返ってくる。一瞬腹ペコを忘れていた。
玄関を開けると一変、暗雲が。
「円香ちゃん!うちの子なのよ!」
「産んだ子と同じ子供! それ以上に可愛い子なんだから!」父も母も必死に云う。
実の子でないと知って泣きじゃくる妹の円香、傷心に暮れる少女心、いまだ中三生。(偶々民生委員から口漏れて知った事実である。同法第14条の主旨は『助言その他の援助を行うこと』となっているが、どこが同委員なのでしょうか? 人は、役職ではない。どこまでも元々の一個のヒトなんだね。役職を信じちゃアカン! 信じるのは一個の『人』である……少なくても自分にはそう言い聞かせたい)
健の母の妹(円香の実母)が不倫の恋をしてて、いつまで経っても相手の男は「別れるからもうちょっと待ってくれ!」vs.「半年が1年と徒に時間だけが過ぎ」と一向に埒が明ず悩んでいた。
が、既に腹に子が宿っていた。妊娠四カ月、親の都合で堕ろすのは殺人――中絶手術は法律で禁止。「よーし!生むぞ!」とその子を生むと腹を括った。
円香が産んだ子がやがて1歳になって我が子を抱いて歩いていた歩道で突然背後から突っ込んできた車に跳ね飛ばされてしまう。
瀕死の重傷だった。
翌日病院で冷たくなった。
轢かれる寸前本能的に前に抱いていた子を庇いながら十メートル以上も跳ね飛ばされ奇跡的に命だけは救われた赤ちゃん、円香である。「引き受けたるわ!」母も父もわが子として円香を実子とした。
運転していた加害者は、昨今高齢者ドライバーが流行ってるが、年齢はそれほどじゃなく水泳のオリンピック強化選手だった、「ブレーキを踏んでも突然勝手に車が暴走した」と当初は適当な言い訳をしていたが、ドライブレコーダーや屋外の監視カメラ等の画像解析でスマホを見ながらの犯行運転だったと判明。
時速六十キロで「アッッ!アブナイッ!」と気付いたときは既に一秒に十七メートル行ってしまう車の特性、脅威だ! 一瞬にして悪魔に変身してしまう。一瞬の脇目が加害者自身の一生の後悔へ追い込んでしまう、『自分だけは大丈夫』という大いなる自信を持った過信のせいだ。
リビングに入れずじっと聴いていた健は悔しく、哀しく、握り拳となって佇んでいた。
ヨーォオシ!これでキメ! 家業の跡継ぎは妹だ。
ベッド数十一の小規模クリニックのオーナー院長である父は、祖父まで「二代目は健がなるから!」を語り草としていたが、健には継ぐ意思はない。数学系の大学を目指していることに「そんな食えないことばかりしていずれ気づく」的な思いでいたようだ。
今回、これで妹の円香にも大きなビッグチャンスが転がりこんできた。
何よりは妹の将来が安定して行くことである――本人にもその意志が無ければ別であるが、日頃から結構ワンちゃんやニャん子やスズメやカラスへの思い、面倒見が良いから大丈夫だろう。
夏休みも近くになった頃。
東急文化村の席に座していた令愛の肘が時折擽ったくなっていた。健に、演奏中のリズミカルな響と共に伝わってきていた、心地よかった、柔らかく胸を揺すっていたようだ。
観覧後、隣接してるカフェ「ドゥ マゴ パリ」で口元に遣っていたカップを置くと「チャイコフスキー大好きー! 何といっても『派手さと豪華さ』よね」と令愛は嬉しげな表情で継いだ。
「『ピアノ協奏曲第1番』4分の3拍子 - 4分の4拍子、変ロ短調 - 変ロ長調、のソナタ形式で雄大な序奏で始まるシンフォニックは壮麗そのものだ。まさに詩人の為せるマジック。俺も好きだ」
