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第22話:うちの息子、手からメタル出せるってよ

 俺はヘチマアザラシの話を聞き終わるなり、急いで病院へと引き返していた。

 もし家を荒らした連中が父の生存を知ったなら、また殺しに来るのではないかと思ったからだ。

 そしてその予想は正しく、奴らは病院へと刺客を送り込んできた。

 病院までの道のりを走ってきた俺は、ちょうどその現場に鉢合わせ、すかさず鴉女に回し蹴りを繰り出したという次第。そして――


 今――父は俺の姿を前に立ち尽くしている。

 無理もない。俺がこの姿を父に見せるのはこれが初めて……。

 俺はこれまでこの力の存在を周囲に隠して生きてきた。

 だが父はおそらくその正体にもう気付いている。

 しかし今はそれについて説明をしている暇はない。目の前には距離を取ったとはいえ、まだあの鴉女がいるからだ。その上、今は俺が鴉女を攻撃した事で周囲に奇形蟲が集まってきている。

 俺は右腕を大きく引いて半身の構えをとると前傾姿勢をとる。全神経を周囲の敵に集中した。

 その瞬間、俺の両腕周辺の空間に歪みが生じ、そこから黒銀に輝く液状の鋼が流れ出す。

 それが螺旋を描きながら俺の双腕に絡みつき一体化……。

 数秒経たずして、そこに鋼の手甲を形成する。

 これは十年前、俺の肉体に埋め込まれた異能の力。

 この十年間で一度も使った事はなかったが、大丈夫。この力は最早俺の体の一部だ。

 四肢を覆う鋼の表面に赤色の閃光が走り、それがあたかも呼吸の様に脈動と発光を繰り返す。

 その光景を前に周囲の奇形蟲はたじろいだ。彼らは本能で察したのだ。俺の四肢を覆う瘴気さえ放つ禍々しき鋼の宿す己より上位に位置する魔物の気配を。

 俺の精神は能力の解放によって興奮状態になり、両腕両脚を覆う液鋼に宿る第三者の意思が俺の肉体と心を侵食する。

 あたかも液鋼が俺の体と混じわり、一つの存在になろうとするかの様に……。

 この能力は諸刃の剣。早々に勝負を決める必要がある。

 俺は己がまるで次元を超越した存在になった様な高揚感、魔薬的快楽に包まれながら敵の姿を視界に収めた。

 俺は両足に力を溜める。途端、足下からガラスの踏み破れる様な音が夜の闇に轟き、強烈な揺れが奇形蟲の足元を襲う。

 しかしそれはこれから起こる現象の前兆。

 直後――俺の足下で爆発が起きた。

 爆発はアスファルトを派手に砕き、内部に走っていた鉄芯を捻じ切っては破片を巻き散らす。


「AAAAAAAAAAッ!」


 獣の咆哮と共に、俺の肉体を借りた鋼の魔物の無双が始まる。

 俺は一足跳びに先頭の奇形蟲の頭上へと移動し、その頭を踏み台にする。

 瞬間――その頭はアスファルトの二の舞を踏んだ。

 頭が木っ端の如く弾け、塵となって消滅する。

 同時にそこから得た推進力で跳躍。続けて放つ回し蹴りで二体目の胴を真っ二つに、さらに振り抜いた掌で首から上を刈り取った。

 着地後はその衝撃を全て次の推進力へと変換し、直角に折れて加速する。

 直後、三体目の蟲の心臓目掛け跳び膝蹴りを打ち込むと一瞬にして圧殺。

 この間僅か五秒。鬼神の如き動きは留まる事を知らず、慣性、摩擦、空気抵抗、全てを無視した超速体術を可能とする。

 次に俺は腕を振るい、そこから液鋼を分離させる。


 ――行け!


