第43話:我コソ世界ノ絶対悪
俺は一瞬にして絶体絶命の状況に追い詰められていた。
「おしかったな。あと一歩だったのに……。だがこれで終わりだ」
暁がそう言ってサーベルを抜き、ゆっくりと歩み寄ってくる。
俺はそれを前にしても指一本動かす事が出来ない。
意識さえ遠のきかけて、体は既に限界を迎えていた。
このままでは、俺は数秒経たずして再び暁に殺される。
しかしそうとわかっていても体が動かない。
俯く俺の視界にとうとう暁の脚が映った。
「くっ……」
しかしその瞬間、それは起こる。
―― 『御主人……』 ――
「…………!」
再び聞こえたミアの声。幻聴なんかじゃない。
俺は確かに彼女の声を聞いた。
俺は辛うじて途切れかけた意識を保つ。
―― 『まだ終わってない。そうでしょ……』 ――
「…………」
その言葉に頷けたかどうかはわからない。
だが世界に溶けたミア。その世界に包まれる俺にその思いが届けられぬはずなどなかった。
俺は最後の気力を振り絞り、微かだが指を動かす。
―― 『信じて、私を――』 ――
「…………」
ーーそれに理由など、必要なかった。
同時に振り下ろされるサーベル。
俺は彼女の声に導かれる様にして、限界を――超える。
「ミアアァアアアアアァァ!」
見上げた眼前の空間を歪め液鋼を召喚。動けただけでも奇跡に等しい。
だが現れた液鋼もまた微量。硬化も形状変化も出来ないただの粘性の塊。
しかしそれは切りかかるサーベルの勢いを確実に削いだ。
結果、サーベルは俺の額に食い込むだけに留まり、絶命の一撃には届かない。けれど――
「が、ぁあァアアァァ――――ッ!」
激しい激痛。吹き出る鮮血に視界が染まる。
「っ、この死に損ないがァ!」
暁はサーベルを押し切ろうと力を込め、対する液鋼も最後の力を振り絞り、サーベルを抑え込もうと絡み付く。
眼前で展開される血飛沫と火花。
まるで研磨機に頭蓋を削られる様な衝撃と轟音を撒いて徐々に俺の頭蓋に刃筋が沈み始める。
体は動かず、死は目前。
だが俺に恐怖はなかった。無論諦める気など毛頭ない。
俺はミアを信じて――――それを見る。
「――――――!」
世界を満たすミアの光。それに照らし出された勝利の道標を……っ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺は周囲、広範囲に渡り、地上の空間を微かに歪め、そこから数滴の液鋼を出現させる。
今の俺には奇跡であってもこれが限界。だがそれで充分。
上空へと舞い上げた液鋼で俺が作り出したもの――それは鏡。
―― 『――【生成】――』 ――
その呟きに、勝負の天秤は――
―― 『「――【太陽の如き光の力】――」』 ――
――再び傾いた。
空で瞬いていた鮮やかな光。
それが彼方此方で一瞬だけ地上を照らす。
そしてその全ての到達点に鏡はあった。
光はそれに反射し地上を走る。
それはまるで先日自宅の庭で見た【半永久機関】の様に、数多の光線が盤の中央に方陣を成して集まる様に、七色の光路はその中心に居る俺の元へと集う。
「これは!?」
暁が咄嗟にその光を警戒し後ろに飛ぶ。
それは正しい判断。逃げ遅れたサーベルは光を浴びて溶解した。
「――――!?」
その光はまるで破壊の光線。
触れたものを慈悲の欠片もなく溶かす破滅の陽光だ。
だがそれは俺以外に限っての話。
ミアの与える逆転の恩恵がそんなもののはずがなかった。次の瞬間それは起こる。
「なッッ!?」
暁の驚愕の声。
光を浴びる俺の体にあった無数の傷が瞬く間に治癒していく。
数秒経たずして俺は再び立ち上がった。
「っ、何だそれはァ!」
暁は咄嗟に近くに転がる瓦礫を能力で投擲する。
が、それは俺の体に触れるなり蒸発。
「!?」
思わず暁は後退するも今度は白衣を投げつけた。
目眩しではない。その裏地には隠された無数の手榴弾が――。
瞬間、至近距離での爆発。
暁はさらにテレキネシス能力で俺の周囲に爆発を圧縮し、包み殺そうとする。
滞留する爆炎に光路は断たれ、さらに暁はそこにすかさず拳を振るう。
拳は爆炎の中の俺に命中した。
「どうだ! これなら……………っ!?」
しかし暁は拳に伝わる感覚に違和感を覚え、表情を歪める。
顔面を粉砕したと思えた一撃。
しかしその拳を包む感触が――それは手。
「!?」
途端炎を貫いて現れる俺の拳を暁は逆の手で受け止める。
だが暁の顔は攻撃を止めた後も驚愕に染まっていた。
それは俺に反撃を返されたからでも、その威力が思いの外強かったからでもない。
その拳――腕を覆う、白銀の鎧。
「これは……!」
そして奴は気付く。
目の前に居る存在に。
揺らめく炎。その中で赤い眼光が輝いた。
その時――
俺は――俺達は――
「『ぅぉおおおおおおおおおおおおおおッ!』」
紡ぎ出される己とミアの二重奏。
それに乗って、俺の体は炎の中から飛び出す。
振り抜かれる拳に暁の目が見開かれた。
しかし、もう遅い。
暁が目にしたもの。それは復活を遂げた白銀の人狼。
風を切る一撃。俺の拳が暁の胸へと届く。そして――
「――――!!」
その一撃に暁の体は白銀の尾を引いて打ち出された。
それは超音速に等しく、暁は悲鳴さえ上げられず、廃墟と化すビルに激突。
爆発と共に舞い散る残骸。しかしそこに暁の意思はもうない。
瓦礫は全て本来あるべき物理法則に則って拡散した。
押し寄せる土煙りもそのまま通り過ぎる。
今の一撃で勝負は決したと理解した。
そして未だ拳に残る感触を握り締めたまま、俺は何処にともなくこの戦いを見ているであろうネイコスに語りかける。
「おい、ネイコス……」
気配はない。だが彼女はこの世界そのもの。この声も聞こえているに違いなかった。
「役者が欲しいって言ったな」
それはあの俯瞰世界でネイコスが俺に持ちかけた復活の対価。
彼らは自分達専用の悪を欲している。
そして俺は決意する。
「買ってやるよ」
俺は彼らに戦線布告した。
返事は期待していない。
これは己自身に対しての誓い。
俺は彼らと戦う理由が生まれた。
いくら【世界】がこの世の争いを望んでいようと、この世界に溶けたミア、彼女がそんな事を望んでなどいない。
俺は彼女の包むこの世界を変えたい、そう思った。
争いを望む者がいない、そんな世界へと。
その為に――
「お前ら、邪魔だ」
このくだらない【主人公劇】を終わらせる。
それが俺自身に課した【終劇】。
例えそれが世界に対する絶対悪だとしても。俺はその為に戦う【主人公】となると決めた。
この瞬間、俺は俺自身の意志をもって奴らと戦う存在となる。
そしてここに――神崎葉佩という、世界と戦う一人の【悪役】は誕生した。