と健は呼応した。(話が合うのが何よりも楽しかった……きっと、俺らはつづくな)。
「これ!これ!第四幕が一番感動しちゃう」と語り始めた令愛。
その序奏。
花畑でオデットが美しい花を摘んでいると、怖い顔をした悪魔ロットバルトはオデット姫のことを滅茶苦茶気にいっていたが、ついに思い通りに行かないことを根に持って、呪いでオデットを白鳥に変えてしまった。
第1幕。王宮の前庭。
今日はジークフリート王子の21歳の誕生日。お城の前庭には王子の友人が多く集まって祝福の踊りを舞っている。そこへ王子の母が現われ、明日の王宮の舞踏会で花嫁を選ぶようにと言われた。まだ結婚したくない王子は物思いにふけり友人達と共に白鳥が住む湖へ狩りに向かう。
第2幕。静かな湖のほとり。
白鳥たちは、泳いでいるところへ優しい月の光が出るとたちまち娘たちの姿に変わっていった。その中で一際美しいオデット姫に王子は魅せれてしまう。すると彼女は夜だけしか人間の姿に戻ることができ「この呪いを解くただ一つの方法はまだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうことなの」と告げる。これを知った王子は明日の舞踏会に来るようにとオデットに言う。
第3幕。王宮の舞踏会。
世界各国の踊りが繰り広げられているところへ、悪魔の娘オディールが現われた。王子は彼女を花嫁として選んだ。それは悪魔が魔法を使ってオデットのように似せていた者であった。その様子を見ていたオデットは王子の偽りを白鳥達に伝えるため湖へ走り去って。と、悪魔に騙されたことに気づいた王子は嘆き、急いでオデットのもとへ向った。
第4幕。もとの湖のほとり。
破られた愛の誓いを嘆くオデットに王子は許しを請う。そこへ現われた悪魔に王子は跳びかかった。激しい戦いの末、王子は悪魔を討ち破るが、白鳥たちの呪いは解けない。絶望した王子とオデットは、自らの愛の真実を表するために、湖に身を投げて来世で結ばれた。とわの愛を勝ち取ってハッピーエンドとなる。
少しもハッピーエンドではない! 死んであの世で幸せに? ありえない。
が、物語を創作する上では余韻が残っていた方が良いのだろう。
「もし、真実の愛を現したかったなら、死ぬことはないよ。生きてその証を見せるべきだよ。美辞麗句じゃないよ、実感だよ、現実だよ、生身の交わりだよ、愛わ」
「健くん、私も同感。でも死んだ方が観客の心には残るからだよ」
「創作した事実と、現実の事実を、俺らはごっちゃ混ぜにする操り人形になっていないか!?」
「思ったんだけど、うちらって、いつ会っても新鮮な感じしてならないの……私だけかなぁ」
「月に一度や二度くらいしか会ってないからじゃない」
「なるほど……。普段はメール・電話、で実際のデートは数十日おきにかぁ。それで健くんは満足?」
「ああ! マンゾクだよ……」
もっとガツガツとデートを誘ってくれたらいいのに!……でもこの方が勝なんだよ。周りに連中がほぼ例外なく皆その時は気が合っていても後になって壊れてくのを嫌というほど見ていたからね。「十代は無理」って大人は云うけど、そんなの寂しすぎる現実だよ――一途に信じ切っていたのに。
「ヒエ―ッ! 指紋認証錠・カードキーの門柱初めて見た」
「ww」
「じゃ俺は送って来た役目が終わったんで」
「お茶くらいいでしょ!?――よければ?」
高さ三メートルもある鉄柱の門。鳥とバラとで飾ってある門構え。(スゲーェ!)
