ああ、女神様。
よろしくお願いします。面白い作品をお送りできるように頑張ります。
最新話の下のほうに評価できる場所があるはずなので、この作品が面白いと思った方は、是非とも評価をお願いいたします。
それでは始まり始まり。
気がつくと、俺は空を飛んでいた。
視界内に地面が見当たらないので、地に背を向けて空を見上げるような格好をしているようだ。
天気はどうやら快晴で、雲ひとつ見当たらない。
雲ひとつ見当たらないというのに、どうやらでしか天気を判断できないのは、俺の上を沢山のデカい“ナニか”が覆っているから。
どこかで見た気がする“ナニか”。
うーん。
目の前の“ナニか”の正体を、首をひねって考えてみる。
「あれはなんだろな?飛行機かな?それとも飛行船かな?もしかして気球かな?ガメ○だったりして?」
いやいや、全然ちがう。
「ならゴ○ラかな?」
うーん、ちょっとおしい感じ。
「もしかして、ドラゴン……とか?」
ドラゴン。
ファンタジーなマンガやらゲームやらに登場する、ヤバいヤツ代表のアレ。
もちろんドラゴンなんて生で見たことあるわけないから、アレがモノホンかどうかわからない。
けれども、最初に視界に入った時に二度見どころか五度見くらいしてしまって、どう見てもドラでゴンなフォルムしたその威容を嫌というほど見てしまっているし、さっきからずっと火やら雷やら氷やらを噴いて殺し合いをしているから、これはもう言い切ってしまっていいと思う。
「うん。ドラゴンだわ、アレ」
そうかそうか。ドラゴンって本当にいたんだなぁー。
あ、そうだ。いいこと思いついた。
「これSNSに上げればバズるんじゃね?」
お前有名人じゃん。
なんてリプのついている様を思い浮かべながら、胸のポケットからスマホを取り出して、カメラでドラゴンをパシャリ。そしてSNSに上げる……が、しかし。
「サーバーが応答していませんだぁ?」
画面に映る無情なる表示。残念ながらこの場所からではネットに繋がらないようだ。グッバイ夢の7桁いいね。
世界最高峰でもネットに繋がるいまのご時勢、屋外なのに電波が無いとか、ここはどんだけ秘境なの。
それにしても、ネット環境がないまま空を飛ぶとなると、途端に何をしていいのかわからなくなる。これ、現代っ子の悲しいところ。
しかたがないから、目の前の風景をぼーっと見続けることにする。
そうしていると、次第に空の青と竜の赤白黄黒だらけの景色に見飽きてくる。
なので、体をひねって下の地面を見ることにした。
正しく言うと、現実から目を背けることにした。
体を動かした、その視線の先。
俺の眼下には一面の大樹海が広がっていて、地平線の先までびっちりと大樹の群れに埋め尽くされている。
いままでと打って変わって、視界の中が緑だらけ。
そしてその緑は、凄まじい速度で俺との距離をグングンと縮めている。
そのことを認識した瞬間、風が激しく顔に当たり、頭が冷えていくのを感じた。
おかげでこの空を飛んでいるという突飛な展開を、少しばかり俯瞰して見られるようになってくる。
「ははーん、なるほど。そうかそうか」
冷静になった俺の頭は、遅ればせながらあることにようやく気づく。
「俺は飛んでるんじゃなくて、落ちてんだな……ってそれヤバくね!?」
瞬間湯沸かし器もびっくりの速度で、再び頭が沸き立つ。
冷静さを欠いた頭を振って、なにか助かるためにできることはないかと、必死に辺りを見回す。
だが真下に広がる樹海の中で、見つかるものはひとつだけ。
それは星がパックリと割れてしまったのかと思うほど、超巨大な地割れ。幅の巨大さもさることながら、弧を描いている地平線の向こうへと、その切れ目が続いていることから、長さに至っては凄まじくLooooooongということしかわからない。そして最後に深さだけれど、不思議なことにある程度の深さからは暗くなっていて見通せず、これぽっちも底が見えない。
巨大で深い闇が横たわっているその姿は圧巻だ。もし、膀胱の内容量がもう少し多かったらアウトだった。危ないところだった。
幸いなことに、落ちている方向から考えるに、なんとか地割れは回避できそうだが、結局この終端速度で森に突っ込めば、文字通りに必死だ。
全然幸いじゃなかったわ。
だから辺りを必死に探す。助かるための光明が、どこかにないかと。
そうして暗闇のスジをなぞるように視線を動かし、顔を上げていると、地割れの近くの木々の隙間から、おっさんたちが所々に顔を覗かせているのを目の端が捉えた。
おおっ!人だ……よな?
