第7話:ぶっ飛び変態髑髏野郎
―― 黒須玲という【主人公】の序章 ――
その日の俺の朝は、ひと時の賢者タイムを堪能してから始まった。
「おーいシヴァ、ティッシュ持ってきてくれぃ!」
俺の周囲はいつも山積みとなった大量の本と膨大な吸殻に満たされた沢山の灰皿で溢れている。その間を器用に縫う様にして現れる小さな焦げ茶色の生物。
「ワウッワウッ!」
それは仔犬。数年前から俺が飼っている柴犬で名前はシヴァだ。
ヒンデゥー教の破壊の神の名前。どうだ、かっこいいだろ?
「よ――しシヴァ、ちゃんと持ってきてくれたか――って、ヨダレでベチャベチャじゃんか!? おいシヴァ~~今度は箱で持ってきてくれぇ~」
「ワフゥン――っ」
シヴァは小首を傾げながら満足げな顔をして返事をする。
「いやいや、わかってないよね! 絶対わかってないよね!!」
「ワフゥワフゥン――」
今度は自慢のふわふわな毛並みで甘えてくるシヴァ。
「チクショウ!! カワエエ! こいつ分かってやってるんじゃね――の!? 俺のハートはブレイクだぜ!! ぜって――将来末恐ろしい犬になるゥ!!」
少しの間、シヴァと戯れてしまった。一時間ぐらい。裸のまま。
「はっ! 俺としたことが時を忘れていた……シヴァ! 末恐ろしい犬っ!」
シヴァは未だにお腹のふわふわな毛並みを見せ付ける様にして床を転がっていた。まるで魔性のダイヤモンドの如き輝きを放っている。オークションに出せば億はいくな!
そんな妄想をまた小一時間程していると、突如外から轟音が聞こえ、ドアが吹き飛ばされる。
「くはっぁぁ! おいクロスッ、てめえの首を戴きにき――た――ぜっぁ!」
「うわぁ、超テンプレな台詞っすね兄貴――っ」
「うっせっだ――ま――れ――や――っ! 早く首取って帰るぞ! そこの糞犬好きのよゥ」
「くくくっ、さっきから監視してましたけど、糞犬相手に馬鹿じゃね――のって感じっす」
「ああっ、しかも依頼書の写真通り白くてひょろひょろ~。こりゃま――じ――で幽霊みてぇだなぁ――。あっひゃっはぁ――っ」
「本当っすねぇ、ぎゃははははははぁぁ――ッ」
いきなり土足で数人の男たちが家に上がり込んで来た。
それは兄貴と呼ばれる――長身でゴリラの様な手脚を持つ髭面の男と、それと話す背が低くサルの様に手脚の長い小僧。そしてその後ろに控える五人のモブだ。
七人、か……。
そしてこの状況を――
ああ、またか――と、俺は毒づいて立ち上がる。
「へい YOU、YOU、YOU。あんたらぁ一体誰に雇われて来たわけ? 悪いけど今日は俺のステキセクシーホリデイなんだよ。明日出直してきな」
「そうはい――く――か――よゥ。お前ら、武器だしな」
「へい!」
男たちは一斉にその手に得物を構える――
「ひゃッハァ――アッ」
その光景に俺は感嘆の奇声を発した。
男たちが次々と取り出したのは槌であり、鎌であり、長剣だった。
「いいねぇ、グレイトッ! そういう武器好きだぜ。銃を使わないってあたり、少しは心得があるみたいだな」
「ったりめぇ――だ。今の時代もテメ――ェを殺れるチャカなんかありゃしね――よ」
その言葉に思わず苦笑する。単純な自惚れだ。
確かにこの世界に俺を殺せる銃火器銃など存在しない。
それは殺傷能力の問題でなく、単純な俺の生い立ち故に。そして――
「もちろん、その武器もただの骨董品じゃないんだろ?」
「ッたりめ――よ」
