第24話:大丈夫。パパはミニ四レーサーだからよ
俺と同行するにあたり、まだ安静にしていなければいけなかった父も退院したらしい。
姉を助ける為というのもあったようだが、どうやらそれ以外にも理由があった事を俺は道中で父に話された。
当初父はこっそりと病院を抜け出して俺と合流するつもりだった。
しかしその際、昨日仮面ナースだったあの看護婦に呼び止められたのだ。
「息子さんの所に行く気なのね?」
「んっ!? ……ぁ、ああ」
彼女には全てばれていた……。
「すまないが、行かせてくれ」
晴彦は身構える。例え彼女が昨日のマッチョ姿になったとしてもこの意見を変えるつもりはなく、場合によっては強行突破も覚悟した。しかし――
「もちろんよ。行ってあげて」
彼女はそれが当然ばかりに晴彦を後押しする。彼女は看護婦としての職務より彼の意思を汲んだのだ。
「ナースさん…………ありがとう」
そして晴彦は荷物を背負い彼女とすれ違おうとして、『明日の夜には戻る』と言いかけたのだが……。
「でも晴彦さん、残念よ。せっかく今日の夜は貴方といい事が出来ると思っていたのに……」
「…………はぁ?」
「でも安心して、また傷付いて返って来た時は今度こそ私がこの筋肉で癒してあげる!」
「…………。ナースさん。君にしか頼めない事がある。こっそり退院の手続きを済ませておいてくれないか?」
「もちろんよ! まかせて。あ、もし無事娘さんを救出できたら知らせに来てね。そしたらご褒美に――」
「結構だ」
「恥ずかしいの? だったら息子さんも一緒に――」
「No, thank you !」
というやり取りがあったらしく……。
「いいか葉佩! 間違っても入院はするな。無傷で帰るんだ」
「…………わ、わかったよ」
俺たちは次入院した場合の貞操の危機を心配をした。主に後ろの……。
現在の時刻は夜の四時過ぎ。日の出まで一時間をきった。
俺たちは病院を出発後一旦家に帰り、秋葉原に寄って万全の準備を整えた上で【大地の翼】を目指している。
その研究所の場所は東京から約四時間かけて移動した他県にある山奥。
今はその麓に広がる廃墟都市を抜けていた。
ここは十年前――ある怪獣の復活事件があった際、周囲数十キロに渡って霊障災害を撒き散らされた所為で居住禁止区域となった無人都市。
その為、俺たちが乗る軽自動車とすれ違う人影は一つもない。
いや、ないはずだったというべきか。この瞬間までは……。
「やってくれるなぁ」
父がルームミラー越しに後方を見る。
「ぇ?」
「蟲どものお出迎えだ」
つられて振り返ると、上空からは降下しつつこちらに迫る数体の奇形蟲の姿があった。
病院で見たタイプとは違う。人型ではなく、蜻蛉や蜂など――既存の昆虫を醜悪に歪めて合成した様なデザイン。
「どうする?」
「まかせな!」
言い終わるなり、父は窓を開け、掌サイズの箱状の物体を後ろへと投擲した。
「それは?」
「【俺の蟲コナーズ】だよ」
「――――はぁ?」
父の自信満々な発言と裏腹にその場違いな品名に唖然とする。
「そんな物が役に立つわけ――――!?」
言い終わる前に――突如後方から上がる爆音とそれに伴う衝撃波が車体を揺らした。
「って、ぇえ――ッ!! 爆発した!?」
それはお手製の手榴弾。
「これが【俺の蟲コナーズ】だ」
「いや、意味がわからないから!!」
ただ振り返ればその威力は凄まじく。後方にいた奇形蟲の悉くが四肢と体液を撒き散らして絶命している。一瞬にして追手は居なくなった。
だがそれに安堵する暇はない。
直ぐにまた新たな蟲が上空より飛来する。