よく見てみると、彼らはどこかを指差しながら、やんややんやと、なにか言い合っているようだ。
「……怖いわっ!!」
何が怖いかって、おっさんたちの身長何センチ?五千センチくらい?ってほどにでけぇんだもの!
巨大高木層もなんのその、どう見てもジャングルサイズな樹海の上に肩が出てるんだもの!
マジで怖すぎるわっ!!
しかも、でっかいおっさんたちの指差す方向には、そのでっかいおっさんがちっさいおっさんに見えてしまうほどの、大気圏を突破していそうなくらい途轍もなくでっかい木が生えていて、さらには、その木の周りは切り取られたかのように夜の帳が落ちていてそこだけ暗くなっているし、さらにはさらには、その夜の闇にはいまも俺の頭上でバトっている竜達より何回りか大きそうな煌めく星々が漂っていて、そしてとどめには、それら輝く漂流物が小さく見えるほどにでっかい魚が一匹、その星の海を悠然と泳いでいるんだもの。
メッチャ怖いわっ!!!!
「あ、魚が星食ってる。あ、フンしてる」
体重ではなく身長がキロ単位でありそうなでっかい魚が、でっかい口を開けて、でっかい星を食べて、でっかいフンをヒっていた。
驚くことに、そのフンはなんと黄金だ。
いや、隠語じゃなくて。
本当に輝いてるんだ。
あ、そうだ。いいこと思いついた。
「これSNSに上げればバズるんじゃね?」
お前有名人じゃん。なんてリプのついている様を思い浮かべながら、胸のポケットからスマホを取り出して、カメラで○んこをパシャリ。
「うん◯画像ってアカウント凍結されないよな?」
と、心配になりながらSNSに上げる……が、しかし。
「サーバーが応答していませんだぁ?」
画面に映る無情なる表示。残念ながらこの場所からではネットに繋がらないようだ。グッバイ夢の7桁いいね。
世界最高峰でもネットに繋がるいまのご時勢、屋外なのに電波が無いとか、ここはどんだけ田舎なの。
それにしても、ネット環境がないまま空から落下しているとなると、途端に何をしていいのかわからなくなる。これ、現代っ子の悲しいところ。
って、なんだかさっきもこんなことをした気がするけど、これは仕方がない。
だって、見つめる景色から矢継ぎ早に凄まじいビッグスケールを叩き込まれているんだから、正常じゃあいられない。
見上げれば満天の火炎吹雪。
見下ろせば地に満ちるでっかいおっさん。
彼方に見えるは、でっかいうんこ。その量おおよそドーム一杯分。
いや、これはもうDOMEじゃないね。DOOMだね。
目を開け続けている限り、ヤバい出来事がヤバいくらいに訪れる。
これはダメだ。
現実ヤバい。
そうだ。こうなったら目をつぶって、一旦冷静になろう。
正しく言うと、現実から逃げることにしよう。
「現実から逃げる? いや、違う違う。落ち着け、俺。これは現実じゃない。そりゃそうだ。これはきっと夢。悪い夢に違いない。夢であってくれ! 頼むぅぅぅ!」
叫びながら天に祈り、強く目を閉じてみると、ある光景がまぶたの裏に浮かび上がってくる。
そこには俺の腕に抱かれた真っ黒な子猫の姿と、こっちに向かって猛スピードで迫ってくるでっかいトラックがあって──
「うおおっっ!!??」
思わず驚き目を開けてしまうほど、リアリティのあるイメージ。
いや、これはリアリティのあるではない、正しくはリアルだったイメージ。
「あ……ああ。そうか。そういえばそうだった」
俺は下校中に子猫を助けようとしてトラックに轢かれたんだった。
そのことを思い出して、体をまさぐって丹念に調べてみるが、幸いなことに、特にこれといった怪我は見つからない。
服装も靴も、背負ったバッグも、全部轢かれる前のままの格好だ。
学ランに革靴、お気に入りの大容量のリュック。
そして、胸のポケットには現代人類必需品の、相棒たるスマホ。
ネットには繋がらないが、さっきからカメラは使えているので、壊れてはなさそう。
どこをどう見ても、トラックに轢かれた形跡はない。
ならあれか?
