第46話:小さな目撃者
その少年は全てを見ていた。
暁の攻撃によって倒壊していくビル。
その間に割って入り、ビルを受け止めようとした葉佩。
彼はビルの下敷きになりかけて千冬に救出されたあの時の子供だった。
少年はその時、暁のテレキネシス能力で身動きが取れなかったが、何故が意識を失う事はなく、事の一部始終を目撃していた。
それが如何なる理由によるものかはわからない。もしかしたら少年も今はただの一般人に過ぎないが、【主人公】としての何かしらの素質を持っているのかもしれない。
だが今はそんな真偽はどうでもいい。大事なのはこの少年にとって自分を救おうとしてくれた葉佩が、沢山の【主人公】達の攻撃を受けていたという事。
少年は葉佩が悪人でない事を知っている。故にこれは明らかに間違った光景だった。
「やめて!」
少年が今居るのは既に魔物達を駆逐し、安全が確保されているビルの屋上。
彼は柵から身を乗り出して叫ぶも、その声は誰の耳にも届かない。
そんな中――背後で扉が開閉する音と共に全身を迷彩色のプロテクターに包んだ数人の【主人公】が現れる。
その手には凶悪なデザインをした重火器。中には少年の身の丈を越す程のライフルもある。
彼らは少年を無視して屋上の端に陣取ると、一人が通信機らしき物で誰かと会話を始める。
「こちらホーク。目標を確認した。これより攻撃に移る」
「!」
そして構えたライフルで白銀の人狼を撃とうとしているのだと悟った。
「やめてっ! 違うっ! あの人は悪い人じゃない。僕を助けようとしてくれたんだ。だから撃たないで!」
少年は叫び、飛び出して【主人公】達を止めようとする。
だがその瞬間、異変が起きた。
周囲の空間が微かに歪んだ様な現象。だがそれは錯覚ではない。
この時、銃を装備した【主人公】達が、皆揃って動かなくなったのだ。
「………………ぇ?」
それはまるで少年以外の全て、時間が止まったかのよう……。
だがそうではない。
「なかなか興味深い子ですねぇ」
まるで気配のなかった方向からそう囁かれ、少年は慌ててそちらを向く。
そこには純白の髪、肌、装いをした、少年と同年齢くらいの少女が立っていた。
だがそう見えるだけで本当は自分よりずっと年上であるかもしれないと少年は思う。
この世にはそういった存在が沢山居る事を少年は知っているし、何より少女が放つ存在感が自身と同類の存在であるとは到底思えなかった。
「お姉さん、何?」
その言葉に少女は微笑む。
「この世界の女神、とでも言っておきましょうか?」
その言葉に偽りはなく、彼女は正真正銘の女神。
だが彼女が司るのは御伽噺の様な安息ではなく、争いという名の混沌。
そうとも知らない少年は少女に向け助けを求める。
「ならお願いします。女神様、あの人を助けて!」
それに少女はさぞ楽しそうに、悦に浸る様な表情を浮かべて回答する。
「そうですねぇ……。逃がす手伝いは致しましょう。ですが、それ以上の事はしませんよ?」
出来ないのではなくしない。その言葉に少年は意味がわからなくなる。
「どうして!?」
「それは彼が大切な【悪役】だからです」
「【悪役】?」
「正義と敵対し、争うべく為に存在する相対的悪」
「悪? そんな、あの人は悪い人じゃないよ!」
「ええ、そうでしょう。でもそれは貴方にとってだけの話です」
「なにを……?」
「善悪を決めるのは常に周囲の人間の立場、視点、知識量です」
少女は少年を諭すように話す。
葉佩は言った。誰だって【主人公】になれると。それは正しいとネイコスは思う。
だがそれが善か悪かを決めるのは何時だって他者なのだ。そもそも――
「この世界に絶対的悪、そして正義なんてモノは存在しません。あるのは相対する悪だけ」
ただ暴れる事しか能のない低脳な悪や単純な欲望のみで行動する底の薄い悪がこの世にはどれだけいることか。そんなモノはそうそういない。
遠い宇宙から地球を侵略しに来た宇宙人だって、その目的は絶滅しかける同種の救済だったり、それに雇われた存在だって相応の理由を背負う生命体だったりする。
まさしく【主人公】とは個人の思想。
他者の為に一歩を踏み出せた者は誰だって【主人公】であり、単純な話し異能など持たぬテロリストのリーダーだって、組織内では【主人公】だ。
