第6話:魔法少女は何処だ、宇宙ステーションだ!?
―― 村神千冬という【主人公】の序章 ――
秋葉原とは萌えの聖地だ。それは今も昔も変わらない。
駅を降りてひとたび大通りに出れば、アニメキャラのプリントされたパネルやアニメ声の店内放送、流行りのアニメソングなどが、並び建つビルを飾っている。
ただ私がこれから向かうのはそんな所ではなく、煌びやかな通りから裏通りに入り、しばらく進んだ先にある怪しい店の連なる所。
アニメキャラの画像を無断転用しているであろうパネル。
夜になると毒々しい輝きを放つ電飾。
そしてカラフルな看板に書かれたふざけた店の名前……。
そこは【ここでは言えないエッチぃ~お店の連なる通り】。
「はぁ、あまり感心しないなぁ。こういうところ……」
私はそうぼやきながら右手の薬指に嵌めているサファイアブルーの指輪を見る。
そこから蒼色の光路が微かな尾を引いてある施設へと伸びていた。
それは御伽噺のお姫様が住んでいそうな外観のホテル。
探し物はこの建物の中、か……。
私は溜息と共に施設内へと足を踏み入れる。
私が今日こんな所にやって来たのはちょっとした人探しの為。
家出少女の捜索――その依頼があったのはちょうど二日前。
その時からだいたいこの展開は予想出来ていた。
この世界には沢山の悪が存在する――というのはこの時代子供から大人まで知る常識だが、なにもそうした事件が奇奇怪怪な存在だけの仕業とは限らない。
なまじ毎日の様に膨大な数の事件が発生と解決を繰り返す所為で一般人はあまり知らないが、早い話が凶悪な事件が怪物、陰湿な事件が人間の仕業だ。
皆は怪獣や宇宙人、魔法使いに超能力者などの悪党が起こす派手な事件ばかりに目が行っているが、その裏ではこういった存在がばら撒く残滓に偶然遭った一般人が悪事に手を染めてしまう事件だってある。
私はそうした事件を専門に扱う【主人公】だ。
そしてこうした犯罪こそ、侮ってはいけない一面も秘めていた。
おおよそこの手の犯罪は【主人公】がいくら活躍しようと人類が滅亡しない限りなくなる事はないのだ。
真の平和を望むなら、真の鬼門は人間の犯罪。
第一前提としてこうした犯罪は異能の有無など関係なしに質は落ちても必ずあるだろう。
そもそもこの世界は、ああいった怪奇なモノが存在せずとも犯罪が多かったのでは? と、有りもしないもしもの世界を想像した。
私が施設内に入ると見るからに普通そうな男性に呼び止められる。
「お嬢ちゃん。ここは子供が入っちゃいけないば……」
最後まで言わせなかった。私は簡単な昏睡魔術を詠唱し、男性を無力化する。
そしてカウンター前でアニメ声の音声案内に従い店内の間取り図を見る。
このホテルはアミューズメント施設かと見間違うほど奇怪な部屋が沢山存在した。
高校教室風の部屋――ここで何を勉強しろと?