「轢かれたのではなくて、トラックに跳ね飛ばされて、その勢いでこんなところまで吹っ飛ばされた……とか?」
常識ハズレな状況に浮かんでくる、常識ハズレな考え。
「ハハハ。まさか。そんなバカな」
ん?バカ?
ああ、そうだそうだ、そうだった。話は変わるけれども、バカといえばひとつあった。
さっきから俺と一緒にノーロープバンジーをエンジョイをしている女の子が隣にいるんだけれど、そいつの顔がすごいバカ面なんだ。
風に煽られた頬がびらびらとなびいて、ノ○チンコも歯茎も丸見え。目蓋も風に押されてぐにょぐにょと形を変えていて、ひん剥かれた目からは涙が溢れかえっている。仕舞いには、鼻からはお年頃の女の子が出してはいけないお汁が、ドゥルドゥルと流れ出ている始末。
笑いよりもため息や憐れみが先に出るくらい、なんとも可哀想な子だ。
正直関わりを持ちたくない。
しかし、こんな異常な状況下で何か出来ることがあるとすれば、悲しいかな彼女に話しかけることだけ。選択肢がないなら、するしかねぇ。
「えっと、あなたは一体どちら様?」
仕方なしに質問をしてみる。が、謎の少女は口をパクパクさせるだけで、返事は返ってこない。
その挙動を見るに、いまの質問に答えようとしているのだろう。だが、残念ながら落下に伴う風切り音に遮られて、その声は聞こえない。
「あーっ? あんだってーっ!?」
なんて言っているのか聞こうとして耳を近づけてみるけれども、やっぱり風の音しか聞こえない。
そんな俺の様子に、困ったと言わんばかりに眉をしかめ、首をかしげる女の子。
しばしの思案のあと名案が浮かんだようで、彼女は顔をパッと明るくさせ、ポンと手を打つと、また口をパクパクさせる。
そして指をパチリとはじいたと思ったら、途端に風の勢いが止んだ。
落下はまだ続いていて股間がひゅんひゅんする浮遊感があるのに、何故か風が体に当たらないという不思議な状態。
「んなっ!?」
驚いてその哀れな女の子の方を見直す。
「んななっ!!??」
そしてまた驚いてしまう。
それは、さっきまで隣にいたはずのギャグキャラが消えていて、その代わりに美少女の代名詞になれるくらい、可愛らしい女の子がそこにいたから。
いやいや。もちろん同一人物だと言うことはわかってる。
けれども、どうだろう?