厳かに潜ると、玄関が見当たらない。
やっと数分歩いて広い玄関が現れた。
お手伝いさん二人が現れ、一人が客間に案内、見たこともない家具調度類。
「こっち来て」と更に案内された令愛の部屋。
「フランス宮殿の家具みたい」
「フランスとイタリアのロココ調だよ。ローズヒップティでいい? 美容効果にバツグンなんだよ」と云い、続き部屋へ行く令愛――『ローズヒップティ』なるものがどんな物か知らなかった。簡単に『ハーブティ』と最初からいやーいいのに。
「こんにちわ。お姉さんが男の子を家に連れて来たの初めて。目の前に観たらナルホだわ」と微笑む女子。
「あら、やだーぁ! 裸の赤ちゃん写ってるのに」
「いやいや、お人形さんだね」
「あ、妹の栄令奈です。私に似てないでしょ!?」
「初めまして栄令奈さん。健です。大きーい……高校生?」
「中2です」
「ぁあソレ! 小学校の遠足の時の」と云って隣に座り直す姉の令愛。イイ匂いだ。
階下からチャイムの音、「親ならどうしよ!?」すると「パパもママもパーティで帰国は明後日だから」という妹の栄令奈。
どんなパーティだ? 想像すらできない。
楽しかったけど落ち着かない小1時間だった――家の豪華さ、豪華な両親の生活ぶり、姉と妹の入れ替わり立ち替り。
この宮殿もどきを後にする健。そうだったのか、やはり一流建設会社の重役のお姫様かぁ(会長が祖父だと、後に知った時はオッタマゲ)――俺には宇宙人だ。
閑静な環境。
辺りはいろんな大使館や邸宅がひしめき合う麻布高級住宅街。小奇麗な毛利庭園を、宇宙飛行士の毛利衛さんたちが宇宙でメダカを誕生させた1万匹をここへ放流したというメダカたちを見たかったが暗いので、過ぎると、もう六本木の街並みが目の前に煌々とした街並みが現れていた。
やっぱ落ち着く。家だ!お茶漬けだ!日本人だ! これでようやっと自分をした。
「半熟卵、冷蔵庫にあるよ、入れたら!?」
「円香まだ寝ないの!?」
「私も食べるぅ」と云ってお茶漬けの素を振り掛け、中にウインナーも浮かせ熱湯をジャブジャブ。
「お茶に卵、ウインナー合うな―ぁ」
「私の父親って? 何所かで生きてるんでしょ!?」
「…………」vs.「ま、気にしない気にしない!!」と、一旦口に出した以上は気にしてる証拠だ。なんと応えていいか躊躇した健。
円香の母が腹身ごもることになった相手は中国人で、その時は既に裕福な家の婿養子となって帰化していたが。その時の娘が今では国会議員として活躍してると知るが、既に亡くなった父にも、そして生きてる姉にも、なにも今まで情を抱いたこともないのに、いきなり「ハイ、私が妹です」と今更出ていくのもどうかと思い円香は行動を起こすまでにはならなかった……。
時折やってくる祖母が植えた植芍薬の香りが時折優しく吹き込んでくる。兄妹の健と円香が今までこれほどまで面と向かって座り合っていたことがあっただろうか。
「王者のように庭に咲くシャクヤク。香りってこんなにスイートだっけ!?」
「うん、うち、この香り大好き。お兄ちゃんにロマンチックなセンスあったんだぁw」
「うっ? 何云ってんだ、おれがデリカシーって知らなかったのか!? この花言葉は『幸せな結婚』と『誠実』だ」 「ところでさ。パパが俺に継げ継げと云ってたけど俺にその気はないんだ」
「知らなかったぁ、だからあんなに美しく咲くのね。あ、そのことだけど、私お嫁に行かない。継ぐから!……お兄ちゃんだってその方が夢を実現できるっしょ」
「そっかぁ! 明日パパに云うわ」
「もう云ったから」
「えっ」
聞いて最初驚いてたけどママがニッコリしてるを見たパパが「分かった!」、するとパパがママの手を握り「これで一安心」と穏やかな二人の顔になって「大変だろうけど俺の目の黒いうちは円香を守ってみせるからな!」
守ってて何だろうと思ったけど「守るのは私だよ。もう子供じゃないんだからパパとママを見守るのはわたし!」と応えると「いや、金を無心する族が居るからな。医療ミスと云って訴えることに対する備えだ」
「へー! オヤジ見直した! そこまでして円香を守る!」
「私も! 見直した」とまたニッコリしたママであった。
赤く咲くシャクヤクのような優美さが漂ってくるこの家族を改めて実感する健であった。この家に生まれてよかった。そっと庭の花に目を送る。
「朝吹さーん!」 「何?」 追いかけて来た荒い息のままの豪、「去年のテスト問題ゲットしたよ。ゴッホン! 一昨年も同じ問題だったんだって、どう?」
さっそくスマホにコピペした令愛。すると豪は「ここのチーズケーキ美味しいよ」と愛嬌よい笑顔をサービスしてきた。
「ところで、知ってる?」
「何を?」
「あの心字池の時のやつ、チャラ系らしいよ(健を指して言ってるな)。池の形が「心」に似てることを悪用して朝吹さんにアプローチしたなんて……。
「そこへ健を誘ったのは私だよ。それに何? それ?」
「いやねーぇ……又聞きだからホントかどうかだけど……いろんな女子とデート三昧だって」
「誰が云ったの?」
「ニュース元をいうと信義に反するから……」
[そうかぁ、この野郎フェイクニュースで私を釣って横取りする気かなぁ!? う? もしかしたら……だからたまにしかメールも電話もないのかなぁ? あのルックスじゃ他の子が放っておかない……。調子コギやろ! ああーあ!いやだ!]
