第二話 義姉が脳筋のこと
ひとまず一番の障害を取り除いた気になった俺は、まずは知識を得ることにした。
幸いなことに転生特典というやつなのかこの世界の言葉は一通り分かる。今まで生きてきたヴィリバルトのお蔭なのかもしれない。
地図や歴史、片っぱしから家にある本を広げて、読むところから始めた。
情報は武器、情報は金、とは誰の言葉だったか。
俺に圧倒的に足りないのはそれだと直感した。この家のことも、この国のことも、この世界のことも、知らなければ義姉の役には立てない。彼女の隣にいる意味がない。
「ヴィリバルト! ヴィー!」
没頭するあまりに食事をすることも忘れて、義姉に怒られたのはまぁ仕方ないと思う。
「食事は大事なのよ?! ちゃんと食べないと大きくなれないし、そうしたら大人になってこまるんだって母様がいつもおっしゃっているわ」
まったくもって正論です。義姉上。
今日もかわいい。ちゃんと聞いてはいますよ。うん。ただついかわいいなーって気持ちが先走るだけで。
「今日から私といっしょに教師の話を聞いてくれるんだって聞いたわよ」
「は、はい!」
聞いてないけど、聞いてたことにする。これは義母上の差し金かな。グッジョブ!
ていうか教師の話って。勉強じゃないのか?
「難しいお話ばかりだけど頑張りましょうね」
「はい! 義姉上!」
まぁ、ちょっと予想はしていた。
教師が来るっていうのは分かっているのに、お話を聞くだけと思っている時点で。
「では、この問題。5+6はいくつですか? マルガレーテ様」
「え、えーと、えーと、指が足りないわ! ヴィリバルト、指を貸してくださらない?」
算数からダメでしたか。
こんなにかわいくて地位もあるのに、頭は弱いってかー。
いや、これは好都合では? 俺がカバーして余りある!
「いいですよ、義姉上」
「ありがとう」
剣術の鍛錬はものすごく好きだし上達がはやいとは噂に聞いた。
そっちに才能があるなら、その才能を伸ばそうと義父上たちは考えたのかもしれない。
でも駄目だ。俺が考えるさいきょーの当主になっていただくためには、最低限の教養は必須。
ていうか、ここの家しか知らないから貴族の教養のレベルどれくらいか知らんけど。
そしてふと思い出した。鍛錬のために素振りしたり走ったりとかしてるよな。絶対。
「義姉上」
「なぁに?」
「もしかして、ですけど」
「勿体ぶるのはよくないわ。ヴィリバルト」
「えーと、ここに5回走った後に6回走ると全部で何回走ったことになりますか?」
「11回よ」
さらっと答えが出た。指いらないじゃん。
「正解です。マルガレーテ様」
にこにこと教師が言う。おべっかなのかどうかわからん。
多分、数字だけ言うから義姉上には分からないのだ。指使って数えたくなっちゃうのだ。
そうだよな。1年生のさんすうって、リンゴが何個でみかんが何個とかだったもんな。
「では、ヴィリバルト様」
「はい?」
「25+31はいくつですか?」
「56です」
即答して迂闊だったとは思う。教師の目は見開かれたし、本当にしくじった。
これ、答えられない、もしくは間違えるのが正解だったやつだ。
ただきらきらとした目をした義姉上と目が合ったので、しくじったのもよかったかなーなんて思ってしまったんだけど。
「すごいですわ! ヴィリバルト」
「すごいですね! ヴィリバルト様」
「あ、は、えと、ははは」
ひとまずは笑って誤魔化した。誤魔化しきれたかどうかは定かではない。
それから剣術の稽古にも参加させてもらったが、義姉上ほどの動きは俺には出来なかった。
本当に身体能力に特化しているんだな、と思う。
貴族が持っているといわれている魔力ってやつも、義姉上は器用にも身体能力を底上げするのに使っているのだという。あまり強い力ではないせいか、それともまた別の理由なのかは分からないが本人も無意識で。と、剣術の師範が言っていた。
そういえば、俺は魔力が高いからこの家に養子に来たんだったっけ。
どんな力なのか、ちゃんとわかっていないから、きちっと調べないといけないな。
「ヴィー! 稽古が終わってお茶の時間になったら、ヴィーの読んだ本の話を聞かせてちょうだい」
「いいですよ。義姉上」
まぁ、でもそれは義姉上との時間を割いてまですることではないので、今日も俺は義姉上の後ろを金魚のふんのように付いて回るのだった。
ストーカーではない。けして。
多分。
きっと。
幼少期、一話ではおさまりませんでした。
ていうかヴィー喋りすぎな気がする。心の中で。
もうしばしお付き合いくださいませ。