さっきまで風にあおられて、あんなアホ面を晒していたのに、いまではこんな……。
少し短かく切りそろえられた、黒く艶やかなサラリとした髪。
くりっとして澄んだ目に、深い金色の瞳。背は小さく、体つきは細くしなやか。
ゆったりとした真っ黒な修道服のようなローブが、少しだけ顔をのぞかせている肌の白さと透明感を、よりいっそう際立たせている。
そして、手には真っ白な手袋をつけていて、白のラインが描く十本の先端は、繊細で美しい。
そしてトドメに泣きぼくろですよ。
オデ。ナキボクロ。スキ。
テレビやディスプレイの中にも見つけられそうにない、なんとも可愛い女の子だ。
ただし、さっきまでの風のせいで髪の毛がボッサボサ、流れていた涙で目の周りがテッラテラ、そして垂れていたはなぢるで鼻の下がバッリバリ。
なんてことに、なっていなければだけれども。
少女がまたまた口をぱくぱくとさせる。
今度は風にかき消されることなく、澄んだ鈴の音のような声が、その細い喉から聞こえてきた。
「どうも、こんにちは。私は魂の管理者をしております、女神のミタマと申します」
少女は不安定な空中だというのに、器用に、そして丁寧に深々と頭をさげた。
へー。魂の管理者だから“御魂”ね。ド直球なネーミングですこと。
……って、ん、んんん?
いまなんて言った?いま女神って言った?
突拍子もなく現れた美少女に、突拍子もないことを言われて、頭が混乱してしまう。
すでに現在進行形で、ワンダーランドっぽい所のすんごい上空に突如現れて、そっから自由落下を続けているという、突拍子も無い出来事に遭遇しているのに、加えてそんなことを言われたら、もう頭がどうにかなってしまいそうだ。
もしかしたら、もう頭がどうにかなった結果が、いまのコレなのかもしれないけれど。
だが落ち着け。冷静だ。冷静になろう。びーくーる。
そう、とりあえずは挨拶だ。挨拶をされたらきちんと返すのが大事。古事記にもそう書いてあると、ラノベで読んだ。
「えと、ご丁寧にありがとうございます。どうも、はじめまして。私は天川高等学校二年八組原田千歳と申します」
「これはどうもどうも、こちらこそご丁寧にありがとうございます」
俺の挨拶を聞き届けた自称女神様は、なんだか満足げな表情だ。
しかし、急に顔をうつむかせて眉を八の字にし、手もみをしながら申し訳なさそうにして言葉を続ける。
「それで、えーと、時間も押してますので、いきなり本題ですが、いいお話と悪いお話がございます。どちらからご説明致しましょう?」
おっと、初っ端から先行き不安。
でも確かに言われたとおり、地面がすぐそこまで迫ってきているのだから、考えてる時間は惜しい。
だから、とっととお話を聞いてしまおう。
「では、いい話の方からお願いします」
「えーっと。いい方となりますと、あなたは己の命をなげうってまでして、小さな命を助けようとなさいましたでしょう?」
「ええ? うん。まあ、そうですね」
その質問に、さっきフラッシュバックしたイメージを再度思い出しながら、うんうんとうなずき返す。
確かに俺は己の命をかえりみず、子猫を助けようとした。
ただそれは本当のところを言うと、命を投げうってまで助けるような高潔な精神ではさらさらなくて、体が勝手に動いただけの単なる脊髄反射のようなものだった。
でもまあ、結果的には子猫を助けるために命を張ったことになるのだから、嘘にはなるまい。
俺のうなずく姿を見て、女神様もひとつうなずきながら、さらに続ける。
「その現場を見ていた私が、あなたのその高潔な魂に報いるため、トラックに轢かれる寸でのところで、こちらの世界へとあなたを転移させたのです」
ほうほう。こちらの世界ね。ということは、俺のいた世界じゃあないってことだ。
まあ竜やら巨人やら、なんだかスゴイのとかもいて、コテコテのファンタジーだなと思っていたけれど、やっぱり異世界だったか。
まあ、それはいいとして。いや、全然よくないけど、いまは一旦おいておいて。
轢かれる前に転移させてもらったということは、もしかしてもしかすると?