健は、同級生の女子とくっちゃべってる、一通り終わるまで数十分、せーせどしたわ。おかげで授業内容が何処まで入ったか――気づくと、トークって運動だなぁと空腹を覚えていた。
「ずいぶん書き込みしてあるね」
「近衛(凜緒)さんの方こそ」
「なんで姓名で呼ぶのよ?w 藤原くん、いつもマイペース、自分は自分って感じでやってるよね。オーラあるってゆってるよって、周り子たち」
「またまたぁ、なんにも出ないぞ。自分だって姓名で呼んだじゃん」
「凜緒ー!どうする? うちら先に行くから!」
「待って! じゃバイバイ!」と云って凜緒は友達らと行ってしまう。[健と二人だけで話したかったのに!]――(なーんだぁ、もっと俺にアツいかと思ってたのに、期待して損したw)
「凜緒口説いちゃダメだよーぉ」
「誰が?」
「さっきの凜緒の男友だちが。河合塾テストで偏差70越えたってあの子にファン多いんだから」
「何それ? 俺、その気ないから」
「あら! あんなに仲良く語り合ってたのに。しっかり好いてるかなって」
「いや、ただの友達。よく言えば親友ってとこかな」(まったくお節介な女)――予備校はお節介な友達をつくる場所――そのほうが予備校に通いたくなるから。それでも成績があがるのは予備校独特なテキストのおかげ(予備校にもよるのでここをポイントに通う先を選ぶべし)。
朝吹(令愛)と望月(豪)は東大駒場校一年の同級生。
ハシヤ系のスパゲッティ店、まさに絶品。いろいろレシピがあってどれも病みつき、今日はりんご酢の効いた海鮮スパゲッティにチーズ粉とバジルをたっぷり掛け、口をモグモグご機嫌な令愛。
豪はやたらにチリペッパーを掛けてる、味が誤魔化されて本来の味を飛ばしてることに気付かない素人の証拠。
「食べっぷりがいいね、男子みたいで。見てる方まで美味しくなってくる」……健の真似をしてたらこうなっただけなのに。
「望月くん、食べないと冷めるよ」
「豪って呼んで」……[何でそう呼ばなきゃならないんだ、厚かましい野郎だ。こゆ男多いよなぁ]
「豪くんて肉食系だよね」と、令愛は健と何故かで比べていた。
「そうだ! 積極的な方が女子には都合がいいだろ」
「『いいだろ』って何が?」
「自分から口説かなくても、一から全部、唯待ってればいいんだから」
「うん、イチイチわざとらしく口説かれるのもなぁ」[フットワークが唯の女子狙いの軽い肉食系やろ。その狙いが私だったら? 誰が引っ掛かるもんか]
「ああそーだーよー。自然になってゆくのがいいんだ。女性ファーストにしてな」(もしかしたら、令愛、モノになるかも!ウフッフフ)――[お! 意外と優しんだな]
「紳士な男の子好きよーぉ」
「真摯だぜ俺。相手に思い遣りあるしいい」(どうやって、令愛、落としたろっか!?)vs.[もしかしたら、豪、紳士なのかなぁ]
「俺、免許取ったんだ。今度どっかドライブして、景色が良いホテルラウンジとか行かない!? 綺麗な夜景があって――令愛さんに見せてあげたいかなって」
「うん、ありがと。いい!」
「『いい』ってオケ!?」
「うーん……いつかねぇ。今回はノーサンキュ!」
[何考えてんの? ホテルだなんてアホっか、まだ好きでもないのに!] vs.(テレてんなぁ。『いつか』って言ったしな、楽しみーい)
「アアー、外の風きもちいー!」[なんか久しぶりに健のこと忘れそ……]
「送っていくわ」
