第23話:PS.隣のあの子はTS娘
目が醒めるとそこは病室だった。
「葉佩、目が覚めたか。よかった……」
傍には今にも泣き出しそうな顔をする父。
「ぁ……、父さん?」
一瞬で病室に移動したような感覚に思考がついてこれない。
父がナースコールを押すと、数秒経たずして二十歳前後だろうか。若い看護婦が病室に瞬間移動で現れる。
それは黒髪ロングヘアーの大和撫子風といった装いの女性。
正直これほどの美人ナースなどラノベかアダルトビデオの世界でしか見た事のないほどの美人だった。
その証拠に、父は彼女の登場に見るからに鼻の下を伸ばしている。
「葉佩さん。気分はどうですか?」
「上々です……」
今は気絶前の様な体の不調もない。
「そうですか」
ナースさんの話ではどうやらあの蟲の針には本当に神経毒が仕込まれていたらしく、俺は数時間意識不明の状態を彷徨っていたらしい。
するとナースさんが突然謝る。
「葉佩さん。本当に申し訳ございません。本来は怪我を治す場所であるはずの病院でこんな……」
「ぃや、ナースさんは悪く無いですよ」
「私があそこで蟲どもを全部倒していれば……」
「…………は?」/「ん?」
ナースさんのその意味深な言葉に俺と父は二人して首を傾げる。
「あの樋口一葉、なかなか強くて。晴彦さん達の所に駆けつける余裕がなかったんです」
「…………」
――数秒の後。
「ま、ま、ま、ま、ま、まさか……」
父が麻痺毒でも打ち込まれたかの如くわなわなと震えだす。そして――
「貴女が昨日の仮面ナースたんですたん!!?」
最早後半噛みまくりで何を言っているのかわからなかったが、ナースさんには意味が伝わったらしい。
「はい♪」
元気よく返事をされた。
「ぐぇぎゃはっ」
父は椅子から滑り落ちて背中をぶつける。
この間の自分の姿をトレースしたかの様だ。
狼狽しつつ父は話す。
「まさか、ナースさんも、昔は何かの【主人公】だったとか?」
「えぇ、私はある日突然妖精によって女性になって戦う力を――」
「女の方が後付けなのかよ!」
「はい。でも便利ですよ? 私今年で四十ですけどずっとこの姿のままで――」
「しかも俺より歳上!?」
そして完全に脱力した。
見ていて思わず笑ってしまい、もう少し見ていたい気もしたが、俺はこれから父と話さなくてはならない事がある。
俺は気を改め話に割って入った。
「ナースさん。父と二人きりで話しをさせてもらっていいですか?」
その発言に二人の視線が此方に集まる。
「…………ぇぇ、いいわよ」
ナースさんはそんな空気を汲んでくれ席を外してくれる。途端部屋が静まり返った。
「父さん……」
早速話を切り出そうとするも、今になって何から話せばいいかのかを迷い、最初の言葉が出てこない。すると――
「十年前、お前も改造人間にされてたんだな……」
椅子に腰掛けた父が静かに呟いた。
その言葉に、既に答えが出ているにも関わらず、返答に窮して一瞬の間が空く。
「…………うん、そうだよ」
その言葉に、父が膝の上の拳を握り締めた。
「そうか……。今まで気付けなかった……」
「無理もないよ。今まで一度だって使おうとはしなかったから……」
俺の体には数ある改造手術の中から
【憑依式人体強化器官】と呼ばれる装置が心臓に埋め込まれている。それは魔物の因子を肉体に憑依させる人体強化装置。
俺はその器官を使って魔物と融合した変身を行う事が出来る。
だがそれは扱いを誤れば使用者自身の心を蝕む諸刃の剣。先の変身は完全な状態でなく、力を制御して部位的に肉体を変異させた簡易版だ。
「黙っててごめん……」
俺と姉は自身がそうした存在である事をずっと隠して生きていくつもりだった。
だが、そうして父を騙してきた十年間の後ろめたさに謝罪の言葉が溢れる。だが……。
「謝る必要なんかない」
父はそれを否定する。寧ろ逆に――
「すまない」
父が頭を下げる。その表情が後悔の念で歪んでいる。
「十年前――俺があの組織に捕まって改造人間開発なんかさせられていたからこんな事に……。本当にすまなかった」
