俺がヒトを辞めるまで
~始まりの島~
俺の名前は「剣持昴」
本当にやりたい事(夢)を探している途中と自分に言い聞かせ、うだつの上がらないフリーター生活19年の独身37才。
楽しみは発泡酒を飲みながら、ポテチと焼き鳥をほおばり録画したアニメを見る事。
日々努力する事もおっくうになり「ありのままの自分を愛してくれる人を探してるんだ」と、居るわけのない女性を待ち続け、今では立派な梨体系の成人病一歩手前。
偏食がたたり顔色も肌荒れも大変な事になってる独身37才。
昨日も深夜までアニメを見ながら、ニコニ●実況を冷やかしていたおかげで寝不足だ。
布団との戦いに勝利したのはいいが、遅刻寸前で小走りに見えるであろう全力疾走でバイトに向かっている。
「んひーんひー」
吐く息と一緒に変な声が漏れるのは、呼吸器系の衰えなのだろうか?
(あ、今の娘汗でYシャツが透けてる・・・夏は嫌いだけど、女の子が薄着になるのはいいね)
毎年同じ事を考えているが、恒例行事だから仕方ない。
半ば自分の人生とは縁が無いのだろうなと思いながら、町を行く女性をチェックしつつ歩を進める。
「ふんご!ふんご!はひー!はひー!」
くるしい、心臓が張り裂けそうだ。
今度こそ今日からダイエットしよう、そうすれば今からでも・・・
そんな妄想に近い願望に入りかけた瞬間、地面を踏みしめる感覚が消失した。
「え・・・」
次の瞬間、突然足元に空いた穴に俺は落下していた。
・・・・
目覚めた時そこは砂浜だった。
「何が・・・」
いったい何がおきたんだ?バイトに向かう途中だったはずなのに。
ここはいったい何所だ?なんでこんなところにいるんだ?
茫然としながら回りを見渡す。
白い砂浜、夜の月に照らされた少し恐怖感を煽る美しい海。
突然落下するような感覚があって、そのあと・・・。
ダメだ記憶が無い。
砂のじゃりじゃりとした感覚、海の匂いから夢では無いと判断できる。
「転生したってわけじゃないんだよな・・・」
先日見たばかりの「異世界転生物で無双ヒャッハー」なアニメの内容を思い出す、しかし醜くズボンに収まりきらずに、はみ出た腹を見て甘い妄想を終了させる。
幸か不幸か、アニメ漬けのおかげで『こんなシチュあったよね』となんとなくパニックに陥らず現状を冷静に判断する事ができた。
取り敢えずスマホを確認する。
「ですよねー電波入る分けないですよねー」
電源は半分以上残っていたが、地図アプリも当たり前だが利用できない。
周辺に月明かり以外光もなく建物も見当たらない。
落ち着いて考える事は出来るが恐怖感や不安が無いわけじゃない、今動いても危険なだけと判断し、朝になるまでじっと待つ事にした。
・・・・
「結局一睡もできなかった・・・」
目をつぶると、ありとあらゆる考えが頭の中をぐるぐると回り結局寝る事が出来なかった。
朝日に照らされ周りを確認すると、そこは美しい海と白い砂浜だった。
砂浜から少し歩くと、すぐに巨大な森が広がっている。
「これからどうするか・・・」
まずここが何処かそれを突き止めなければ。
経緯は後回しにして現状把握を行わなければ命に係わるかもしれない。
①これは夢ではない模様(マト●ックスのような状況なら確認の仕様が無いのでどのみち一緒)
②仕事に行く途中に何かが起きた事は確か
③何処かもわからない海岸で人の気配も感じない
④食料も水も無いのでこのままだと餓死する
人生最大のピンチだ。
そう思った俺は海岸沿いを外周に沿って歩き始める。
港があればいつかたどり着けるかもしれない。
・・・・
「ふんごーふんごー!はひーはひー」
海岸沿いを森側の日陰に隠れながらひたすら歩く。
今のところ変化は無く、同じ景色をループしているようだ。
「ぶひー!」
ここ数年アパート→バイト先(距離150m)の往復以外全く歩いていなかったせいか、それとも蓄えに蓄えた脂肪が邪魔をしているのか。
汗が滝のように流れ歩くだけで体力が大幅に減っていくのが分かる。
「ばふん!」
倒れるように座りこみ休憩をとる。
このまま何もなければジリ貧だ、せめて飲み水だけでも確保しないと・・・・
・・・森に入るか、森なら何かしら果物や植物があるかもしれない。
俺にあるのは役に立つか分からないアニメやラノベの知識だけだ、何が食べれて何が危険かまで判断できないが、行ってみるしかないか・・・
そう思いながら休憩しながら森を眺めていた。
「ガサガサ」
ん!今森の中から葉の擦れる音がしたよな?
「ガサガサガサ!」
やっぱり!動物だろうか?人間だったら嬉しいぞ!
「ザザザザザザザザザザ!」
ん?何かが森の奥から凄いスピードで迫ってきている!人間の早さじゃなくね?
「ギシャーシャシャシャ!」
森の中から飛び出してきたのは、一言で言うなら某ファイナルなRPGの中ボスみたいなすんごいのだった。
上半身は人のフォルムだが目にあたる部分は蠅のようで、口には鋭い牙が生えている。
両手にはカマキリの鎌がつき、足は蜘蛛のように不規則に動めいている。
人間か?もしかして助かる?と少しの希望と喜びを抱いたのは一瞬で絶望に変わった。
「ぶひーーーーーーー!」
俺は座り込んだまま叫び声をあげた。
ダメだ腰が抜けて動けない。
アニメやラノベを見ながら、俺ならきっとピンチになったらこう動くねとか、敵に追われ逃げ出すキャラに死亡フラグじゃねそれ、と思っていたが。
逃げる事すらできない恐怖に、一瞬で登場人物達の気持ちが分かった。
無理だ、あんなのどうこうできるワケない、戦う?逃げる?そのどちらも出来ない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い、見ているだけで精一杯だ!
震えは止まらず息が出来ない、心臓の鼓動が激しすぎて爆発しそうだ!
「ギシャシャシャ!」
黒光りしたメタリックな顔?から噛まれたら無事ではすまないであろう、鋭く長い牙から涎をたらしながら化物が迫る。
俺は恐怖のあまり目をつぶり耳をふさぐ
怖い怖い怖い怖い、助けて神様!助けてお母さん!助けて誰か!助け・・・
「ザク!」
暗闇の中、胸を何かが貫いた感覚が広がり、激しい痛みと恐怖の中、俺の意識は遠のいて行った。