「…………」[どうしようかな? 本当に紳士かしら?] (真摯な押しには女は弱いからなーぁ」
「今日これから友達と用があっから帰る」
「そうかーぁ」(チェッ!) [あーあ!スッキリ。ラクチンラクチン一人が]
「また電話すっから!」
「じゃあねーえー」[健のやろ!……] (意外と落ちるの早いかもなーあー)
「けったぞー!」
「手洗ってウガイして!」
「お! メロンだ!」
「マスクメロンよ、ほら、令愛ちゃんが初めてうちに来た時、ママにくれたことがあったのと同じやつ。香りが強いでしょ」
「ホントだ! うまいなーあー」
「どうなの?」
「旨いよ」
「じゃなく、その後仲良くしてるんでしょ!?」
「う……」
「何、『う』って」
「連絡無いから」
「けんかしたの?」
「何も言って来ないのにする訳ないでし
「あらーあ、気立てのよさそうな子だったのに。女はね、男からしてくるのを待ってるものなのよ」
「男にはプライドってもんがあんのさ。ナウ民主主義の時代、なんでも平等にいかなくちゃね。デレデレするとなめられちゃうよ」(ホントは……女は一人じゃないし! 令愛より妹の栄令奈の方が優しくしてくれてんだから!)
チャンポン食べた―い!のメール。栄令奈からだった。
一か月前、駿台予備校で偶然出っ会した折り一緒に食べたことがあった。彼女は駿台中学部高校受験コースに通って、俺も同じ予備校同士で。自習室で話したことが切っ掛けとなっていた。
「らっしゃい!毎度ォオ!」
「えっと……」
「お客さん!チャンポンっしょ!」
「それ! どうして判ったんですか?」
「ウマウマ食べてたっしょ。一度見た客は忘れない! シッカリ客の心を掴まなきゃ。これが商売のコツってやつで」
「食後はスィーツ!」
「おれも餡蜜!」
「珍し、男子で」
「旨いは旨い。人間は素直でなきゃ!」
「だよね! 皆んなそうなら良いのに」
「人はいろいろ」
「あっ、えっとえっと……あった! これ見て!」とスマホを見せる健。
「ワオ―!スゴ! そんな人居たんだぁ。ってか、ゼッタイやだ! いくら夫婦になっても」
「でも避けられない事実だよ」
「うん分かるけど……。健さんならどうする?」
「やだよ!下の世話するなんて、しかも相手だってやになるに決まってら」
「うーん、考えちゃうよね」
「この人、岩下志麻ってゆう女優、19歳の時に恋愛をして結婚。当時ここまでになると想像して結婚なんかしなかったはず。しかし今90歳になろうとする夫のために、女優を辞めてまで老後の始末に尽くそうとする態度、何か教えれれる気がしない!?」
「一心同体ってこと?」
「だろうね。良い時も悪しき時も互いに助け合ってこそ、本物の恋愛って」
「格好いいねーえー」
「これもさ、人に因ってなんだろうなぁ。やれる人もいればやれない人も居て」
「わたしやれるよ!」
「俺も!」
「ところで誰をイメージして言ったの? お姉ちゃん?」
「誰って、別に。まだ両思いの好きって云うだけで……」
「ぇえ!? 只の友だちってことなの?」
「そうさ。仲良しな友だち!」
「…………」 「私もなの?」
「…………。気にしない気にしない!! なるようになるって」
「うーん、つうか、恋愛をそこまで考えてする人はいないよ。だけど言われてみると恋愛の仕上げはそれもアリかなって。健さんのお陰で勉強になりました」
「勉強!?大袈裟な。って何が?」
「いろいろ」
