第20話:驚くなよ? 今回今作最大の変態が登場する。仮面ナースだ!
その異変は突如として起きた。
今――晴彦は葉佩と入れ違いでお見舞いに来てくれた燈華と病室の中に立て籠もっている。
理由は突然廊下の窓を破り院内に侵入して来た蟲共から身を隠す為。
今この病院は大量の蟲の襲撃を受けていた。
「お父さん!」
「そこに居なさい!」
扉を開けて廊下を覗くと人と相違ない大きさの蟲が何体も居る。
――と、数体の蟲が複眼で晴彦を捉え、あろうことかこちらへと近づいてきた。
「くそッ!」
普段なら服の中に様々な発明品を隠し持っているのだが今は何もない。
「燈華――ッ! 何か武器になる物は無いか!?」
「…………! 待ってて!」
ダメ元で訊いてみたが思いのほか力強い返答に面食らう。
「ぇ? 何かあるのか!」
そして燈華は鞄の中から何か箱状の物体を取り出し、奇形蟲めがけ放り投げる。
それに対する咄嗟の反応はまさしく職業病と言えた。
「手榴弾か――ッ!?」
晴彦は慌てて身を翻し床に伏せる。
もしかして家の研究室から無断で拝借していたのだろうか。我が娘ながら抜かりがないと感心する。
が、いくら待てども爆発は起こらない。
不審に思い顔を上げると、それは手榴弾ではなく――――【虫コナーズ】であった。
「そんなものが効くわけないだろ!」
「ぇえ!?」
奇形蟲たちは足元の【虫コナーズ】を無視して此方に向かってくる。
「まずい。部屋に隠れろ」
晴彦は燈華を連れて病室の中へ。部屋に入るなり施錠。ベッドをずらしてバリケードを作る。
瞬間扉を襲う衝撃に扉は歪んで軋みを上げた。
今の一撃で吹き飛ばなかっただけでも奇跡に等しい。
晴彦は室内の箒を棍の代わりに、残りのベッドを即席の壁として敵の侵入に備える。
その間、燈華がずっと部屋のナースコールを連打していた。
「そんな物が役に立つわけないだろ!」
反射で出た言葉。だがこの時の燈華の行動が二人の命運をわける。
扉が蹴破られた瞬間、それは起きた――
「もう大丈夫よぅん♪」
「!!!」
突然背後から野太い男性の声が聞こえる。
晴彦が慌てて振り返ると、その視界は何故か一面豹柄に覆われた。
「?」
晴彦は最初それが何なのかわからなかった。
だがその正体を直ぐに知る事となる……悪夢だった。
目の前に居るのはスキンヘッドでマッチョな大男――それも三メートルはあるかと思えるほどの巨漢で、それが豹柄のブーメランパンツと猿の仮面を身に付けて直立していた……。
猿の仮面は雌猿でもイメージしているのかピンク色の体毛模様に、マスカラと口紅を加えた何ともキモイデザイン。
そいつは体を黒光りさせながら拳を構える……。
「ぶぅるうぁあああぁぁああぁぁああああッ!」
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、あああああああぁぁ――――――ッ!」
晴彦は錯乱して悲鳴をあげ――
「~~~~~~~~~~!?」
橙華は声さえ上げられず、視線が衛星軌道上を外れた衛星の様に怪しげな方向を彷徨う。
そして男と対峙する奇形蟲。それもまた硬直して一匹たりともその場から動けない。
この場でまともに動けるものは誰も居らず、完全に巨漢のターン。
「当院のかわいい子羊ちゃんを傷つけようなんて、そうは問屋がおろさないわよン!」
そして両腕を頭の上でクロスし、クネクネと体をくねらすと、細菌も怯えて逃げ出しそうな怪しいウインクを放つ。
どうやら格好はともかく男はこの病院の人間らしい。つまり味方……。
――と、男が晴彦を見る瞳が怪しい輝きを宿す。
「晴彦さん♪ 普通ならあなたみたいないい男にお呼ばれたら間違いなくその場でブチ込んでる所だけど、あら残念、娘さんが居るのね。じゃあ今回はお・あ・ず・け♪ また今度、いいことしましょね♪」
後で知った話だが、どうやらあのナースコールにはナースステーションで待機するナースを瞬時に呼び出す瞬間移動装置が組み込まれていたらしい。それがここにきて思わぬ救世主を登場させた。
しかし――とんでもない奴をコールしてしまった。
巨漢は病室の壁に近付くなり、なんとデコピンで大穴をあける。
「さぁ、ここはから逃げなさい。こいつらは私が何とかするわぁ」
そして一連の騒ぎに他の病室に隠れていた患者達が扉から顔だけ出して大男を応援する。
「やっちゃえ! ナースさん」
こいつ、女なの!?
耳にした情報に晴彦は目眩を覚える。
じゃあ何でこのナース、ブラしてないの?
いや、股間が膨らんでるから男なのか? 女装? いや装ってねぇ!?
もう意味がわからない。どう見ても男なのに――でもナースとか……。
「と、とにかく…………今は逃げよう! お父さん」
橙華が晴彦の意識を現実へと引き戻す。
そして晴彦は燈華に連れられ、穴を潜って走り出した。
それを見て、今まで呆然としていた奇形蟲たちも後を追おうとするが――
「イかせないわよぅ♪」
仮面ナースが間に割り込む。
その場は戦場と化した。




