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最前線の開拓村

 白と黒のふたり……ミタマちゃんとハラダさんが手を合わせて祈りを捧げている。

 祈る相手は、さっきふたりが倒したケダモノたち。

 木の枝が一本刺さっただけの簡素なお墓の下には、骨だけしか埋まっていない。


 このふたりは言った通り、本当にケダモノたちを食べてしまったのだ。

 しかもあの量を。

 一瞬にして。

 ペロリ。


 私が「お礼したいので村に案内しますから、ケダモノなんて食べなくていいですよ」と申し出たのに、それでは死んだ命に悪いと、ふたりは料理を始めてしまったのだった。


 残っていたケダモノの死体も解体して、ミンチを作り上げていくふたり。

 さっきの地獄絵図でケダモノたちをひき肉にしていたように見えたのが、本当にひき肉にしていただなんて。


 お肉の用意ができたらハラダさんが手際よく石を積み上げ、その上にバッグから取り出した大きな石の板を置いて、かまどを作り上げる。

 その間にミタマちゃんがすりつぶされたケダモノの肉……ひき肉をこぶしくらいの大きさにまとめて、これまたハラダさんのバッグから取り出した茶色い塩のようなもので味をつけたら、かまどの上で次々と焼き上げていく。

 どことなく、大賢者様の考案なされたハンバーグに似ているけれど、修行時代に主席を取ったご褒美として、一度食べただけだから、それが本当にハンバーグかは分からない。まあ、もしこれが本当のハンバーグだとしても、ちょっと野趣に溢れすぎていて、ご遠慮願うのだけれど。

 ただ、そんなものでもお肉を焼いたらいい匂いが出てしまうわけで、漂ってきた香りに鼻がひくひくと動いてしまった。それを見たミタマちゃんがどうぞとオススメしてくれたのだけれど、残念ながら私には首を縦に振る勇気はなくて、結局お断りするハメに。

 だって、あのお肉、ケダモノの肉なんだよ?血も内臓も混ぜて作ったひき肉なんだよ!?

 さ、流石に命の恩人が勧めてくれたと言っても、こればっかりは無理!絶対無理!


 こんなにおいしいのになーと、言わんばかりの笑顔でハンバーグをパクパクと食べていくふたり。

 文字通り山のようにあったハンバーグは、すごい勢いでふたつのおなかの中に全部納まってしまった。

 何も食べていないのに胸が焼けてしまった私の横で満足そうにお腹をさするふたりは、これまたやっぱりバッグから取り出したお茶を、バッグの横にぶら下げていたカップに淹れて飲み、ほっと一息。まったりとくつろぐ。

 そして、「腹ごなしに、いい運動になるんだよね」と言って、バッグから飛び出ていたシャベルを使って骨を埋めてお墓を作り、糧になった者たちの来世を祈った。

 この間、約1時間の超ハヤワザ。

 色々とすごいなぁ、このふたりは。


 私が軽いめまいを感じていると、ミタマちゃんが振り向いて満面の笑みを浮かべる。

「さてと。お待たせしました、それじゃあ行きましょう!」

 あれだけの量が、いったいどこに消えたのか。ふたりのおなかは平らなままだった。



 2時間ほど雑談を交えて歩いていると、急に視界が大きく開ける。

 ここは樹海の一部を大きく切り開いて平原にしてしまった場所で、一面を埋めるように食料の不足を補うための芋畑や野菜畑が広がっている。

 日が傾いて夕日に照らされる畑たちは、まるで一面の赤い絨毯のように見える。

 そして絨毯の真ん中に、我が故郷たる集落がこれでもかと、その存在を示していた。

「わーっ!すごいね!なんだかお城みたい!」

 キャッキャと興奮した様子で、ミタマちゃんとハラダさんがはしゃいでいる。

 自称3年ぶりの文明だろうし、浮かれてしまうのは当たり前か。

「ここは樹海の開拓村の中でも最前線に位置してますので、ケダモノの襲撃を防ぐために、こういった作りになっているんですよ」

 この村は大賢者様が推進する樹海開墾事業の一端いったんとして作られた村で、最前線としてその一翼を担っている。

 そして、開墾事業の最初に行われるのが、拠点たる村の構築。

「ケダモノに打ち勝つ強固な村が開墾の礎となって、それが人の生存圏を増やし、悪に打ち勝つ力に繋がり、ついには平和が訪れるのだ!」というのが、大賢者様の言。


 大賢者様の私財が投じられた開拓村は、砦と言って差し支えのないほどに頑強に作られていて、ミタマちゃんの言うようにお城のような威容を誇る。

 さらには大賢者様に見出された優秀な人員が開拓隊として派遣・派兵されてくるので、日々ケダモノが襲ってくるこんな樹海の奥の奥にある村だというのに、意外と安心して暮らせてしまう。