無論銃同様、ただの刀剣でも俺は殺せない。
俺を殺れるのは一部の、それも極上の【魔】を孕んだ武器だけ。古より多くの血を浴び、命を奪う歴史を積んできた聖遺物級の魔具。それこそが俺の体に傷を負わせられる。
そして目の前のそれらがそうした存在であると、俺は本能で直感した。
同時にそうした武器を使うこいつらが普通の存在でないことも。
早い話、例え聖剣を持とうと、銃を持った幼女の方が強い様では意味がないのだ。
要は使い手自身も相応の強さが必要となる。
そして彼らもそれを承知で俺の前に立っているということは、彼ら自身原始的武器を用いて銃器以上の戦力を発揮できる存在であるということ。
本来俺は【一般人】が相手なら殺気を込めた視線だけでそれらを窒息させられる。
だがこいつらは平然としていた。つまり――
「お前ら、人間じゃねぇ――な?」
「ご名ぇ――答ゥ!」
瞬間――男たちの体が変異する。
ある男は顔が骸骨に、ある者は木乃伊へ、山羊の様な形状になるモノも居た。
そして肉体もそれに準じて各々が様々な姿へと変わって行く。
それは悪鬼魍魎の類――悪魔。
俺は右手の指先で目の前の空間を引き裂く。
瞬間、裂け目から現れたのは俺の相棒のハルバート――【双頭の赤子】。
「ちょうど生活費に困ってたところでなぁ。お前ら掃除してその道具売っ払わせてもらぜ」
「ぁあっ!? できんのかぁ――? 言っとくがお前ご自慢の鎧も着てる暇はねぇ――ぜッ。その為にわぁ――ざわぁ――ざ早朝に奇襲をしたんだからぁ――なアァ――ッ」
男たちは裸の俺を指さして笑う。ただ生憎――
「神対応あざす。ただ生憎とそもそも俺の鎧はもう質屋に入れちまってもうねぇ――ぜ?」
「…………ぁ?」
「あ――ほ――がぁ~」
「ぐゥ、ぐぬぬゥ、~~っ、や、やっちまえぇぇええええ!!」
男の怒声。男たちが一斉に飛び出す。
その殺気にシヴァは脅えて部屋の隅、机の下へと逃げてしまった。
そしてサルの様な手足を持つ小僧が一足跳びに距離を詰め、長剣で突きを放つ。
この時、俺は手にしたハルバートを床に突き立てていた。
それを腕の振りだけで持ち上げ――
続く行動は男たちの眼には映らなかった。
室内に響く暴風の如き風切り音。
「ぅ――ッ!?」
男は自身を襲った喪失感に歩みを止め、そして気付く。
武器の紛失。続いて頭上より滴る鮮血の雫。
視線を上げて……。
天井に突き刺さる長剣とそれを握る己の右腕を――見た。
「あああああああああああッ!」
男は悲鳴を上げ、千切れた右肩から先を左手で抑えるも、その行動も悲鳴も途端に消えた。
俺の左手が男の顔面を鷲掴みにしたからだ。
俺の指が男の頬を貫き、骨を砕く。
「ぐぎぃィ――ッッッ」
傷口から異音が漏れる。その光景に残る六人は足を止めた。
「ふぇ、兄貴……助けてぇ……す」
小僧の口から辛うじてこぼれた声。
「黙れ雑魚」
俺の顔面は歪に蠢き――左半願を覆う髑髏の入れ墨が笑う。
「おいシヴァッ! 音楽かけろ。パーティーの始まりだァ~」
その言葉に机の下で震えていたシヴァが反応する。シヴァは頭を埋めた状態のまま前脚を彷徨わせ、落ちていたCDプレイヤーのリモコンを掴む。そして――
「ミュージック――――ッ」
「ワフン♪」/「スタートッ!」
シヴァがリモコンを叩き、途端室内を爆音が支配した。
同時に小僧の頭は木端の如く砕け、周囲に肉塊となって四散する。
「ァ――ッ、はははははァ――アッ」
