へーそうなんだーすごいね
「長かったぁ、長かったよぉぉぉぉ~~~~っ」
さっきまで放っていた恐ろしい雰囲気はどこに消えたのか、白と黒の片割れである黒い少女が、私の胸の中で泣きじゃくっている。
鼻水やら、涙やらで、私の服がぐちょぐちょになっているけれども、この泣きっぷりを前にしたら、そんなことどうでもよくなってしまう。
白い方も号泣する少女を感慨深げに見ながら、男泣きをしている。
なんというか、拍子抜け。
本当にさっきまでの雰囲気はどこにいっちゃったのか。
もしかして私が勝手に恐ろしいと思い込んでいただけで、元からこんな感じだった?
よく思い出してみると、このふたりはずっと笑っていたし……いやいや。普通はあんな危機的状況に追い込まれた中で、血塗れになって笑ってる人がいたら怖いもん。仕方ないって。
女の子の頭を撫でてなだめながら、ふたりのなりを見る。
見た目だけで言えば、ふつうの人といった感じ。
白い方は背が高くて、ちょっとばかり体格のいい男。そして顔立ちも結構な男前。
年齢はみたところ、15歳は超えているけれど、20には届いていないかな。だいたい私と同じくらいといった感じ。
目を引くほど白くて綺麗な上下揃いの服を着ていて、色々な装飾品を身につけている。そのことだけ聞けば、どこかのぼんぼんに思えるかもしれない。
ただ残念なことに、男前の顔はのび放題にのびた黒い髪とヒゲで覆われているし、肌は血と土ぼこりでどこも汚れている。
それにせっかくの綺麗なお召し物は、毛皮やら骨やら、よく分からないものやらで出来た、よく分からないものを上から羽織って台無しにしているし、装飾品だってよく分からない牙やら爪やら骨やらをただくっつけただけのような、よく分からないもので作られている。あと、服を白いと言ったけれど、それは推測であって、いまでは血で赤く染まってしまっている。
おまけに背負ったバッグからは、木に牙や爪をつけただけの簡素な武器が沢山飛び出してるし。
そして最後に目つきが怖い。最高に怖い。ひいては、笑顔がとても怖い。
そんな怖い笑顔を血の赤に染めて内臓をばら撒いていたら、神話に聞く悪魔と間違えてしまうのも仕方ないと思うんだよね。うん、仕方ない、仕方ない。
結論。
この白い方は、どこからどう見ても蛮族。完全に蛮族。完璧な蛮族。
でも蛮族の人でも言葉は通じるはずだから、やっぱりこの人は不気味だ。
白い方は背が低くて、とっても可愛らしい女の子。短い黒髪に、笑うと口元から覗く白い犬歯がとってもキュート。
年齢はようやく15といった感じにも思えるけれど、それは背が低いせいでそう見えてしまうみたい。見かたを変えると、はっとするような大人びた美人さんに見えるときもあって、もしかしたら私より上かも……ま、ちっこくて可愛いからいいか。私の中では年下の女の子に決定。
そんな可愛らしい女の子が身に着けているのは、闇を切りとったかのような真っ黒い生地で仕立てられた、神秘的な厚手のローブ。そして金のボタンの並んだこれまた深い黒色の上着を、マントのように肩からかけていて、赤い血糊がこびりついた、元々は白いであろう手袋がローブのすそから見えている。
白い方と違って、身だしなみはしっかりしているし、いい香りがしてとっても素敵。
ただ残念ながら、白い方と一緒に蛮族ペアルックをしていて、血に塗れたその姿がその全てを台無しにしているのがなんとも。
せっかく高名な聖職者が仕立てたような服を纏っているのに!ふたりとももったいない!
