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第31話:さよなら御主人

 ネイコスの誘いを受けた俺は、その選択を迫られていた。

 それはこのまま人として死ぬか、魔物となって復活をするか。

 だがそもそも俺に選択の余地などない。


「悩みますか? このままでは貴方の大切な家族が死んでしまうというのに?」

「…………」


 ネイコスにもそれがわかっている。

 彼女は地上を指差し、俺はそこに吸い寄せられる様にして視点が移動した。


「父さんッ」


 そこでは父が沢山の奇形蟲を相手に戦っている。


「見えますか? 今は善戦していますが、些か数が多い。長くは保たないでしょう」

「――――くっ」

「さあ、早く戻って戦わなくていいんですか?」

「俺は……」


 そうしている間にも、一匹の奇形獣が未だ意識を取り戻さない燈華に向かって走り出し、腕から生えた湾刀を振り上げる。

 父は何かを叫ぶとリュックから包丁を持ったヘチマアザラシを投擲。蟲の後頭部に突き刺す。

 もう時間はあまり残されていなかった。


「俺は――ッ!」


 俺は体内に宿る魔物の波動に意識を向ける。

 最後の一撃の為に魔物と深く交わった俺にはわかる。

 魔物はもう抑圧の効かないレベルまで俺の体を侵食している事を。

 奴は早く俺の体を乗っ取り蟲共を蹂躙したいと疼いている。

 今ネイコスの力を借りて復活を遂げた所で俺の体を操るのはもう俺の意思ではない。

 体を乗っ取った魔物の意思だ。

 ならば例えこれで蟲共を一掃出来たとしても、父達の安全が保証されるとは限らない……。

 だがそんな事もネイコスにはお見通しだった。


「御安心を。貴方の家族には危害を加えさせないと約束します」


 その間も目の前では父と蟲達の戦いは続く。

 父が一匹の奇形蟲にドロップキックを食らわし、その蟲は室内の端まで吹き飛ぶ。

 が、その際一発の毒針が放たれ、父の胸に命中。


「父さん!」


 それは昨日、俺の意識を奪ったあの猛毒。

 しかし間一髪、父は胸ポケットに入れていたスマホのおかげで致命傷を免れた。


「さぁ、早く」


 ネイコスの催促。


「――っ」


 彼女が再び右手を差し出した時、そこには黒く濁った球体上の輝きが存在した。


「これを掴めば、貴方は魔物となって復活する」

「…………」


 どうしたところで俺はもう助からない。

 ならば躊躇いなどに意味はなかった。


「わかった」


 俺は光へと手を伸ばす。

 そして指先が彼女の力に触れようとしたその時――


「待ってくださいッ!」


 その声に俺の動きは止まった。


「ミア……?」


 振り返ると、そこには今まで画面の中でしか見た事のなかった彼女が目の前に立っている。


「どうして、ここに……」

「助けに来ました」


 彼女は俺の許に歩み寄る。


「貴女は……何……?」


 そんな予期せぬ闖入者にネイコスは顔を曇らせる。


「私はミア――御主人の嫁です」


 そして挨拶をそこそこに、彼女はネイコスへと語りかけた。


「貴女がネイコスさんですか。もっと凶悪な面の鬼女かと思っていましたが、まさかこんな美少女とは――」


 ミアはネイコスの事を知っていた。


「何故私を?」

「私は世界中のネットワークを踏破出来ますからね。過去の事件を色々と見ていると、思いの外事の発端が出来過ぎているモノが沢山あるんですよ。それを調べていく内にこの世にもし黒幕が居るとしたら、それは貴女の様な存在だと、見当はつけていましたよ。まさかそれが実在して、尚且つこんな事件を起こした張本人だとは夢にも思っていませんでしたが」


 そして二人の少女は対峙する。


「そんな貴女がここに来て何を?」

「言ったでしょう? 御主人を助けに来たと」

「貴女にそんな力があるとでも?」

「私個人にはありませんよ。けど――」


 俺の視界にそれは映る。

 研究エリア内にある白銀の球体。

 それが徐々に輝きを増し、色の識別さえ出来ぬ光量を纏い始める。

 そして節々に取り付けられた無数の眼球に似た装飾が一斉に此方を向いた。そして――


「その、道標にはなれる」


 瞬間――球体から放たれる光路がミアを直射する。


「これは――ッ!?」


 光は彼女の体に当たるなり弾け、白銀の粒子となって周囲に拡散した。

 それはまるで鏡の様な煌めきを発しつつ室内を満たす。


「くぅ――ッ、ぁあ!」


 ネイコスはその光を忌避する様な声を発して姿を消し、その輝きは少しずつ俺の体内へと吸収されていく。

 そして俺は己の体に起きたある変化に気付かされた。

 体内で荒ぶっていた魔物の波動が徐々に静まっていくのだ。

 魔物は光の力によって抑圧されていた。

 そしてそれに反して俺の体には新たな力が宿る。

 それは光粒が秘める膨大なエネルギー。

 それが俺の体を魔物とは別の存在へと昇華させていく。

 本来なら肉体が耐えきれない程のエネルギーの供給。

 それをミアは自身がフィルターとなる事で可能にしていた。

 しかし俺は同時にある事にも気付かされる。


「ミア!」


 彼女の姿が徐々に薄くなっている。


「どうした! 一体何が起きてる!?」

「はは……どうやらお別れみたいですね……」

「お前ッ! 何を……」


 ミアのがは光と一緒に微粒子となって溶けていた。

 漠然とした不安が脳裏を過る。しかし――


「大丈夫です」


 その光景に取り乱しかけた俺をミアが制する。


「私がこのまま消えてしまっても、決して居なくなったとは思わないでください……」

「何言って……」


 ミアが俺を抱き締める。


「私は御主人の側に居ます」


 ミアの瞳に俺の顔が映る。


「私の溶けた世界は何時だって御主人の事を包んでいます……」


 だから――


「生きてください――戦って――皆を、救って――」


 そして俺の意識は球体の中へと吸い込まれ始める。


「大好きです。御主人。さようなら」

「ミアァァッ――――…………!」


 全ての音と光が消失していく中、俺はミアの頬を伝う涙と、彼女が微笑みを浮かべながら世界に溶けていく光景を見た。そして――

 俺の意識は、現実へと回帰した。



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