俺は首無し死体と化したそれを踏み台に宙を舞う。戦慄する男達の顔を俯瞰し嘲笑した。
再生されるのは近年異世界からトリップしてデビューしたというロックバンド。
メンバー全員の顔が狼であるのが特徴で、流れているのはその有名な曲だ。
「エモーション!」
その曲を聴いて俺のバイブスが暴走する。
「Let's パァーティータ~ィム♪」
全身から吹き荒れる紅蓮の炎。
それが推進力となり首無し死体に飛び乗った俺の体は縦横無尽に室内を疾走する。
空中の爆走――その支離滅裂な動きに男たちは付いてこれず翻弄される。
対して俺は隙だらけの男たちを一人、また一人とすれ違いざまに葬っていった。
ある者は切られ、ある者は潰され、ある者は弾かれる。
室内に反響するのは軽快なロックと悪魔達の悲鳴と俺の高笑い。
その様はまるで遊んでいるかのようで、現に俺はこの状況を楽しんでいた。
弱すぎる。あまりのヌルゲーっぷりに欠伸どころか腰やケツさえ振ってみせた。
俺は数十キロあるハルバートをまるでペン回しの様に扱う。
殺された悪魔たちはその身を砂に変え大気中に融けて消えていく。
ひとしきり暴れた後、最後に乗っていた死体も蹴り飛ばし、壁にぶつけて消し去ると、残されるのは兄貴と呼ばれるリーダー格の男一人だけとなった。
「ふぅい――。イカしたパーティーだろぉ?」
「イカれてやがる……」
「そうかい? 俺は楽しすぎてイっちまいそうだぁ~」
「くっ、この変態野郎。調ォ――子こいてんじゃぁ――ねぇ――ッ」
動きを止めた俺にここぞとばかりに男は襲いかかる。
振り上げた槌。それは全膂力を注ぎ込んだ渾身の一撃と言っていい速度で振り下ろされた。
対して俺はハルバートの切り上げで迎え撃つ。
「ヒャッハ――ッ」
激突する両者の得物。舞い散る火花。しかし拮抗は一瞬たりとも起こらない。
男の槌は忽ち飴細工の様に砕け散り、室内に破片となって拡散。
俺のハルバートは初速度のまま男の顔面を顎下から両断する。
「フィニッ~シュ!」
そして背を向けて再び指先で空間を裂くとそのままハルバートを放り込む。
男は直立したままその身を崩壊させ始めた。
同時に俺は床に転がるCDプレイヤーのリモコンを拾い上げ音楽を停止させる。
「一曲ねばれや。この早漏野郎共」
言ってリモコンをベッドの上に放り投げ、部屋のあちこちに脱ぎ散らかしている洗濯物の中から比較的綺麗な、しかし何時脱いだかわからない服を着ていく。
「せんじゃ、さっきローションを使いきっちまった事だし、ちょっくら秋葉の大人デパートまで買いに行ってくっか」
外出の支度を始めたその時だった――
「おおぁあァア――――ッ」
どうやら頭を潰されてもまだ生きていたらしい。男は死んだふりをして、俺が油断する瞬間を狙って襲いかかってきた。
確かに俺は油断していた。だが焦りない。
「ふぅ♪」
俺はその場にしゃがみ込み、足元の長剣――ではなくその横の煙草の箱を掴み取る。
振り抜かれる男の拳。しかしそこに俺の姿はない。
「そんじゃシヴァ、留守番よろしくぅ~」
俺が立つのは玄関の前。左手で男達に蹴破られたドアを掴み上げる。
「ワッフ、ワッフル」
シヴァが俺を見送りに来た。男はもう動かない。勝負は既に決している。
両断された男の頭部。そこに残る双眸が虚空を映す。
「んじゃ、行ってきま――すッ」
俺は軽く右手を振ってドアをドア枠へと叩き込む。
瞬間――その衝撃に男の体は跡形もなく消し飛んだ。