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第29話:ファインド・オブ・ザ・ワールドマインド

 世界が《ある力》によって包まれているのを見た。

 それは憎悪や争いといった負の感情が生んだ悪しき心の波動。

 世界はその力によって作られた無数の触手によって舐め回される様にして存在していた。

 今――俺は何処か遠くの場所から街を、国を、世界を、地球を俯瞰している。

 ここが何処かはわからない。

 暗闇の空間の中――俺は一人漂っていた。

 俺は死んだのか。はたまたこれから死ぬのか。

 暁に心臓を貫かれた時の記憶が蘇る。

 あの時、意識を失った瞬間から俺の意識はここに在った。

 今の俺は例えるなら肉体から自我が離れ、幽体離脱をしている様な感覚に近い。

 その状態で俺は本来見るはずのないモノを見る。

 それはこの世界に存在する無数の生命が宿す光。

 地上では沢山の色彩の輝きが存在し、俺は何故だがその光が示すそれぞれの意味を理解することが出来た。

 人々が放つ白い光。妖怪に精霊、邪神に悪魔、亜人が宿すのは赤や黄色、緑に青と色とりどりの輝きがあった。この世界には沢山の種族が存在するのだと改めて認識する。

 そして俺は不意に――《その存在》に気付く。

 こちらを見つめる、ある存在の視線に。

 気配につられて地上を見ると――そこには何の輝きも発さない一人の少女が立っていた。

 純白の髪と同色の肌を持つ無色透明な少女。


「何だ……?」


 少女は俺と目が合なり一瞬微笑んだ様な仕草を見せると、宙を泳ぐ様にして此方に近づいて来る。


「珍しいですねぇ。お客さんですか」


 少女は近すぎるほど顔を近づけて俺の顔を覗き込んできた。


「……!?」


 驚いた俺は咄嗟に身を反らすも、少女はそんな俺に更に微笑みかけて身を寄せてくる。


「何だ……君は?」


 少女の正体は今の俺の感覚を持ってしても理解する事は出来ない。

 だが彼女がその身に纏う空気はこの世界を包む負の波動と同じ質を有していた。と――


「ネイコスと申します。初めまして」


 少女は自らをそう名乗る。


「ネイコス……」


 そしてその言葉の指す意味を俺は知っていた。

 それは《争い》に《憎悪》――今この世界を包むモノと同質の存在。で、あるのなら――


「もしかして、君が世界をこんな風にしているのか?」


 この位置からだとよく見える。地球はまるで負の触手に舐め回される飴玉だ。

 触手に舐められた箇所ではまるでそれが定めであるかの様に争いが起きている。

 俺の眼には、まるでこの少女がその身から発する負の波動がこの世界を包でいる様に見えた。

 が、しかし――


「違いますよ」


 彼女はそれを否定する。


「でも……」


 続く言葉は、彼女の発言よって飲み込まれた。


「これは世界自身が望んでしている事です」

「何を……。ぁっ――――!?」


 ――そして気付かされる。

 それは少女から溢れ出る負の波動が世界を包んでいるのではなく、世界そのものが発する負の波動が目の前の少女を創っているのだと。


「これは、一体……」


 答えに窮する俺に、少女は自らの正体を明かす。


「私は遠い昔――この世界に生まれた負の感情を司る女神です……」


 そして語る。その過去。姉――ピリアとの悲劇。その結末。そして――


「今は――世界そのもの、と言ったところでしょうか……」

「!?」


 その後の、自らの末路を…………。

 ピリアがこの世界を去った後、ネイコスはピリアの世界に干渉できぬよう肉体を奪われ、単なる霊体としてこの世界を彷徨った。

 そして時が経つにつれ、自我は少しずつ世界に取り込まれ、ただの現象へと変わっていく。

 彼女自身――このまま自分は消えて無くなってしまうものと思っていた。

 だが最後の自我がこの世界に溶け、意識が地上を離れた時、彼女が辿り着いた先は虚無ではなかった。

 それはこの世界の深部――。

 元々この世界を創る力の一端であった彼女は――世界に飲まれて消える事などなかった。

 そして彼女は世界と溶け合い一つの存在となる事で、再び地上へと回帰する。

 それはもうこの世界で暮らす女神などではない。まさしく世界そのものの意思……。

「今貴方が見ている私は世界と一体化した私が創り出した――言わば触覚。本当の私は足元に広がる【地球(これ)】そのものです」

「――――!!?」


 彼女の言う事が真実であると、本能で理解させられる。

 彼女は何処にでも居ると同時に何処にも居ない。個であると同時に無数。

 彼女は世界そのものであるのだから、そこに実体などなかった。そして――


「なんだよ、それ……」


 俺は毒づく。

 彼女が、世界そのものだと!?

 ならばこの世界で起こる【主人公(ヒーロー)】と【悪役(ヴィラン)】の争いは最早必然。

 人々が望む平和など決して訪れない。寧ろ争いが起き続ける事の方こそ世界にとってのあるべき姿。

 ならばこれまで世界の平和を目指して戦ってきた【主人公(ヒーロー)】の行動とは一体何だったのか。


「別に気にやむ事じゃありませんよ」


 するとネイコスは優しい声音で俺に右手を差し伸べる。

 そして妖美に微笑みこう述べた。


「貴方も――世界を彩る役者の一人になりませんか?」

「役者? 貴方も……だと?」

「私の望みを叶えてくれる火種の使者。貴方をここに送った暁君も私の愛すべき役者の一人なんですよ?」

「暁が、だと……?」

「ええ、彼もこれを見て私の望みに協力してくれる気になりました」

「あいつが、これを見たのか……!?」


 暁はこれを見た時、一体何を感じたのだろう。

 今は【主人公(ヒーロー)】という役に取り憑かれている彼だが、嘗ては偽りなき【主人公(ヒーロー)】だった。

 ならこの世から争いは消えず、その原因が明確に悪と定義できる存在ではなく、世界そのものであると知ったなら……。


「そういうことかよ……」


 俺はようやくこの事件の全容が見えた。

 永遠の闘争を望む【世界(ネイコス)】に、人々に必要とされ続けなければ存在が許されない暁の様な【主人公(ヒーロー)】。その利害は一致する。


「つまり――君が黒幕なんだな……」

「黒幕? 私は世界が望むを正しい姿に導いているだけですよ?」

「ああ、そうなんだろうな、お前の中じゃ……」


 彼女はぬけぬけとそう言い、笑みを崩さない。そして――


「それで? 葉佩さん。貴方どうなされます?」


 彼女の瞳が仄かな輝きを宿し、微かな朱を帯びる。

 そうかと思えば直ぐに紫へ、今度は青、次は緑と瞬く間に変化し、その色は一定しない。

 その様を一言で現すなら混沌。少女が人の皮を被った悪魔であると改めて認識する。


「貴方は自身が宿す魔物と深く混じわり過ぎたが為に、死に際して私の力に惹かれてこの場所に来た。今なら貴方を魔物として生き返らせる事も出来る……」


 彼女の瞳が再び黒に戻り、今度は俺に対しある取引を持ちかけた。


「この世界の真実を知り、私の【主人公(ヒーロー)】になってくれた役者は沢山居ますが、まだ【悪役(ヴィラン)】になってくれた者は居ないんです」


それは数多の【主人公(ヒーロー)】達を堕とした悪魔の取引。


「生き返って【世界(わたし)】の為に戦う役者になってはくれませんか?」


 ネイコスは無邪気な笑みを浮かべる。

 彼女は葉佩さえ自らの使者へと引き摺り込もうとしていた。

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