「ということは、俺は死んでいないってことですか?」
「ええ、そうです。貴方はトラックに轢かれることなく、この世界へとやってきたのです。それが先ほど申しました、いいお話です」
やったー!!俺生きてるーっ!!サンキューゴッド!じゃない、女神様!これが転移じゃなくて転生だと、元の世界戻れなさそうだしな。文字通り助かったわ。
「なるほど。そりゃあ確かにいい話ですね!」
実のところ俺の記憶では、トラックに轢かれて挽肉になった痛みがあるのだけれど。
ま、いいか。
おかげ様で俺はこうやって生きているし、高校生の無謀な飛び出しのせいで、交通刑務所に入るハメになった、可哀想なトラックの運ちゃんはいなくなったんだ。
こうなったら多少の記憶の齟齬なんて、些細なことってもんよ。
ありがたやありがたや。
さっきからヤバいと思っていた、もう少ししたら地面とキスしてグッバイなこの状況も、女神様ならきっとどうにかしてくれるだろう。
いやはや、安心安心。
「荒唐無稽なお話でしょうが、ここまではご理解いただけましたでしょうか?」
「ええ。最初は流石に混乱しましたが、なんてったって現代っ子ですので、漫画やゲームでそういったファンタジーな知識は多少なりともございます。おかげさまで、いまのお話だけでも十分に現状を理解できました」
「それはよかったです。えーっと。それでは、そのぉ、悪い方のお話なのですが」
女神様は言葉を濁して顔を伏せ、上目遣いにチラリチラリとこちらの様子をうかがってくる。
“悪い方”を言おうか言うまいかと迷っているようだが、大丈夫だ問題ない。
だってこうやって命が助かっているのだから、多少の悪いことには目をつぶれるってものだ。
「悪い話なんてドンと来いですよ。さあ続けてください」
続きを促す俺の言葉に覚悟を決めたのか、女神様は一度目をぎゅっとつぶってから、顔を上げて話し始めた。
「それで、悪い方なのですが……えっと……本当はこんな危険地帯の上空ではなく、安全な場所へと飛ぶはずだったのですが、諸事情により転移座標が少しばかりずれてしまいまして……そのせいで私たち……そのぉ……なんと申し上げましょうか、あと少しで地面にぶつかって死んでしまいます。まことに申し訳ございません」
「そうですか、そうですか。それではおんぶに抱っこで申し訳ないのですが、またいっちょ女神様のお力でどうにかしちゃって──」
女神様にお願いを言い終わる前に、サッと目を逸らされた。
そして訪れる沈黙。
その瞬間、俺は血の気が引くという言葉の意味を、痛いほどに理解した。
言葉を探すが見つからない。
精々オーマイゴッド!じゃなかった、オーマイゴッデス!くらいだ。
混乱している俺に、女神様が説明をつづける。
「残念なことに、こちらの世界へと来るために人と等しい体になった私では、元の世界に戻すことどころか、現状を打破できるほどの力すらないのです。本当の本当に申し訳ございません」
「え? どゆこと?」
頭の中が疑問と困惑でいっぱいで、言われたことが飲み込めない。
え?え?女神様がこうやって現れたって事は、不思議な力で助けてもらえるんじゃあないの?
あれ?いまこの女神様、現状を打破する力がないっていってた?マジで?それって助からないってことだよね?
元の世界に戻すことも出来ないっていった?この世界に転移はさせたのに?
え?人として来たとか言っていたけど、神様じゃないから力を使えないってこと?
力が使えなくなるなら、なんで人の姿で来たの?なんでなの?
ほんとどゆこと?
