第8話:都市伝説勇者、くたばれやぁああッ!
俺――神崎葉佩は走り続けていた。
もうどれくらい走っただろう? わからない。
突如天を割いて現れた闇。そこから出現した異形の存在。
暗転した世界の中で、これは【主人公】を必要とする事態であると直ぐに理解した。
俺は別行動をとる父と連絡をとる為、もう何度目ともなる電話を掛ける。
だが何秒待てども電話は繋がらず、俺は舌打ちと共にスマホをポケットにしまった。
やはり無理か。
街は混乱していた。
「――ミアッ!」
咄嗟の叫び。
『はい!』
ミアがスマホ内から応える。
「状況を教えてくれ」
『クリーチャーが多数、秋葉原がラクーンシティーと化してます』
「わかりやすい例えどうも」
要はクリーチャー共が街に溢れているのだ。
中央通りに向かう最中、逃げる人々と何人もすれ違う。数人と肩がぶつかった。
そして人ごみを掻き分けて通りに出た時――
「――――――!?」
わかってはいたが思わず足を止めてしまう。
初めそれを見た時、それが何なのかわからなかった。
大通りのアスファルトを埋め尽くす赤い色彩。
それは粘つき、強烈な臭いを発する液体。
それが血だと理解できたのは数秒経ってのこと。
そして通りにはその元凶となった死体が幾つも転がっていた。
辺りは血の海。
「キャ―――――――――ッ!」
何処からかそんな悲鳴があがる。
――くそっ。
俺は毒づき再び電店目指して走り出す。
『そこ、左です』
続いてミアからの指示。それに従い細道へと入る。俺は無我夢中で駆け続けた。
途中転がる奇形獣や人間の死体の一部、それらを踏み越え足下から伝わる不快な感触も無視した。
そして――
『次を右――ッ』
その場所に辿り着いた時――
「そんな……」
俺の足は地に根を張ったように動けなくなった。
何故なら散乱する死体の山の中に――
「父さん……」
父が、倒れていたからだ。
◇ ◇ ◇
話は数分前へと遡る――
碑賀暁は最後の一体となる奇形獣の心臓を突き刺し、獣は花弁の如く口を開いて絶命した。
「いっちょあがり」
ここは中央通りから少し離れた電気街。
人々の避難は既に完了しており周囲に人の気配はない。ここに居るのは暁一人だけだ。
――と、上空から新たな気配。
暁は咄嗟に奇形獣から刀身を抜き視線をあげ――
「なんだ。お前達か……」
直ぐに緊張の糸を解く。降ってきたのは倒すべき魔物ではなかったからだ。
「あれぇ、誰かと思えば碑雅さんじゃないっスか~」
「ほんとだ、こんなとこで何してんの?」
目の前に現れたのは二人の若者。一人は勇者風の格好をした青年で、もう一人は魔導士風の格好をした少年。どちらも暁が以前所属していた【聖なる鎖】の後輩。
「ぁあ、たまたま近くを通りかかってさ、魔物退治に協力してたのさ」
その言葉に少年魔導士は関心半分呆れ半分に応える。
「へぇ~。碑雅さんって引退したのに大変ッすね」
「ところで、ここら辺の魔物はあと何処に?」
二人の若者は己の得物を握り締め辺りを見回す。が――
「ここはもう片付けたよ。それに中央通りもさっき粗方始末した。他の場所も別の【主人公】が既に倒してるなら、後は何処かに隠れてる残党の討伐くらいだ。じきあの穴も塞がる」
その言葉に彼らの態度は明らかに変わった。
「はぁ!?」
「ァんッ!?」
彼らは露骨に嫌悪感を露わにして暁を睨む。そして勇者風の男が啖呵をきった。
「もう片付けただぁ?」
続いて魔導士風の少年。
「つーかさ、あなた――ッ! 【終劇】迎えた癖に出しゃばってんじゃねッ――よ!」