電車車両風の部屋――日本人が変態と言われても仕方がない。
廃墟団地風の部屋――あ、これ知ってる。戦場ヶ原さんの家だ。
何だろう。こうした様々な部屋を見ていると、昔夢中になったゲームのマイルームリフォーム機能を思い出す。
そんな思い出のゲームと目の前の光景を比べて複雑な気持ちになるも、個人的にはウォータースライダーのある部屋がちょっと気になった。なんか楽しそう……。
だが今はそんなことはどうでもいい。
目的地は三階……。
宇宙ステーションの部屋だ。
廊下を琥珀色の照明が照らすもやけに薄暗い。
おそらく客が誰かと鉢合わせても顔がわからない様にする為だろう。
途中、電車車両風の部屋の前で足が止まる。
「………………」
一瞬この後の行動をどうしたものかと考えるも、再び歩き始めた。
目的の部屋には直ぐに着く。
私はドアノブに手を添え、指先から冷気を吹き掛ける。
途端ドアノブは氷壊し開閉が自由に。そこから先の行動は迅速だった。
解錠と同時に部屋に転がり込み、立ち上がる。
そして室内の人物に視線を向けようとして、天井一面を飾る満天の星空に目を奪われた。一瞬だけ。
他にも部屋中を埋め尽くす面白味のある調度品の数々。正直一瞬どころじゃなかった。
けれどそれ以外の品は一般的な風俗店にある様なものと変わらない。
ティッシュに避妊具、それに女。それも私が探していた家出少女だ。
しかし少女の目は何故か虚ろで、これまた何故かUFO型の円盤ベッドに腰掛けている。
宇宙ステーションで何でUFO? ばかじゃないの。
「何だお前はぁァ!?」
そして最後に室内に居たサラリーマン風の中年男性に視線が行く。
カジュアルなスーツに身を包み、一見すると真面目な営業マンに見えなくもなかったが、こういう見た目で犯罪に走る男を私はよく知っている。
私は最近流行りのアキバ系アイドルヒーローの口上に習い、腰の括れを強調しつつ、人差し指を頬に添えて明るく宣言する。
「デリバリー魔法少女の千冬ちゃんです♪ 悪い子は、払っちゃうゾ!」
「ちぇ、チェンジで!」
「うちはそう言うのを受け付けておりません♪」
「くっ、あんた【聖なる鎖】か!?」
「ぁ~……ちょっと違うかなぁ~」
「畜生っ!」
男は突然革製のビジネス鞄からドライヤーの形をした一見おもちゃに見える銃を取り出す。
わかりやすい。チープな洗脳光線銃だ。これで少女に良からぬ事をしようとしていたのだと容易に想像できる。
私は冷静に指先に意識を集中。男が持つ武器に向けて力を放った。
撃ち出されたのは目視不能の速さで飛翔する氷弾。
男の武器はその直撃を受けて粉砕。さらに勢い余って背後の壁にも大穴が開いた。
「ひィッ!?」
男は悲鳴ともとれる奇声を発してたたらをふむ。
「ぁ~~あ」
少々力を入れ過ぎてしまった。こういう輩を相手にするとついムキになってしまう。
ただこれで向こうの戦意を完全に削ぐ事が出来たならよかったのだが……。
「ぅあああああああッ」
男は寧ろ怯えて背後に空いた大穴から隣の部屋へと逃げてしまう。やはりやり過ぎたか。
おまけに男はその部屋にあったウォータースライダーに飛び乗り下の階へと行ってしまう。
ぇ!? これ他の部屋行っちゃうじゃん。
その事実にかなり取り乱すも続く私の行動は合理的だった。
「凍れぇ!」
私はウォータースライダーの水源に指先を突っ込み、冷気を流し込む。
途端滑り台の流水は一瞬にして凍り付いた。
同時に下階から聞こえる男の呻き声。どうやら男を捉える事に成功したらしい。
「さて――」
私は凍り付いたウォータースライダーを普通の滑り台として使用。下階を目指し滑り降りる。
先ほど面白そうと述べたが、正直コースが単調過ぎてあまり面白くなかった。
滑り台の終点は一階――ジャングルグ風の部屋。
作り物の観葉植物とコアラやナマケモノなどのぬいぐるみが沢山置いてある。
その部屋で男は池風のプールの中に首だけを出して氷漬けになっていた。
「…………助けてぇぇぇぇ」
その状態で男は今にも泣きそうな情けない声を発する。
どうやらもう逃げられる心配もなさそうだ。
私は外套付きローブのポケットからスマホを取り出す。
「もっしもぉ~~し」
通話相手はしかるべき組織の人間。
一分弱の短い通話の後、私はしゃがんで氷漬けの男の顔を覗き込んだ。
「というわけで選手交代です」
「ぇ? チェンジ?」
「はい、今からデリバリーポリスが来ます♪」
男は項垂れた。