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蜘蛛の糸

「はっ……はっ……はっ……はっ」

 もう喋れる気がしない。

 女神様もいつからか喋らなくなっていて、聞こえるのは俺の呼吸音とふたりの鼓動だけ。

「グゴオオオァアアアアア」

「きゅっきゅっ」

 おっと。それと忘れちゃいけない、赤兜の唸り声と、うさたろうの鳴き声もだ。

 どうでもいいけど、ウサギって鳴くんだね。

 

 もう気の遠くなる程の時間を全力疾走している。いまのところ心の支えとなる女神様の存在と、魔法のおかげでどうにか走れているが、体力の限界はとうにすぎていて、いまでは気力だけで走っている状態だ。

 俺を追いかけ続ける毛むくじゃらも、俺と同じくらい走っているはずなのに、まだまだご健勝。

 ただ、元気であっても、その御様子はとってもお怒りだ。赤い頭が怒髪天を衝いて、世紀末に出てくるようなモヒカンヘアーになっているくらいに。ついでにその強さもモヒカンクラスならいいのだが、残念ながら覇王くらいあるのが困りモノだ。

 体をしこたま岩にぶつけさせられたくらいで、そんなに怒るなよな。短気なヤツだ。


 あ、そうだ。

 アホなことを考えていたら突然思いついた。というか、なんでいままで考え付かなかったのか。

 ようやく小さな希望が見えた気がした。


「女……、魔………イツ…攻……き……んか……」

 女神様、魔法でアイツを攻撃できませんか!?


 そうだよ。創造主様曰く、女神様は魔法の才に秀でてるということだし、実際にすごい魔法の力をお持ちなんだ。そのお力をヤツに対して直に突き立ててやれば、退けることなんてワケないんじゃあなかろうか。

 俺の胸元で顔を伏せたまま、女神様が答える。

「も、申し訳ありません。私の魔法はなにかを強化したり、癒したりする魔法ばかりで、直接何かを害することはできないんです。それで全て事足りてましたので……」

 そして希望は、やはり見えた気がしただけだった。

 そういえば、善神は何かを害する力は持たないとか、神話の中で言われてたな。


「ガアアアアアァオォァアアアア」

 忘れたころにお尻かじり虫。じゃなくてクマ。

 齧られる寸前の一瞬だけ力を込めて、どうにか最小限の体力消費で危険を回避する。何度も繰り返していたせいで、クマの襲ってくるタイミングが事前に分かるようになってきた。

 それにしても、体力が限界を迎えていて考えをまとめる余裕がないと言うのに、さらにこうして横槍をいちいち入れられていたら、考えつきそうな解決案も思い浮かばない。

 なら、もう一度岩にぶつけてやろうかとも考えたが、後ろのクマちゃんには傷ひとつ見当たらないので、何度やっても無駄だろう。頑丈にも程がある。


走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る


 もうなにも考えず、とにかく走る。

 すると突然木々が数を減らし、かなり開けた場所に飛び出た。

 どうしてそんなに開けているのか。それはさっきのような岩場だからではない。ここは数百メートル向こう何も無い場所。場所というより空間か。

 目の前に横たわる闇を見て、声にならない叫びを上げてしまった。

「(な、奈落じゃねぇーーーーーーーーーーか!!!!)」

 そりゃあ、開けているはずである。


 急ブレーキをかけたいが、そんなことしたら一瞬にしてクマの胃の中だ。

 余裕を持って方向転換できるほどの距離的猶予はもう無い。

 だったらこうするしかねえ!うまくすればあのクマだけ奈落に落とせるかもしれないしな!

 くお〜!!おちる〜!!ここで全速前進、体を右に!

 速度から生まれる遠心力を使い、体が地面と平行になるくらい右に倒しながら走る。

「ゥウおおオオオおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」

 崖のギリギリを踏み抜いて、地面の淵を走り抜ける。足裏の半分に地面の感覚が無い。それほどに絶妙なライン攻め。

 女神様の魔法で強化された感覚と、修羅場の中にい続けて研ぎ澄まされた神経があって、ようやくできる妙技だ。


 しかし、残念なことに、クマもその妙技をいとも簡単に披露してみせる。見せなくてもいいのに。

 ねちっこいから心は充実してないだろうが、あのクマは技と体が充実してやがる。そりゃあ創造主様をしてヤベーって言わせるわけだ。

 正直今のでクマを崖に落せるかと思ったが、岩にぶつけた時と違って突然のことだったので、クマに女神様の魔法をかけていただくタイミングがなかったのが勿体ない。おかげで千載一遇のチャンスを失ってしまった。

 