【終劇】――とはこの世界における【主人公】が己の業から脱却した事を指して使われる隠語。【主人公】には皆誰しも己が誕生した理由と倒すべき固有の悪が存在し、【終劇】は、そんな【主人公】にとって宿敵がこの世から去った後の状態を意味する。
【終劇】を迎えた【主人公】には二つの道が存在する。
それはこの世界で戦い続けるか、戦いを止め普通の生活を送るか。
自主的であれ、強制的であれ、その二つの内どちらかを選ばされる。
暁の場合は引退――それも強制的であった。
彼が【聖なる鎖】を除隊して二年……。
「【終劇】――聞こえはいいけど、俺達にとっちゃ何の意味もない。あんた骨董品だ」
「そうそう、時代遅れ。邪魔だから、静かに、静かぁ~に、消えてよ」
若者二人の【主人公】は嘗ての先輩を罵倒する。
しかし彼らにとってはこれが本来の素。その事を暁は【終劇】と【除隊】。二つの結末を迎えた日から片時も忘れた事などなかった。と――
「…………お前達、【終劇】はまだか?」
暁は平常を保った口調でそう問う。
「誰かさんみたいに、奪われたりなんかしねぇよ」
「そうだよポンコツ」
「そうか、それはよかった」
心の底から安堵した様な声音。だがそれは――
「ちょうどいい。お前達の業は俺が消してやるよ」
「はァ!?」
それは嵐の前の静けさだった。
「因果応報だ。だから安心して――逝けや」
瞬間――暁は懐から取り出した銃を少年の額に突き付ける。
その昔己がまだ弱かった頃に使っていた銃。
「ぇ、ぁえ!?」
少年の口から言葉にならない声が漏れる。そして撃鉄が――
「死ね」
おろされた。
「ぐぎィァア――――――っ」
数瞬後、目の前に転がるのは、かつて【主人公】だった肉塊。
「ぉおおおお、ぉい!」
青年勇者はこの状況に錯乱。事態を飲み込む事が出来なかった。
「最近のゆとり【主人公】はこんな鉛玉一発凌げないのか? 三秒は待ってやったのに、ちょっと能力に頼り過ぎなんじゃないのか?」
続けて今度は青年勇者に銃を向ける。
「な、何の真似だ!?」
「別にィ、お前達風でいなら弱者の追放だよ」
嘗て追放された暁がそれを行った相手に強者として接する。
「く、お前みたいな雑魚にィ……」
「雑魚? それはお前達の方じゃないのか?」
「――っ!? 馬鹿言うな。俺達にはどんな奴だろうと一瞬で屠れる――」
「能力があるって? 悪いがそれも使えないぜ。お前達が弱いからだ」
途端銃火が閃き、大気が唸ると同時に裂けた。
青年の一部が弾け、肉片と鮮血がアスファルトを汚す。
「ぁあァア――――ッ!」
青年の右手首から先がこの世から消滅する。
最早勇者は腰から下げた聖剣を抜く事も出来ず、よろめいて倒れる。
「聖剣がなければゴブリン一匹まともに相手にできないガキが、神様に頭下げて、チート能力恵んでもらった自分が強くてかっこいいと錯覚しちまったんだなぁ?」
「くっくそッ! く、くそォ――ッ!」
青年は狂った獣の様に吠える。だが逆に言えば青年には最早それしか出来ない。
「そうだ。いいこと教えてやるよ。先日ここで殺人事件があったよな?」
暁は青年勇者の前に腰を下ろす。しゃがんで相手の眼を見た。
「な、なんだァ……」
青年は痛みを堪えるのに精一杯。
「被害者はお前らの後輩……」
「…………なん、で?」
青年は言葉に詰まる。何故その事を知っているのか? 青年の眼はそう語っていた。
あの事件の被害者は確かに【聖なる鎖】に所属する【主人公】。
だがその事実は世間には伏せてある。ましてやそれが自分の後輩であるなどと……。
「まさか……」
その可能性に青年は戦慄する。
暁は口角を吊り上げ、その回答を口にした。
「あれを殺ったの、俺だよ」
「――――――!!?」