内二体が車の上と横に張り付いた。
「父さん!?」
「へっ、へェ、安心しな。お父さんがミニ四駆で鍛えたドライブテクを見せてやる」
「それは父さんが運転してるの!? それともぶつかってるだけぇ!?」
「全部だ! まぁ見てろ」
そして父は奇形蟲たちを振り切るべくハンドルをきる。
「おわぁ!」
突然の急カーブに軽自動車がドリフト。街道の幅ギリギリを滑り抜ける。
その際車体側面に張り付く一体をガードレールと車体の隙間に挟み込み火花を散らして弾き跳ばした。
「ヤッほォ――ッ! ミア! ナビは任せたぜ!」
『了解です!』
ミアのバストアップがナビの画面全面に表示される。
レンタカーの備え付けナビよりミアの方が優秀なのは明らかだ。
『そこ左です』
「おうよゥ!」
そして車が再び方向転換、今度は片輪が浮く。
そうして天井に張り付くもう一体を歩道脇の信号機の支柱に叩きつけ引きずり降ろした。
しかし当然敵はまだ居る。またも数体の奇形蟲が車の横を張り付こうと並走する。
「――っ。食らいやがれッ!」
その蟲に晴彦は窓を開け放ち、懐から取り出したスタンロッドを振り下ろす。
ここに来る途中、秋葉原の裏武器屋で購入した武器の一つだ。
雷撃を受けた蟲はその衝撃に体勢を崩し路面に激突。後輪の下敷きとなって潰れた。
「葉佩!」
「おらァ!」
俺は後部座席から元々自宅に飾っていた模造刀を取り出し、助手席側に付くもう一体の首めがけ突き刺す。
「____ ――――  ̄ ̄ ̄ ̄ !!?」
蟲は奇声さえ発せずにそのまま墜落。路面で体を擦切らせ動かなくなる。
「よし、細道に入るぞ」
そして車は裏道へと徐行することなく突入した。
蟲達は車体と塀に挟まれるのを警戒して車の後を固まって追走する。
『しばらく直線です』
「おK! 葉佩、後部座席のモノを適当にぶん投げてやれッ」
「事故るなよ!」
「オウ!」
その掛け声を傍らに、俺は後部座席へと移動。
バックドアをこじ開け、置いてあるチャイルドシートを蟲目掛け放り投げた。
「…………?」
何故チャイルドシートがあったのか、などはこの際どうでもいい。最初からあった。
続けて近くにあったぬいぐるみや玩具など、手当たり次第に投擲――蟲達の足止めと目眩ましを行う。その中に――父の蟲コナーズも織り交ぜて。
奴らがそれに気づいた時にはもう遅かった。爆弾は奴らの顔面付近で炸裂。頭蓋を破壊された奴らは揃って舗装に倒れて山積みになる。
「っしゃあ――ッ」
その光景に声を張り上げ拳を突き上げるも、どうやら一体だけ爆発を逃れたらしい。
そいつは死骸の中から飛び出し、車内への侵入を許してしまう。
「――――――!?」
馬乗りにされ顔面に迫る蟲の顔を両手で抑えた。
咄嗟に能力を使おうと考えるも……。
「ミア!? 右か!? 左か!?」
『できれば左でッ!』
「だとよ! 葉佩捕まれぇェエ――――――ッ!!」
「ま――っ!?」
意味を直感したのと車体に変化が起きたのは同時だった。
瞬間――進行方向が直角に折れ、蟲がサイドガラスを突き破り路上へと放り出される。
車が横転しなかったのは奇跡に等しい。
俺の体は寸前まで席に押し付けられていたのが幸いして車外に飛ばされずに済むも、代わりに体を強く打ち付け、体勢的にも身動きが取れなくなる。
しかし車外に放り出された蟲はまだ生きていた。
そいつは体勢を立て直すと再び車内目掛け飛び掛かる。が――
父は懐より拳銃を抜きそのこめかみを撃ち抜く。
これは秋葉原の裏ルートで購入した武器。今の時代はこんなものまで買える。
「ふぅ……」
父が一息ついた。これで追跡してきた分の蟲は全て倒したことになる。