 結果残された手段は走るだけ。いままでと変わりありませんね。


走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走って気付く


 思考が乱れ、一瞬足がすくみ、速度が落ちる。 

「ゥぐッ────」

 激痛が左肩を襲う。

 俺の後ろのヤツは少しの隙を逃すような甘い存在ではないようで、目ざとく爪を伸ばし、俺の肩の肉を飛ばしていた。

 気合を入れなおして、また全力で走り出す。

 しかし体のバランスがうまく取れない。いまやられた肩の怪我のせいだろうと思い、女神様にアイコンタクトを送って、魔法で怪我を治してもらうように頼む。

 俺の意を汲んだ女神様がこくりとうなずくと、体を少し起して俺の肩に手を当て……そして、息を呑んだ。


 どうしたのかと思い、女神様が見つめる先に少しだけ視線を送ると、俺の肩口から()()()が、薄皮一枚でぶら下がっていた。


 “これはもう、()()()()()()()()()だ”

 極限状態に在り続けた俺の思考は、生存するために必要な行動を即座に導き出す。

 下された判断に従い、俺は右手で俺の左腕(じゃまなもの)をもぎり取る。

 薄皮一枚だけしかないはずなのに、かなり手ごたえを感じて、あらためて女神様の強化魔法の力を思い知った。


 痛みのおかげか、さっきまで走ることしか考えていなかった頭の中が、妙にはっきりとしている。冴えた頭がひとつの策を生み出した。

 そうだ。()()()を使えばどうにかなるんじゃあないか?

 命を賭すことになるが、どうせこのままだと死ぬんだ。最後にいっちょ勝負といこう。それに俺には神のご加護があるんだ。どうにかなるだろ。


 走る方向を変えて、また森の中へと入る。

 歩を進めるたび肩から血が大量に流れて、残り時間の短さを俺に教えてくれる。

 でも大丈夫。どうせ次が最後になるから。

「おい、くまたろう。次の勝負が最後だぞ。覚悟はできてるか?」


 向かう先は、さっき俺の足がすくんでしまった原因トラウマ、その存在のあるところ。

 二度と御免だったが、もうこれにすがるしか他は無いのだから仕方が無い。


 目の前には大樹。この樹海に腐るほど生えているなんの変哲も無い木。

 それに向かって全力で駆けていき、ぶつかる寸前で女神様を放り投げる。

「えっ!?あっ、きゃあああああああぁぁっっ!?」

 悲鳴と共にその辺の木の枝に引っかかって、ぶらりとぶら下がる女神様。それと、その女神様にぶら下がるうさたろう。

 目の前で二手に分かれた獲物のうち、赤兜は迷うことなく俺を選択した。

 あたりまえだ。糧を得るには元気な獲物よりも、血を流して先の長くない追い詰められた獲物を狙うのが間違いないのだから。

「さあ、どっちが勝つか。コインはお互いのタマとしようか」


 大樹を走りぬけざまに力いっぱい殴る。

 女神様の魔法で強化された俺の力は、たやすく木をへし折り、倒された大樹は赤兜へと襲い掛かる。

 だが、強化された俺よりも強い力を持つ赤兜は、速度を落としもせず、大樹を粉にして、枝葉を飛び散らせるだけだった。

 ああ。もちろん足止めにもならないことはわかってるよ。


「女神様!」

「はっ、はい!」


 俺の合図で赤兜が一層速くなる。岩にぶつけた時とまったく同じだ。

 すでに一度この手に引っかかっている赤兜は、この罠が怖くないことを知っているのか、それとも俺たちの事を脅威と思っていないのか。加速した分の速度を全く落とさず、むしろ加速してそのまま一直線に俺の元へと向かってくる。

 視界の先には飛び散った枝葉が広がっていて、前が見えていないだろうに。


 舞い散る枝葉の先へと抜けて、()()()()()()()()へと飛び込む。

 その際になるべく体の全てが服に包まれるよう、体をかがめて肌が露出しないようにする。

 ここまではうまいこと進んでいる。だが、ここから先は賭けだ。

 この先すがれるのは、創造主様から頂いた力の宿るこのジャージのみ。若干心もとないが、蜘蛛の糸にすがるより大分マシだろう。

「なあ、クマちゃん。地獄は初めてか?俺は二度目だ」

 俺が飛び込んだモノ。俺達ふたりを待ちわびているもの。それは俺の足をすくませたトラウマ。

 舞い散る枝葉を抜けた先には、地獄(the maw)の顎(of hell)が大きな口を開いて待っていた。

 そう、バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!