青年は残った左手で暁に掴み掛り、喉元に食らいつこうとした。
しかし暁はいとも容易くその手を払いのけ、代わりに青年の顔を地面に叩きつける。
「ぐゥぅァアッ! ………………何ぜだァ!」
青年は這いつくばり吠える。
「世界の為だよ」
暁はそれだけ言い、青年の体が突き飛ばして向けにする。
そして立ち上がり様、青年の腰から聖剣を引き抜いた。
「お前は確か異世界から召還された伝説の勇者だったっけか?」
俺はかつての後輩だった青年のプロフィールをうろ覚えながら口にする。
「……だったら、なんだってんだァ!」
男は辛うじて上体をお越し、暁を見た。
どうやらそのプロフィールであっていたらしい。ただ――
「弱すぎだな。都市伝説の間違いだろ」
「――――なッ!?」
「時代遅れ。邪魔だから、静かに、静かぁ~に、消えてくれ」
「ふざッ――――………………」
暁は男に最後まで言わせなかった。振り下ろす聖剣に男は二度と言葉を喋れなくなる。
「まったく……」
この程度で当時の俺は己の業を奪われたのか――と、昔の自分はいかに無力だったのか思い知らされ胸が痛くなるも、同時に今はそんなゴミ共を意とも容易く葬れた力に高揚する。
――と、その時だ。
「ヒャは――ッ。まじ手際が良いね、ベリーベリーだわ」
周囲のビル群を蹴りつつ降下してくる一人の男。
俺たちの仲間の一人――黒須玲だ。
白蝋の如き白顔と半顔を覆う黒髑髏は先ほど切り伏せた魔物以上に悪魔的な禍々しさを放つ。
「ベリーベリー? 何だそりゃ、造語か? 聞いたこともないな」
こいつの言う言葉はいつも意味不明だ。それにわからないといえば今の玲の格好。
いつも彼はゴテゴテした刺付きの革ジャンアーマーを装着しているのだが、今日は何故かTシャツにジーパン姿。それも何とも奇抜なデザインのTシャツを着ている。
何でキリストが十字架に磔にされてて吹き出し風のロゴが『I am GOD』なんだ……。
あまりのセンスに絶句する。
「それ、どうした?」
「今日午前中に古着屋に行ってよ。気に入ったから貰ってきた」
「盗んだのか?」
「まさか、いい品だからレジに十万ほど置いてきた」
「十万!? こんな服にか?」
信じられない。玲は自慢げに服を晒してみせる。
「はっは――っ、分からねぇ――か? こいつから漂うデンジャーなオーラが。俺は感じるぜ。きっとその昔何処ぞの【主人公】が着ていた宝具に違いない」
「いや、そんなのが古着屋にある訳ないだろ」
妄想乙――と、思いかけて考えを改めた。
思い出したのだ。嘗て【聖なる鎖】に居た時、数多くの宝具級の品々をAmazonで販売する【主人公】が居た事を……他でもないこいつ……。
玲は過去何度も遊ぶ金欲しさや借金の返済、生活費を得るために質屋やAmazonにそういった品を転売した事がある。それも本物をそのまま販売すると後々組織にバレて面倒になるので、表向きはただのコスプレセットやレプリカと偽造して。そんな奴が他に居ても可笑しくない。
「ところでその十万、また何か転売して手に入れた金じゃないだろうな?」
「まさかぁ、そんなことないぜ」
「だったら、いつもの革ジャンアーマーはどうしたんだよ?」
「…………」
「……おい!」
「いや、売ってないぜ。ただ質屋に預けただけで――」
「今直ぐ買い戻せ!」
間髪入れず、そう怒鳴る。
過去何度――玲の転売品に関して起きた事件に関わって気苦労してきた事か。
「それで? こっちに来たって事はそっちの担当は終わったのか?」
「おうよ! ついでに今朝の襲撃事件の首謀者共も葬ってきた」
そして玲は数分前――秋葉原駅付近で己が成した事を話し始めた。