「うぐっ……えぐっ……あ、あの、突然すいませんでした」
ようやく泣き止んだ女の子が顔をあげると、私の胸と女の子の鼻の間に透明な橋が竣工した。
「ああ。ああ。まだ鼻が。ほら、ちーんして?」
「う゛……は、はい」
女の子の鼻にハンカチを当ててあげると、恥ずかしそうに鼻を鳴らす。
そして、その様子を見てホクホクとした顔をする白い方。うん訂正。やっぱりこの人はかなり不気味だ。
ただ、そうは言っても、このおふたりがあのケダモノたちを倒して、私を助けてくださったことに違いはないのだから、無礼なことは出来ない。
私の胸に寄りかかる女の子の肩を少し押し戻して、距離をとってから頭を下げる。
「あの。遅れましたが、危ないところを助けてくださって、どうもありがとうございます」
お礼を言って十分に頭を下げてから、顔をあげる。
するときょとんとした顔がふたつあった。
女の子がはっと何かに気付いて、隣の白い方に耳打ちをすると、白い方がさらに顔をきょとんとさせる。
右に左に首を傾げるふたり。きょとんとした顔が、そろってゆらゆら揺れる。
そしてふたりは何回か言葉を交わす。
女の子の方が喋っている言葉は分かるのに、その言葉に返事をする白い方の言葉は、なんて言っているのかサッパリ分からない。
相談が終わったのか、女の子がこう言った。
「えっと、私達なにかしましたっけ?」
「いやいや!私のことを助けてくださったでしょ!?」
「えっと、ですから私たちがなにを……」
あれ?もしかして、本当に分かっていない?
思い出してみれば、確かにそうなるのかも。だって、ケダモノを解体するふたりがこっちに気が付いていないようだったから、私はここから逃げようとしたのだし。
これならちゃんと説明しないとダメか。
私がケダモノに襲われていて、それをふたりが倒してくださったことを、かいつまんで伝える。
「ああっ!そうだったんですか!それはよかった!」
納得してすっきりとした顔の黒い女の子と、白い男の人。
そしてまたはっと何かに気付いた女の子が白い方に耳打ちをすると、白い方は何かを考えるような顔をして黙ってしまう。
一瞬の沈黙が訪れて、ポンと手を打つ音が静寂を破った。
手を打ったのは白い方で、ひらめいたといった顔をして、何かを言った。
「☆■○×□△$%●+○」
今度は私がきょとんとしてしまう。
何を言っているのか分からなくて困っていると、女の子がなんて言ったのか教えてくれた。
「えっと、貴方はさっきの狼のケダモノたちに襲われて、ここまで逃げてきた。そうですね?」
「ええ。ええ、そうです、その通りです。そして力尽きてしまい、もうマナに還るだけだになっていたところを、おふたりに助けていただいたのです」
「なるほど。それでしたら、むしろ私達にお礼を言わせてください」
「え? ど、どうしてでしょうか?」
私が一方的に助けられただけなのに。
不思議に思って私がそう聞くと、何かを思い出すような遠い目をして、女の子が話し出した。
「それは聞くも涙、語るも涙。実は私たちは、ふたりしてこの樹海で遭難していたのです。みてください、このケダモノから剥いで作った服や、道具を。こんなにアイテムが充実しちゃうくらいに、私たちはこの樹海で彷徨っていたんです。そして最近この一帯にたどり着いたのですが、どの動物もなぜか病気にかかっていまして、ここ最近お肉を食べていなくてですね──」
なぜか病気にかかっていた、ね。それこそ私が危険を冒してこんな樹海の奥まで来た理由なのだけれど、女の子の語りに熱が入ってきたので、いまは置いておこう。
苦しそうな顔をしながら身振り手振りで女の子の話は続く。
「──ああ、ひもじい。お肉が食べたい。そうは思えど、食べるものが無い。仕方なく命を繋ぐために木の皮を食み、泥水をすすって、どうにか私たちは生きながらえていたのです。そして、そんな折。あの病気にかかってなさそうな犬達の、なんとも元気な鳴き声が風に乗って届いたのでした」
そこまで女の子が語ると、白と黒のふたりは感極まって、つぅと涙を零す。
「ああ、ゴハンだ。久しぶりのお肉だ。いてもたってもいられず、私たちは鳴き声のする方へと駆け出して……ええっと、それ以降は貴方も知っての通りです。なので、あの犬を連れてきてくださった貴方には、私たちふたりからは感謝の念しかないんです」
そ、そうなの?そうなっちゃうの?