 俺は創造主様の力が込められた服を盾にスライムの体の上を滑り、デカイ軟体の上を通り抜ける。

「やっ、やったっ!!」

 コイツはエネルギーですら食うと聞いていたから、運動エネルギーも食われて滑り抜けられないかとも考えたが、どうやら創造主様のお力が(賭けに)勝ったようだ。


「ガアアァアアアアオォォゥァアアアアア」

 今までとは違う怯えたような悲鳴混じりの叫び声が、後ろの赤兜から発せられる。突然目の前に絶対勝てない相手がいるんだ。そりゃあビビるよな。

 視界が奪われた時に警戒すればいいものを、俺達をナメて警戒しないからこうなるんだ。

 さて、くまたろう。君に神のご加護はあるのかい?


 もう完全に体力も気力も尽きた。

 走った勢いのまま地面にへたり込んで、スライムに捕らわれているだろう赤兜を確認するように振り返る。


「え゛」


 何かが弾ける音と共に、目の前に広がるのは、赤い塊。

 ヤツもスライムを潜り抜けたのかと肝を冷やすが、きちんと俺の狙い通り地獄の牙に貫かれたようだ。

 ならこの目の前の赤い塊はなにか。

 それは、ハラワタをばら撒いて彼方へと飛んでいく、赤兜の下半身だった。


 はて、そしたらヤツの上半身はどこに?

 答えはもちろんスライムの中に。


 目の前には体を真っ赤にさせたスライムだけ。

 1秒前まで透明だったスライムの体が真っ赤になっているから、多分、赤兜は頭からスライムに突っ込んでいって上半身だけ食われたんだろう。あの一瞬でだ。

 それで下半身は、瞬時に溶けた上半身とバイバイ。ちぎれた下半身は運動エネルギーを食われること無く、勢いそのまま飛んでいった。って感じか。

「じ、地獄のケダモノ、ヤバ……」

 瞬きするよりも早くあの質量を溶かして食うとか、この世界どうなってんの?俺のときは骨が残ったけれど、あれも女神様の強化魔法のおかげか。

 正直なところ、食虫植物に捕らえられたみたいに、次第に飲み込まれて溶かされていくのかと思ってた。いや、それだとすぐ死ねない分、余計に可哀想なんだけどさ。


 強敵を倒して命が助かったというのに、そんな気分を一瞬で吹き飛ばすヤバさ。

 そして、そんな人知を超えた脅威から守りきる創造主様の力もヤバ。ヤバありがたい。

 大したチートじゃないとか、ナメたこと言って申し訳ありませんでした。こうなったら感謝の祈りを捧げよう。

「おお、神よ!ありがとうございます!」


 いきなりこんな大変なヤツに絡まれるとはおもわなんだ。まあどうにかなったからいいけど……ん?

 いきなり? どうにかなった?

 創造主のヤローが最後に言っていたことの一部を思い出す。


『いきなり大変だろうけれど、きっとどうにかなるさ!』


 ア、アイツ、このこと知ってただろ!ヒントくれてもよかっただろうに!!やっぱりアイツはクソヤローだわ!!!

 

 創造主に中指を立てて感謝と怒りを捧げていると、木から降りていた女神様が、左手にうさたろうを、右手に俺の腕を抱えて、何かを叫びながら駆けてきた。

「おおかみよ! おおかみよ!」

 だから神はアンタなんだよなぁ。なんて本日二度目のツッコミ。

 まあ、創造主様に感謝の思いを叫びたくなるのは分かる。なんだかんだでマジで助けられたからね。

 それにしても、100年の旅の初日から片腕なくしちゃったけれど、これからどうなるのやら。女神様がとれた腕を持っているから、魔法でくっつくのかな?

 なんだか現実感がねーなー。

 なんてこの先の心配をしている間にも、女神様は叫び続けている。

「おおかみよ! おおかみよ!」

 うんうん。マジで創造主様の力すごかっ──

 その瞬間、女神様のとある言葉がフラッシュバックする。


『赤兜も、ナイトストーカーも()()()()()()()がないとこの奈落の近くまでは来ませんよ』


 ……あれ?もしかしなくても、いま俺の周りには赤兜の内臓が飛び散ってるよね。もしかしなくても、俺の肩から赤いのがスゲーいっぱい流れてるし。もしかしなくても、あたり一面血の臭いでいっぱいだ。ってことはもしかしなくても、これも()()()()()()()に入ってます?


 背後から聞こえる複数の唸り声。

 声のするほうに振り返りたいが、ギギギギと、油の切れた機械のように首がうまく回らない。

 ようやく首が回ると、木々の隙間に鋭い野獣の眼光が無数に輝いていた。


 なるほど。女神様はさっきからこう言っていたのか。



「狼よ!狼よ!」

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