「……誤解すんな。ガチ好きな関係になったら1人を深く!何でも!下の世話だって! これが基本だろう」
「それも基本!」
「それもって!? 栄令奈たんは何を?」
「付き合い、恋愛、結婚、始末、なのは分かるよ。あと、んんんっと!大切に愛して独り占めしてくれること、かなぁフフフフフフフフw」
「心友は何人居てもいいんじゃない。その三つは、じゃなく四つか、心をこめて愛するようになれば」
「おねちゃん、このこと知ってる?」
「このことって?」
「今の話」
「訊かれてないから応えてないよ」
「好きって言われた?」 好き好きってゆう言葉は信用しないんだ。好きってゆう行動、する事、感動する行為、がホントの好きなんだよ」
「ヤったぁ?」
「何を?」
「うちのこと好き?」
「モチ!好きさ―!」
「お姉ちゃん、抱いたでしょ!?」
「おい! ヤってないって」
「キスは?」
「…………」
「ねーえ! 黙ってないで!」
「俺な、好きだからこうやって栄令奈と会ってるんだぜ。お姉ちゃんとは会ってないし。これでわかるだろ!」
「…………」言葉は無かった。静かだった。アツかった。わずか数秒か数十秒かキスは長かった。
八月が終わり。渋谷街から表参道までブラブラと街探訪をしていた。歩くにつれ、湧く考え・思い・アイデアも活性化してくる。だからブラリンコン歩きは好きだ(歩くとき思想が湧き出ると云ったルソーの受け売りだった――フランスのジャン=ジャック・ルソー、哲学者として名声を博したまではよかったけど愛人を放浪するたびにあっちこっちで作った挙句にできた赤子を孤児院の前に捨てたのはどうみてもおかしいよ)。
新原宿駅を背に道路を渡ると、「健くーん!」の声。
@cosme TOKYOから出て来た令愛であった。栄令奈の姉の令愛であった。ドッキと、しない。驚いた。
「おお!偶然! 元気してる!?」
「元気だよ。健くんわ?」
「元気ハツラツ余裕さ。綺麗な令愛さんでもコスメに行くんだ」
「行くよ。女子力磨かなくちゃ。」
「これ以上綺麗になったら困るっしょ。モテ過ぎになって」
「まーぁ、相変わらずうまいんだから。ところでこんなところで、デートの待ち合わせとか?」
「ブヤで参考書を買ったついでにヒマだからここまで遠足って感じ」
「そっか! 入試近いもんね。ところで知ってたぁ?」
「何を?」
「九月一日!」
「あっ、誕生日かぁ、忘れてた。よく覚えてたね」
「健君のコトはなんでも! なんちゃってw」(そんなに!――お世辞にも俺のことを『健君のコトはなんでも!』なんて嬉しいこと云ってくれるじゃないか)
「彼女さんは?」
「居るよ。言葉だけ好きというレべの。だから会ってないしね」
「え!? うちのこと?」
「だよ!」
「妹はあげないよ」
「…………」(やはり来ましたかぁ……言い訳をせずに唯微笑をしておどけるに越したことはない) [ここが勝負! 笑ってごまかす健――このタイミングこそキメたるわ。まったくもう、健は子供なんだから]
東急プラザ表参道プラザのスターバを出ると、空はたそがれどき。雑踏行き交う人々。
やっがてふたりは、初めて知った男、健。初めて触れた女、令愛。健は惚れ直した、いや、惚れ直させられた。
恋はストレート。直球にはかなわないの。いくら遠回りしても長く深く一層愉しくなってくのが本物の恋なのよ。これが佳い人同士になるんだわ。――伊豆で眺めた大洋は、そして大空は、キレイだった。