その言葉に俺は息が詰まりそうになる。
「そんな、あれは俺たちが人質に取られて仕方なく――」
「関係ない。発端は俺が科学者だった事だ」
そして父は自嘲気味に笑う。
「本当は俺だけで十分だったのに……」
「――ぇ?」
「自分の子供の為に他人の子供を改造人間にして、その挙句自分の子供も改造される。そして今度はその【主人公】に目をつけられ、娘は攫われこの様だ。まったくどうしようもない糞親だ。本来、退治されるべき悪事をしたのは俺だけのはずなのに……」
「そんなこと……」
だがそれを『ない』とは、否定の言葉を簡単に口にする事は出来なかった。
父の行為。子供の改造実験は決して許されるものではなく、間違いなく悪の一端と言える過ちだった。故にそれを正当化する言葉は口に出来ない。けれど――
「そんな事言わないでくれ」
これだけは言える事があった……。
「俺も姉さんも、父さんを恨んでなんかいない」
続けてこう言う。
「父さんが過去に起こした過ちは、間違いなく悪い事だった。だけど、そんな父さんが――決して悪人ではなかった事を、俺と姉さんはだけは知ってるんだよ」
父はかつて子供を改造人間にした科学者で、自分達はその被害者。
それは変えようもない事実で、そんな父を世間は悪人と呼ぶだろう。
だけど俺と姉だけはそんな父を決して悪人とは思わない。
あれは仕方がなかった。俺と姉さんはそう認識している。
「だから父さんは、俺たちには謝らなくていい……」
「葉佩……」
それ以上の言葉はもう必要なかった。
「これから姉さんを助けに行く」
だから話を次の段階へと移す。
「一人で、か?」
「ぁぁ、父さんはついて来なくていい」
「勝算はあるのかよ?」
「わからない」
能力を完全に出し切ったとしても可能性は薄いだろう。
「だからこそ、父さんが知ってる情報を全部話して欲しい」
「…………」
「俺に【主人公】を倒す力を貸して欲しいんだ。家族を救う【主人公】になる為に……」
その言葉に――
「……わかった」
父は話し始める。
自分が知りうる全ての情報を。
俺達の打倒【主人公】の戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
それから一時間後、俺は病院を退院した。
明日の夜明けには暁と約束した場所に行かなければならない。
手続きを済ませ病院を出た頃には、もう直ぐ日付が変わるところだった。
目的地までの脚がない。タクシーでも呼ぼうかと考えていた時――
「よぅ、随分遅かったな」
病院を出た瞬間、俺は足を止める。
そこに父が居たからだ。
「どうして? ついて来なくっていいって言ったのに!?」
すると父は――
「ああ、わかってる。ついていく気はないよ。だがらーーだ」
言って傍の軽自動車――黒のワンボックスカーを親指で示す。
「何処に行きたい? パパが連れてってやるよ!」
「――――!?」
レンタカーだろうか。我が家に車などないのだが、父ははそれに乗るよう促す。
「帰りは三人だろ? だからバイクやスポーツカーは借りてこれなかった。まあ我慢してくれ」
いつの間にこんな……。——と、
『三人じゃなくて四人ですよ?』
父のスマホでミアが顔を覗かせVサインを作る。
なるほど、彼女の仕業か。
『にっししぃ~』
ミアはしてやったりと笑み浮かべる。
どうやら父は最初から一緒に姉を助けに行くつもりだったらしい。
俺は父を侮っていた。しかし――
「乗れよ」
「ああ」
これで迷いはもうない。
「燈華の居るところまで頼む」
「あいよ」
父がキーを捻る。
車は旧式で何回か動作を繰り返した後、エンジンが掛かった。
「途中武器を調達するぞ!」
「――――ん? するって何処で?」
「決まってるだろ? 秋葉原の裏市場。それと実家だ」
「秋葉原はわかるけど、実家は荒らされてて武器の類はもう無かったと思うけど」
「いや、ある。俺を甘く見てもらっちゃこまるぜ? 行くぞ!」
「おお!」
そして俺たちを乗せた車は最終決戦の地を目指して走り出した。




