第41話:Q.主人公それでいいのかい?
ロードローラー共々落下する最中、俺は辛うじてその下から脱出に成功する。
着地後は転がるようにしてその場から離れた。
階下には上階と同じ造りのフロアが広がっており、ロードローラーはそのままこの階の床も破壊し、ビル全体を揺らしながら下階へと消えていく。
そして天井に開いた大穴。そこから暁は悠然と舞い降りた。
「ロードローラーなんて、随分ふざけた物を武器にするじゃねぇか……」
俺は歯噛みし、片膝をつく。
「ふざける? そうか、お前は知らないだろうが昔はこうした物を武器に使う男が登場する漫画があったんだよ。俺がわざわざ時間を止めた様な戦い方をするのも、そのキャラクターの影響かな? お気に召さなかったかい?」
「っ、随分と、傍迷惑なキャラクターだぜ……」
そして俺は鎧に出来た傷も癒えぬまま立ち上がる。
周囲には上の階と同じで暁の武器となりうる机や椅子、瓦礫が大量に散乱していた。
暁は再びそれらに命を吹き込み従える。
「……くそがっ」
それを視界に収めつつ、俺はこの状況を冷静に分析した。
襲い来る机や椅子はいくら破壊しようと意味はない。
それらは不死身の使者に等しく、例え灰になっても活動を続ける。
そして、そうなる事はこの状況の更なる悪化に他ならない。
俺の視線がガラスの割れ、開け放たれた窓の方へと向く。
ここが暁にとって有利な場所である事は自明の理。
本来ならばここから脱出し、外の広い空間――それも先程のような上空での戦闘に移るのが定石なのだろう。
だがそうした場合、暁は間違いなくまた地上の人間を人質にとる。
それではさっきの繰り返しだし、関係ない人間を危険に晒す事になる。
そんな事、出来るはずがなかった。
ならばここで戦う他に道はなく、俺がこうして棒立ちしている事は愚の骨頂。
しかし――
「くっ!」
踏み出そうとした脚に激痛が走る。体が動かない。
先程のロードローラーにやられたのだ。
同時に体力の限界も近い事を悟る。鎧の再生速度が遅い。
「愚かだな。その様でまだここで戦うつもりか」
そして、そんな俺の考えは暁に読まれていた。奴は俺をあざ笑う。
「お前は典型的な二流主人公だ。その考えは単なる弱点でしかならない。大した力も無い癖に他者を気に掛け、自身を危険に晒してでも救おうとする。そしてピンチになる。こんな風に――」
襲い来る机に傷付いた両腕を盾にするもフロアの隅まで吹き飛ばされる。
「お前には何でも出来ちまえる反則的主人公の才能は無い……」
続いて床に開いた穴から落ちていったロードローラーが這い出てきた。
着地と同時にその重量に床が軋む。
既に壊れていても関係ない。それは暁の意思に従い永遠に動き続ける。
身動きが取れない以上、それを受け止める以外に道は無く。この状況はまさしく絶体絶命。
だが――
「お前は、根本的に間違ってんだよ……」
俺の口は自然とその言葉を口にした。
「フィクションじゃねんだ。【主人公】を配役みたいに言ってんじゃねえ」
俺と暁は【主人公】という考えか根本から違う。
「【主人公】は思想だ。強いからとか。誰かに必要とされているとか。戦う相手がいるからとかじゃない」
例え体が動かなくとも俺は闘志を失わない。
「大切なのは己の意思」
こいつはそれを忘れている。
だから【主人公】という役に取り憑かれた悪人なのだ。
「その心さえあれば、例え強力な異能なんて無くても、誰だって【主人公】になれる。お前は例え世間に認められて再び【主人公】になれても、人類にとって、争いをばら撒く災害だ」
その言葉に暁の柳眉が吊り上がる。
「面白い意見として覚えておこうか……。だが、これではっきりした。やはりお前とは相容れない」
暁の瞳に殺意が籠る。
「一度も役に上がった事の無い小僧の戯言だな。俺は利のある方を選ぶ」
動き始めるロードローラー。
それはダンプカーの如き勢いで俺を轢殺せんと迫り来る。
「お前のそれはやはり弱点だ。くだらない善意を抱いたまま死ね!」
その光景を前に常人なら戦意を喪失しておかしくない状況だった。だが――
「ちげぇ…………」
この時の俺は違った。
「違ぇよ……ッ!」
本来なら、もう動けるはずのない体。それを動かす。
俺は拳を、固く――硬く――堅く握り締め、肉体を縛る痛み。それを搔き消した。
「人を救おうとする事。それは俺にとって弱点なんかじゃない……」
次の瞬間だ――
「――――っ!?」
フロア全体が激しい揺れに襲われる。
地震? ――否、この建物は今宙に浮いている。
では、何なのか。
答えは、俺の能力。
俺の脳裏にミアのあの言葉が蘇る。
『――皆を、救って――』
「――強さだ」
瞬間――その震源は床を貫いて現れた。