そんな者らがこの世には沢山いて、相容れないモノ同士が争い合う。故に相対的悪。
そして葉佩が【世界】と戦い、人類の正義として君臨する【平和の鷹】に敵対するなら、何も知らない者らに【悪役】として見られるのは通り。だが……。
「そんなのおかしいよ! あの人は悪い事をしてないのに」
この少年にとってそれは納得出来るものではない。
「ええ、そうでしょうね。彼は勇敢で、そして悲しい。だから私は愛しいのです。他の誰でもない、【世界】に対する【悪役】となってくれたあの人が」
「ッ!」
「気に入らないですか? なら貴方も戦えばいい」
「戦う……?」
「そう。この世は争いこそが本質。なら気に入らないモノにはそれを正す為に戦う役に着けばいい。この場合、あの人と同じ【悪役】という立場ですけどね」
そして少女は少年の両頬に両手を添え、瞳を覗き込む。その色彩が七色に変化した。
「貴方はまだ幼い。ですが暁君の能力に少なからず抗がった力がある。きっといずれ素晴らしい役者になれます……」
少年はこの時、ようやく少女が悪しき存在である事に気付く。
「離してっ!」
少年は少女を突き放す。同時に彼女の瞳に自分の怯えた表情を見た。と――
「今――貴方に呪いをかけました。貴方はこれから先、今日ここで見た事を誰にも話す事は出来ない」
「…………!?」
少年は驚く。何故なら今この瞬間から自身の口はあの人に対する弁明の言葉を一切口に出せなくなったからだ。
「ぁ、ぁぁ……っ」
まるでその事を喋ろうとすると自分の頭から言語という概念が消滅してしまうかの様な感覚。
過去経験した事のない経験に言い知れぬ不安が心を支配し、少年は後退る。
そんな少年に少女は嗜虐的表情を浮かべながら詰め寄る。
「ところで、貴方の名前――教えて頂いてもよろしいですか?」
その問いに少年は操られる様に答えさせられた。
「ぇ、えん…………りょう、ま」
「…………そうですか。それじゃありょうま君。待っていますよ。貴方もいつか私の愛すべき役者の一人となってくれる日をね。それではぁ……♪」
そして少女の輪郭はぼやけ、数秒経たずして跡形もなく消滅する。
そして、時は動き出した。
「どういう事だ!? ターゲットロスト!」
ライフルを構えていた【主人公】が取り乱す。
彼らが停止している間にあの人は空の彼方へ飛び去った。
そうとは知らぬ彼らは通信機で誰かと連絡を取り合いつつ状況を確認している。
だが彼らが真相に辿り着く事はないだろうと少年は思う。
無論少年も呪いによって彼らに真実を告げる事は出来なかった。
◇ ◇ ◇
『葉佩さん。初めての【主人公劇】お疲れ様です』
ネイコスが念話を通じて葉佩に無理やり語り掛けている。
『大変楽しいモノを見せて頂きましたよ。最後の一撃なんて見ていてとても興奮しました』
彼女はわざとらしく声を上気させてみせた。
しかし葉佩は一言も返さない。完全に彼女を無視する。
それでもネイコスはそんな事など御構い無しに一方的に喋り続けた。
『それでですね。あなたに是非伝えておきたい事があるんです……』
そして――
『昨日貴方の家に私の役者達がお邪魔しましたよね?』
その言葉に葉佩が微かに息を飲む気配を察してネイコスが微笑む。
『安心してください。もう貴方の家に私の役者や【主人公】が襲撃を仕掛ける事はありません』
ネイコスはそう言い切った。同時にその理由も添えて――。
『私たちは良き闘争相手です』
ネイコスはまるでスポーツの対戦相手の様な気軽い口調で言う。
『私達は他の【主人公劇】の様に相手を滅ぼす事が目的じゃない。戦い続ける事に意味がある。そうであるなら舞台外で役者同士が殺し合うなんて無意味でしょう? 何より私はそんな事を喜ばない。だから葉佩さんは安心して日常生活に送ってください。また我々に相応しい舞台が整いましたら、招待しますよ?』
そして最後にこう締め括る。
『それでは御機嫌よう。今回はこれにて閉幕です』
ネイコスはそれきり念話を終え、気配も遠ざかる。
結局、葉佩は最後まで一言も喋らなかった。
同時に葉佩は振り返り背後を見る。
追っ手の姿はもうない。
「……………………」
彼の戦いは――これで本当に終わったのだ。