なんとか話の内容を噛み砕いて理解しようとするけれど、ずいぶんと人知を逸した話ばかりで、どうにも理解できそうにない。
ただ俺たちの命がヤバいってことだけは分かる。それは胸を張って言える。言いたかないけど。
「ちょっ、待てよ! そういう悪い話だったらdon't来いだよ! いい話を打ち消してあり余ってるじゃん! いやいや!? 俺の命助かったんじゃないの!? 女神様も一緒に悠々とスカイダイビングに興じているから、安全な空の旅だと思っちゃったよ!」
「いえ、貴方の命が助かったとは一言も言っていないです。ただトラックに轢かれる前にこちらへと転移させましたよ、としか」
「え、ええぇ? ほんとぉ?」
女神様がヨヨとして涙を拭う姿を見ながら、よくよく思い出してみる。
……うん。確かに轢かれる前にこちらに「転移させたー」とか、俺の“死んでいない”っていう言葉に「はいそうですー」としか言ってない気がする。
それに、非常に聞き捨てならないことも言っているじゃないか。
「そういえば、地面にぶつかって死ぬの『私たち』っていいましたよね? 女神様も一緒に死ぬってことは、そのあと女神様に生き返らせてもらったりは……しない?」
「exactly」
「F○c k」
「もとより、命を蘇らすことなどできませんので」
悲しそうなお顔の女神様。
こりゃダメだ。もうおしまいだ。御父様、御母様。先立つではございませんが、早目の不孝をお許しください。
はあ。折角女神様にお力を振るって頂いたというのにこの始末。
トラックの運ちゃんには悪いけど、こんなことになるのなら、子猫ちゃんと仲良死していたほうが、骨を拾ってくれる人がいるだけマシだったかも。この世界には、骨を食ってくれるやつしかいなさそうだし──って。ああ、そうだ。
「あー、その。死ぬ前にひとつ、聞きたいことが出来たのですが」
俺の人生、両手で数えられるほどの時間しか残っていないが、それが尽きる前にハッキリとさせておきたいことがあった。
「ええ。僅かなお時間で答えられることでしたら」
死が近いというのに、女神様の態度は毅然としている。さすが神様だ。死ぬのが怖くないのだろうか?
おっと、余計なことを考えている時間はないんだった。
「俺が助けようとした子猫ってどうなりました? だって俺がここにいるのに、一緒にこっちへ来ていないということは、あのまま轢かれてしまったってことでしょう? それじゃあ死んでも死にきれないのですが」
俺の質問に、女神様は少し眉を動かしたあと、眦を輝かせて晴れ晴れとした笑顔になった。
「ええ、おかげさまで。とても元気にしていますよ」
「そうですか。それなら、まあいいです」
ああそうだとも、それならいい。
人でなく子猫であろうとも、俺の命で誰かを助けることが出来たんだ、それなら胸を張って死ねるじゃあないか。
女神様の笑みにつられたのか、いつの間にか俺の口の端も少しだけ上がっていた。
それに気づいたとき、なんだか少しだけ恐怖がやわらいだ気がした。
地面が近い。
覚悟を決めて目を閉じようとしたら、女神様が空を泳いでこっちへと寄ってくるのが見えた。
空中をせっせと平泳ぎするその姿は、折角の美少女っぷりを台無しにするくらい、なんともマヌケだ。
一体なにがしたいんだろうと思っていたら、突然やわらかなその胸に頭を抱きとめられる。
「あ、あの、女神様。急にどうしたのです?」
うーん、トランジスターなんとやら。
顔どころか頭全部がやわらかいもので覆われている。
あんなに細く薄い体に見えたのに、なんとも不思議だ。見た目は洗濯板よりも起伏がなくて、まな板に付いた包丁キズよりも凸凹してなかったはずなのに。
でもこの感触からするに、きっと脱ぐとすごいんでしょうね。
ってそんなことはどうでもいい。一体全体、女神様はどうしたのだろうか?
思春期真っ盛りの男の子の最後を哀れんでの行動だろうか?よく分からない。困惑がワイワイと頭の中を走り回っている。
困惑が頭の中を走り疲れたころ、女神様は俺の耳元へと口を近づける。
「私せいでこんなことになっているのですから、私が下になってクッションになります。任せてください」
女神様はそんなことをささやきながら、抱きとめている俺の体の下へと、その身を滑り込ませた。
はて?ということはまだ助かる道があるということだろうか?