 その思念にそれらは忠実に従った。

 液鋼は宙で数本の針弾を形成。奇形蟲を串刺しにする。

 俺が纏う液鋼はそれ自体が鎧であり、また武器となる。

 俺の神速の動きは止まらない。未だ残る奇形蟲目指して疾走する。

 その動きに容赦はなく、周囲の粉塵を舞い上げ、空間内のあらゆる物を吹き飛ばす。

 それはまさに破壊の暴風にして嵐。それに段々と色彩が宿っていく。

 それは血の赤であり、骨の白であり、肉の黒。鋼の光沢が駆け抜ける度、色の濃度は増し、逆に奇形蟲は数を減らしていく。これらは奴らの体を原料とした死の塗料。

 その乱舞を前に奇形蟲は悲鳴とも取れる喚き声を発しながら絶命していく。

 だがその中で動じない者が一人。

 鴉女だ。彼女はただ無表情に竜巻を眺め、自らを押し倒そうとする暴風を前にしてもスカートの裾を靡かせるだけ、その感情は読み取れない。

 そして俺は最後の奇形蟲を葬るとそれを踏み台に女の懐に飛び込むべく両脚に力を溜め――

 その力は予期せぬ介入者によって踏み切られることなく霧散した。


「そこまでだ。改造人間」


 それは突如目の前に現れた男に俺は首筋にサーベルを突き付けられていたから……。


「――――!?」


 ――速かった。

 この男の登場を俺はこの瞬間まで肉眼で捉える事が出来なかった。

 そして俺と同様、鴉女も動きを止める。

 一体この男は何者か。

 するとその正体を父が口にした。


「暁さん!」

「父さん! こいつの事知ってるの?」


 俺は暁と呼ばれた男から視線を外す事なく父に問う。


「ぁぁ。十年前、研究所から脱出する際、手助けをしてくれた人だ」


 その言葉に暁は微笑む。


「そうみたいだな。俺もついさっき思い出したよ」


 対する暁も俺から視線を外さない。


「それにしても驚いた。あの至近距離で撃たれたのに随分と元気そうじゃないか」


 そして俺はこの男が父を撃った犯人だと知る。


「お前っ!? 父さんを撃った奴かッ!」

「何だ? まだ父親から話してもらってなかったのか?」


 暁はさも意外そうに首をかしげ、しかし直ぐに世間話でもする様な態度で続ける。


「……まあいい。こうして様子見に来たお陰で、思わぬ存在に出会えたよ……」


 瞬間――暁が俺を見る眼に俺は本能的恐怖を感じる。

 続く行動は反射。気付くと俺は暁から距離を取るべく後方へと跳んでいた。しかし――


「ぉっと!」


 暁は父の眉間に銃を突きつける。


「逃げるなよ。改造人間!」

「っ!」


 それで俺はそれ以上の身動きが取れなくなってしまう。

 しかし父は銃に臆せず口を開いた。


「暁さん。やめてくれ! 何故貴方がこんな! 貴方の戦いはもう終わったはずじゃ――」

「いいや終わってない。あんな【終劇(エンディング)】が俺の最後だなんて認められるか」


 そして暁はサーベルの切っ先を俺に向ける。


「寧ろこうしてあの組織の改造人間が残っている以上、俺の戦いが終わりのはずがないんだよ」

「何を……」


 暁はそれが当然の事であるかの様に言った。


「晴彦さん。あの息子、俺に退治させてくれよ?」

「――――ッ!?」


 晴彦は一瞬言葉を失うも、直ぐに激昂する。


「バカ言えッ。そんな事させられるか! どうしちまったんだよ暁さんッ!」


 しかしそんな言葉は暁に届かず、彼の頭は既にそれを可能にする算段の模索に移っている。

 そしてその眼は第三者の姿を映した。


「じゃあこうしよう……」


 瞬間、飛来する奇形蟲によって気絶する燈華が攫われる。

 突然の出来事に俺は反応する事が出来なかった。


「姉さん!?」


 蟲は半透明の翼を羽ばたかせ、耳障りな音を発しながら上空へと飛んで行く。

 気絶する燈華の身体を鉤爪でがっちりと押さえ込んで離さない。

 俺は咄嗟に姉を追って飛び出すも――


「――――――――っ!!?」


 突如横合いから受けた衝撃に俺の体は宙を舞った。

 地面に背中から激突するも、それ以上の激痛が腹部を襲う。

 視線を向けると、そこには二十センチ台の針弾が突き刺さっていた。

 攻撃が来た方向を見れば病院の窓から此方を覗く奇形蟲の姿。

 油断した。他にも蟲が居るだろう事は少し考えればわかるはずなのに。

 俺は姉を攫われた事で視野が狭くなっていた。

 そんな俺を暁が見下ろす。


「戦う理由を作ってやろう。彼女は人質だ」


 暁は言った。


「それにそうだなぁ……。このまま流しで戦ってもつまらない。【最終決戦(ラストバトル)】には相応しい場所を用意しないと……。【聖なる鎖(ホーリーチェイン)】の現実主義者共はそういう演出はくだらない【主人公劇(ヒーローショー)】と言うがね。俺はそういうのを大事にしたい主義なのさ」


 そして暁の提案は否応なしに己の過去と向き合わされるものだた。


「明日の明朝……。俺たちが生まれたあの場所で決着をつけようじゃないか」

「なん、だと?」

「わかるだろ? 十年前、お前ら家族が捕まっていた【強欲の配達主(アブレスサプライヤー)】の旧研究所――【大地の翼(アースウイング)】」

「――――――っ」

「否定権なんかない。来なかったらこの子がどうなるか……。わかるよな? 彼女もまた俺が退治するべき改造人間の一人なんだから」


 暁の言葉に容赦はない。


「それと俺たちの事を他言するのもなしだ。話したら、当然この子の命はない」


 それについて、俺に否定権などなかった。


「翼、玲、引き上げるぞ」


 その言葉と共に窓から飛び降りてくる一人の男。

 何故か顔に樋口一葉の面を着けており、そのうえ裸。

 その男は一足跳びで暁の前へと着地した。


「あびゃ~、せっかくボルテージが上がってきたところだったのによ~ぅ」

「本来の目的と違うだろ?」


 そのやり取りを隙と判断した俺は咄嗟に踏み込もうとする。

 だが突如全身を襲う痺れに片膝を着き、同時に肉体に力が入らない事にも気付いた。


「――っ!?」


 もしやさっきの針に毒でも塗られていたか……。

 駆けつける父が俺の名前を呼ぶも、それさえ上手く聞き取れない。

 両腕を覆っていた鋼の手甲が途端液状化して地に落ちる。

 それらは肉体から離れるなり一瞬にして気化。あっさりと此の世から消失する。

 そして段々と、俺の意識は意思に反して遠のいていき……。


「じゃあおやすみ。改造人間」


 その言葉を最後に、俺の意識は――闇に堕ちた。

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