「葉佩…………大丈夫か?」
その視線の先には逆大の字に転がる俺がいる。
事故るなと言ったのにこの運転……。
「…………ぅ、うェ」
心なしか嘔吐感が込み上がってきた。
「生憎と乗り物酔いの薬はないが車は何処もかしこもボロボロだ。好きなところに吐きな」
その言葉に、父に対しゲロを吐きかける気力もなかった。
「…………いいのかよ? こんなにめちゃくちゃにして。レンタカーショップの人に怒られるぞ……」
「はぁ?」/『ほェ?』
その言葉に父どころかミアさえ不思議そうに首を傾げる。
「…………はぁ?」
どういう意味かと目で訴える。
「葉佩、この車は借りてはいるが、レンタカーじゃないぞ?」
「…………じゃあ何だよ?」
「病院の駐車場にあった軽自動車を借りて来たんだ」
「…………それ、窃盗だよ」
だからチャイルドシートや縫いぐるみがあったのかと今更納得する。
「時間がないからもう出すぞ。ここからは山道だ。道が悪い。車が段差で横転しかけたらその場で飛び跳ねて車体を安定させてくれ」
「俺はミニ四駆のマスダンじゃねぇ……」
このままシートベルトを外してたら今度こそ車外にダイブだ。
地面と背中からキスするのはごめんである。
俺は席に座りシートベルトで体を固定する。
だがそれは杞憂に終わる。車は山道に入るなり数秒立たずして動かなくなってしまった。
「っ! パンクか! 敵の毒針にやられたのか!?」
『いえ、ただのバーストです』
「なにィ!?」
『運転が荒すぎるんですよ。既に車とか超ボロボロだし』
「その為のレンタカーだろ?」
違うだろ……。
『そもそも義父さんがオートパイロット機能とか便利なモノを開発しててくれたら、こんな運転、私がシャフトポーズしながらやっちゃえるのに』
「そうか? なら次回の為に検討しようじゃないか」
それでも運転は荒そうな気がするが……。
そして父は車のドアを開け外に出た。
俺もつられて外に出るが、その時上空から差す不吉な気配に俺たちは同時に空を仰ぐ。
そして見た。
上空で渦を巻き飛行する百体は居るであろう奇形蟲の群れを。
「ま、まだあんなに!?」
奴らの複眼が残らず此方を睨む。
背筋に怖気が走る。
車に乗っていた時は空にあんな大渦が出来ているなど気付かなかった。
先程のカーチェイスで相手をした蟲など、あの中から放たれたほんの一握りに過ぎなかったのだ。
奴らは遊んでいるのか。はたまた命令か。襲い掛かってくる気配はない。
だが蟲たちの羽ばたく異音は、そんな蟲を前に立ち尽くす俺たちを嘲笑うかの様だった。
「くそッ」
俺は即座に能力の解放を決意し、一瞬にして鋼の手甲と脚甲を具現化する。
いつ奴らが襲い掛かってこようと迎え撃つ体勢を整えた。だが――
「葉佩、ここは俺に任せて先に行け」
「ぇ!?」
その言葉に表を突かれる。
「何を――!?」
「こいつらをいちいち相手してから山登りしてる時間はもうねぇ!」
「でも――ッ」
「甘く見ンな! この程度の敵俺一人でどうにか出来る。でなけりゃ十年前の脱出劇で俺は死んでるよ」
「父さん!」
「そんなことより、お前はとっとと燈華を救ってこい。そっちのが鬼門だろ!」
確かにそうだろう。だがこの数の敵を一人で相手にするなどあまりにも無謀だ。
だがそれでも――
「心配するな。片づけ終わったら車はないが迎えに行ってやる」
父はこの瞬間も笑う。己と俺の勝利を信じて。ならば――
「わかった」
俺も父を信じる。そして俺は走り出した。
必ず姉を助け出す為に――
そしてまた、みんなで――あるべき日常に帰る為にと――