たしかにいま触れている女神様のお胸のフワフワ感は、衝撃をすんごい吸収しそうではあるけれども、どう考えてもそれじゃあ無理だと思う。
胸元に押し付けられて深い谷に沈んだ顔をもぞもぞと動かし、目線を合わせて疑問をぶつける。
「任せろっていったって、女神様は神様的ななにかスゴイチカラで衝撃をガードできるとかですか? さっき助かるための力は無いって言ってたじゃないですか」
「ええ、確かにいまの私には大した力はございませんが、ほんの少し程度ならば使える力もございます。ですからそのはした力を使い、さらに私が下敷きになれば、あなただけなら助かるはずです。そう。きっとそのはずです。だってこれは、私への罰のはずですから」
えへへ、と困ったような顔で女神様が微笑む。
なんだそれ。冗談じゃないぞ。
罰っていう単語が引っかかるが、いまはそんなことどうでもいい。
強く抱かれたその腕をどうにか引き剥がして、困り顔の女神様の目を見つめる。
と、その前に。
ボサボサのままだった女神様の髪を手ぐしでとかしてやり、ポケットからハンカチを取り出して鼻を拭ってやる。
すると、ずっと顔が鼻水まみれだったことに今更気がついたのか、女神様はハッとして顔を真っ赤にする。
「えっ!? あっ! あのですね!?鼻が垂れているのは実体を得たばかりで、まだ上手く体が制御出来ていないせいですからね!?勘違いなさらないで下さいね!?」
「え、ええ。わかりました、わかりました。わかりましたから、落ち着いてください」
すごく必死な言い訳に、思わず笑ってしまう。まったく、なんとも締まらない神様だ。
女神様は照れたその顔のまま、ぎゅっと俺の顔を抱きしめ直して、
「大丈夫。きっとあなただけは助かりますので、安心してください」
と、震える声でそう言った。
はあ。やっぱりこんなの冗談じゃない。
気がつくと、俺の体は勝手に動いていた。
女神様を抱き返して、彼女の下へと自分の体を滑り込ませる。
先ほど女神様がしたことのお返しだ。
胸元で激しい抵抗を受けるが、それを包むように抱きしめて、強く抑え込む。
女神様は現状の責任の所在が、転移を失敗してしまった自分にあると言っていたが、それは死ぬ運命だった者を助けるために手を尽くした結果なのだから、それならそれでいいじゃないか。
せいぜい女神様のいた世界で、俺のために涙の雫を一つこぼすくらいでいい。
しかし彼女は、打つ手がないにもかかわらずこちらの世界へとやってきて、かすかな希望にすがり、己の命をなげうってまで俺を助けようとしている。
それは何故か?
俺にはその理由が、なんとなくだがわかる。
それはきっと、俺が子猫を助けた時と同じだから。
目の前の命を助けたいと思った時には、体が勝手に動いていた。
ただそれだけだ。
腕の中の体はとても細くて小さい。暴れる力も弱く、もう少し力を込めたら折れてしまいそうだ。
そんな弱々しい女神様を抱いていたら、不意に口から言葉がこぼれた。
「絶対に守ってやるからな」
これは確か、ずっと昔に聞いた言葉。
いつ、どこで、誰が言ったのだろう?
さっぱり思い出せないが、はっきりと覚えていることがひとつだけある。
この言葉は、そのとき俺の心を覆っていた恐怖を払い、とても安心させてくれたんだ。
女神様にもこの言葉の力の効果があったのかは分からないが、抵抗がなくなって大人しくなる。
そしてその代わりに、小さくて泣いているかのような声が聞こえた気がした。
しかし、その声はふたりの心音にかき消されて、俺にはうまく聞き取ることができなかった。
さて、そろそろ終わりの時間だ。
次にまばたきした時には、ふたりの運命は決しているだろう。
そうだ。目の前に祈るべきご本人様がいるんだ、こうなったら最後に神頼みでもしてみようか。それなのに叶えてくれなかったら、あの世で恨むぞ。
そっと目を閉じ、心の中で強く強く願う。
ああ、女神様。願わくは貴女だけでも助かりますように。
感想お待ちしております。
自分で何度も読み返しましたが、脱字などはなかなか気付きにくいので、そういった指摘ももちろん歓迎です!