 開拓隊は優秀だとかく言う私も、いまでは薬師としてその末席を汚しているので、あまり偉そうにはできないけれど、自分の生まれ育ったこの村にこうして貢献できるのはとってもうれしい。


 ただ、いくら人が強くても、生活にゆとりが無くては士気が下がってしまうのは避けられない。

 そこでもうひとつ、大賢者様が開拓村を作り上げるのに注力しているのが、潤沢な物資の用意。

 これまた多くの私財を投じて、補給隊が開拓村へと定期的に物資を届けてくれるのだけれど、その内容がとっても凄い。聖都や王都のような大都市でしか手に入らないような贅沢品や嗜好品が、優先的に開拓村へと回されている。

 女の人は化粧品や石鹸、シャンプー等などに、男の人は飲み放題のお酒と煙草に大喜び。

 秘境の宿命でゴラクはどうしても少ないけれど、それを補って有り余るほどの贅沢ができるのが最前線にある開拓村。おかげで、開拓隊の人気は高いし実入りはいいので、任期の2年を過ぎても継続する人がかなり多い。まあ、実入りがよくても最前線の開拓村にはお金を使う場所が無いので、隊を続ける人にはあまり意味は無いのだけれど。


 もちろんいいところばかりではない。大きな欠点として、お肉やお魚が保存食ばかりになってしまうこと。食料品が補給できる大きな町からここまでに、ひと月くらいかかってしまうのだから、こればっかりはどうしようもない。

 せっかく深い森の中にあるのだから、狩りができればいいのだけれど、残念ながらここ一帯はケダモノの勢力が強くて食べられる動物がいないので、これまたどうしようもない。まあ、ミタマちゃんとハラダさんは別で。

 ただ、小麦粉や高価なお砂糖などはかなり融通してもらっているので、なんだかんだ言って、そこを不満に思う人は少なかったりする。甘党は満足だし、辛党の人達も保存食のジャーキーがあれば十分だとなってるので、意外と欠点が欠点となっていない。

 糖とお酒。これさえあれば、開拓村の人間はきょうも戦えるのだ!もちろん私も!


 こうして、大賢者様の肝いりである開拓村はケダモノに対して強固な村へと育っていく。

 ただそんな強固な村も、ケダモノ以外には弱かった訳で──

「でもなんか……ちょっと寂しいね」

 ミタマちゃんの悲しげなつぶやきが、私の思考を遮る。

 そう。いまこの村はミタマちゃんの指摘するとおり、かなり寂しい状態になっていた。

 畑で働く人の数はまばらだし、物見やぐらや、見回りで常駐しているはずの衛兵たちは片手で事足りるほどしか見えないし、立派な大門も閉じたままで、ずいぶんとすたれて見えてしまう。

 その原因は、あの忌々しい疫病がこの村を襲ったから。そしてそれこそ、私が危険を冒してまで樹海の奥に向かった理由。

「それには理由わけがあるんです。いまこの村は流行り病に侵されておりまして、あまり外に出られる人員がいないんですよ」

「ええっ!それって村の中は大丈夫なの!?」

 眉をしかめて心配そうに驚くミタマちゃん。

 流行り病と聞いたら、そういう反応をするのは仕方ないか。誰だって病気にはなりたくないし。

「ええ、でも安心してください。幸いなことに、この病は簡単にうつりませんから、村の中に入る分には全く問題ありません。病人はしっかり隔離施設に隔離されていますからね。ただし絶対に!隔離施設には何があっても絶対に!入らないようにしてください!」

 疫病なのに簡単にはうつらない。そうなっている理由があるのだけれど、その理由を秘めた隔離施設の中身は、絶対に見られる訳にはいかない。だから、このふたりには念には念を押して、さらに念を押しておく。もちろん感染の危険性があるのだって本当だし。

「んーーー。私としてはそういう意味で言ったんじゃあ……ま、いっか。わかりました」

 なにやらミタマちゃんがもごもごしてハラダさんとナイショ話をしているけれど、とにかく隔離施設に入らなければ問題はないから、それさえ分かってもらえれば、それでいい。

「一応ハラダさんにも、ちゃんとご理解いただけたか確認をお願いします」

 私の言葉はハラダさんには通じていないはずだから、これまた念のためにミタマちゃんに念を押してもらう。

 こくりとうなずいたミタマちゃんが、ハラダさんと少しばかりの言葉を交わして、指でマルを描いた。

 私も指でマルを返してから、改めて寂しくなった村の全貌を眺める。


 疫病問題解決の依頼を大賢者様にお送りしたけれど、ここからじゃあ聖都までの往復に数ヶ月かかるので期待はできない。

 生まれ育った村の危機なんだ、やっぱり私がやらないと。そのために危険を冒したんだから。

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