でもそうすると、あの木の枝を踏んでしまったのは、このふたりを助けるために主が私を導いてくださったのかもしれない。そうしなければ、ケダモノを食べて一時的な飢えは凌げても、ふたりが遭難から脱することは難しかっただろうし。
ああ、やっぱり主は天より私たちを見守ってくださっているんだ。
それにしても、なんで蛮族スタイルなんだろうと思っていたけれど、ずっと遭難していたから本当に蛮族ライフを送ってたんだね。
って!ちょっと待ってね!?
このふたりは、あのケダモノたちをお肉って言った!?ケダモノだよ!?ケダモノ!!普通は食べないよ!!というか、普通は生き物の鳴き声を聞いて、「食料だ!」なんてならないよ!!そんなの紛うことなき蛮族だよ!!
ああっ!そ、そういえばこのふたりは、あのケダモノたちを一瞬にして倒して見せたし、身に着けている物も、遭難中にケダモノたちから剥いで作ったみたいなことを言っていた。
ってことは、やっぱり蛮族!……じゃない!このふたりってものすごく強い!?
ずっと恐慌状態で頭が働いていなかったからか、そんなことにも気付いていなかった。
じっとふたりの姿を、改めて観察する。
「いったいどれくらいこの樹海に?」
一年やそこらの時間経過ではないと分かるほど、どれも年季の入った道具たち。それでいて、ふたりの見た目の若さ。いったいこのふたりは、いつから遭難していたのだろう。
思い出すように首を傾げて、女の子が口を開く。
「ええっと、さんじゅ──」
開いた口から答えが出ようとした瞬間、白い方が後ろから女の子の肩を掴んでそれを静止する。そして、顔の前でブンブンと手を横に振っていた。
言語は違うけれど、もしジェスチャーは私たちと同じだったとすると、その意味は禁止とか否定を表す。
白い方が振り返った女の子に何かを耳打ちすると、目を泳がせた女の子は取り繕うようにこう言いなおした。
「ああーっと……そのぉ。3年!3年です!ホントに3年遭難してました!嘘じゃないですよ!?」
必死な女の子の後ろで、白い方がやっちまったと言わんばかりに、片手で顔を覆っていた。
へーそうなんだーすごいね。
とはならない。3年も遭難してたら、そりゃあすごいのだけれど……。
だって最初は30年って言おうとしてたよね!?『さんじゅ──』まで言ったら流石に分かっちゃうよ!?
ふたりは私より少し下くらいの年齢に見えるから、どう考えても30年はおかしい。
ううん、そうじゃないか。おかしいから怪しまれないように、30年というのを隠そうとしたんだ。
ただ、おかしいと言っても、助けられた身の私では、言い直してまで隠そうとする理由を追求なんてできない。だから女の子の言う3年を無理やりにでも信じておくことにする。
まあ実のところ、そのまま30年って言い切られていたら、『面白い冗談をいう人だなぁ』で済んでいたんだけど。
「そ、それは大変でしたね。それでええっと──」
そこまで言って気がついた。ほんとうに私の頭はずっと働いていなかったみたい。
「──申し訳ありません。まだ名乗ってませんでしたね。私の名前はキュアル。フィフィアット・キュアルです。改めましてよろしくお願いします」
「これはどうもご丁寧に」
手を差し出して握手を求めると、ピンと背を伸ばした女の子が、手を握り返してくれる。
握り合った手を上下に何度か振ると、女の子は白い男の人を示して、ニコリと口から歯を覗かせながら元気に名乗った。
「こちらがハラダ・チトセで、私はミタマと申します。よろしくお願いしますね!」