第34話:謎の薬を飲んだ二人のマッチョが目の前に居るんだが、僕はもうだめかもしれない
「何者だ!?」
男が只ならぬ者であるのは疑いようがなく、【主人公】の中でも間違いなく強者の部類に入る者だろう。ただ――
「なぁ~に、通りすがりのイケメンだよ」
徹の問いに俺はチャラけた態度で応じる。
「ちょっと、あなたねぇ!」
それに仮面ナースが食ってかかった。
「ダンディーですって? 失礼ね。あたしは可憐な乙女よ!」
そっちかよっ。
「…………そうかい。そいつは失礼したな。ただそんな可憐なら、いずれその仮面を引っぺがして素顔を拝んでみたいもんだぜ」
「あらぁ~ん♪ 強引ねぇ。でもそういうの、嫌いじゃないわよ」
などとわけのわからない会話を始める。
「ホモってんじゃねぇ!」
「ホモってあんたねぇ……」
「今はそんな事してる場合じゃねぇだろ!」
徹が釘を刺す。
「…………わ、わかったわ」
「そういう事なら俺はもう行かせてもらうぜ」
乱入してきた男は再びバイクに跨りエンジンを吹かせる。――と、
「そうだ。あんたら強そうだからよ。かったらこれ使ってくれ」
言って徹と仮面ナースに二つの小瓶を投げてよこす。
「?」
二人が視線だけで疑問符を示すと男は補足する。
「さっき猿型の魔物を何匹か倒してたらそん時に手に入れたんだよ。どうやらゲームでいう所の肉体強化剤みたいな効果があるみたいだ」
「ほう」
「つまりバイアグラね」
「違うだろ……」
徹がその瓶の中に溜まる液体を眺め、昔見た記憶を思い出す。
確かに、昔自分が居た世界にはこんな物があった。値段はめちゃくちゃ高かったが。ただ……。
「お前、これ俺たちに渡しちまってもいいのかよ?」
「ぁあん? 俺はそんなもん使う必要ねぇよ!」
男は大した自信の持ち主だ。
「……そうか。じゃあ貰っとく」
「ありがたく使わせてもらうわ」
そして徹は瓶を懐に、仮面ナースはパンツの中にしまう。それを見届けて――
「それじゃあ二人共、グッドラ~~ク」
男は軽口を残してバイクを発進させた。
二人はその後ろ姿を見送る。
「いい男ね。昨日の変態仮面とは大違いだわ……」
「変態仮面? そりゃお前だろ」
「はぁ!? 失礼ね! 私は戦ってる最中に裸になったりなんかしないわ」
「ィつッ!」
蹴られた。
仮面ナースは今の男がその変態仮面であった事にも気付かずに……。
「♪~」
興奮したのかクネクネと気持ち悪い動きをする。が――
「おい、ふざけてる時間はないぞ!」
徹が叫ぶ。その言葉が指し示す通り、上空にはこちらを俯瞰する羽付きの猿共。そして地上には甲殻蜘蛛の大群。更には先程の人狼種の姿も何体かあった。
「っ、まだ居るのかよ」
「前途多難ねぇ~」
「おい、早速使うぞ」
「ぇ、もう?」
「出し惜しみしてもしょうがないだろ。だいたい今が情念場だ」
「それもそうね」
そして二人は躊躇わず、先程しまった瓶を取り出し、液体を飲み干す。
途端二人の体は紅蓮の覇気に包まれた。
「昔は高価で買えなかったがこいつはスゲェな。負ける気がしねぇよ」
「本当♪ 戦闘用なのが勿体無いくらいだわ」
そしてこの瞬間、二人の姿が――消える。
否――そう見えた。
そして魔物達の恐怖劇が始まる。
二人の体は今、肉体強化剤によって人間を辞めていた。
「ぶらぁああああぁぁあああぁぁあッ!」
仮面ナースが獣さながらの雄叫びを上げて何処かを突っ走る。
何処か? 彼の姿が見えない。瞬間移動? 違う。速すぎて見えないのだ。
彼が駆け抜けた先では次々と爆発が起こる。
それはあらゆる場所で連続して発生。爆撃の嵐を生む。
舞い上がるのは魔物の死体。
しかしそれは爆発に遭う前から既に死んでいた。
理由は仮面ナースの突進。それが凄まじく。まさしくミサイルに匹敵する威力を持ってして、ぶつかると同時に敵をミンチへと変えるからだ。
彼は地上を走り回るだけで一撃必殺の化物と化している。
「マッスルマッスルマッスルマッスル」
意味不明な言葉の羅列を連呼して、仮面ナースは地上の魔物を蹂躙する。
では徹は何処にいるのか?
途端上空から血飛沫と共に肉塊が落ちてきて地面を汚す。
瞬間移動で空中戦が可能な徹は上空で猿共を狩っていた。
その超絶瞬間移動は誰もその姿を捉える事は出来ず、空間の揺れさえ感じさせない。
最早この場に存在する事実さえ観測させず、彼の攻撃はまるで魔物達がひとりでに粉砕されていく様にしか映さない。
その存在無き破壊者には誰も攻撃を当てる事も、避ける事も出来なかった。
爆殺の仮面ナースに瞬殺の徹。双方無双の共演は続く。
だが唯一、その共演に対応出来るモノが居た――例の人狼種。
流石と言えば流石だが、しかし今の二人にとってそれさえ脅威となり得ない。
少しその気になるだけで、その敵をどうこうすることなど容易。
仮面ナースは路上に転がる電柱を拾い上げ、この時――初めて攻撃をする。
今まではただ興奮して走り回っていただけなのだ。
真横に振るわれる電柱。それを人狼は垂直跳びで回避。
直後鉤爪を振り上げて着地と同時に仮面ナースに切り掛かろうとした。
しかしその電柱に一瞬にして飛び乗る影の姿が――徹だ。
彼は次の瞬間電柱と共に消え――人狼の頭上に現れる。
「――――――――――ゥガァ!!?」
横薙ぎに振るわれていた電柱の軌道が一瞬にして縦方向に変わる。
電柱は人狼の頭にめり込み、その規格外の圧力で地面に激突。
深紅の水溜りを作り絶命した。まさしく瞬殺。
「どんどん行くぜ!」
「マァ――――ッスル! マァ――――ッスル!」
二人は今、己の覚醒した力に酔いしれている。
例え全裸のねぇーちゃんに応援されたって発揮出来ない程の力の行使だった。
再び振るわれる電柱。
その打ち下ろしの一撃に対しもう一体の人狼は右に飛んで回避しようとする。
だが途端その懐に出現する影――最早誰かは論ずるまでもない。
「避けるなよ。犬っころ!」
「――――ガァ!?」
徹の手が伸びる。一瞬にして人狼と徹の姿が消えた。
次に現れた時、人狼の目には己の体を引き裂く電柱の存在が…………!
徹は人狼の体に触れ、仮面ナースの攻撃圏内に連れ込んだのだ。
人狼はたちまち肉塊となり、路面に死体をぶちまける。
その光景に、未だ存命する数少ない魔物達は、己の命運が尽きた事を悟った。
「あははははははははは――ぁぁぁ、あたし達ィィイッ!」
「笑っちまうくらい強ぇエ――――ッ!」
今――この二人の無双を止められる魔物は、この街の何処にも存在しなかった。




