第2話:あなたはクリーチャー? いいえヘチマです
俺が庭に出た時、父は茶褐色のヘチマの中からまだ比較的青さの残るヘチマに【プラントリンガル】を取り付け、【半永久機関―仮】を庭の真ん中に設置していた。
装置外周の反射鏡を調節し、中央の魔晶石へと向くようにして魔晶石の先端をヘチマへと向ける。一連の準備が完了した後――
「よし、起動ッ!」
父が気合と共に装置の電源を入れた。すると変化は――
「?」
起こらなかった。
『……何も起こりません、ね』
俺が右手に掲げるスマホのカメラから様子を見ていたミアが呆けた様に呟く。
「ぇ、失敗?」
あれだけすごい説明をしておいてこの失敗は随分と拍子抜けだ。
しかし父は陽気に事の原因を説明する。
「いかんいかん。コンセントを挿し忘れていた」
「ここまできて何で外部電源式?」
仮にも永久機関でしょ?
父はコンセントを持って家の中に走る。数秒後、装置は無事起動。反射鏡表面から七色の輝きが魔晶石へと収束。石は白銀の光条を放ち、その先端から一筋の光路を築いてヘチマへと伸びた。
その光度は長時間の直視を憚られ程だったが、その輝きを一身に浴びたヘチマの変化は数秒経たずして起きる。俺とミアは誰よりも近い場所でその変化を目撃した。
茶褐色であった実、それが見る見る内に元の色彩を取り戻していく。
青く染まり、さらには成長、実を大きく、数さえ増やしながら周囲へと蔦を伸ばしていく。
「すっ……すげぇ」
その光景に俺は思わず驚嘆の声が漏れた。――と、さらに驚くべき現象が起きた。
『ゥォお――――ォッぉおおお!!』
「――――!?」
死んでいたはずのヘチマが息を吹き返し、【プラントリンガル】を通じてその事実を告げる。
ヘチマは野太いおやじの声をしていた。
「生き返った……っ!」
「やったッ! 成功だ」
庭に戻ってきた父が実験の成功に歓喜し、貴重な記録を残そうとカメラを構える。
そんな父の存在をヘチマは何で察したのか――
『旦那ァッ! ありがとよゥ、息子たちも喜んでるゼぇ』
他のヘチマたちの声なのだろう、おやじ声以外にも複数の子供の声でヘチマの囁き声らしきものが微量にスピーカーから漏れる。
「お、ぉぉ、そうか……よかったな、は、はは……」
父もこのヘチマのおやじ声には困惑していた。
何故そんな声を再生する設計にしたのか甚だ疑問だが、とにかくこれで無事ヘチマの蘇生は成功したわけだ。ただ――
「そろそろ止めた方がいんじゃないか……」
俺は蘇生どころか成長さえ始めたヘチマの撮影を未だ続ける父にそう呼びかけ装置の停止を促す。そもそもこの光線は長時間見ていると目が瞑れてしまいそうなほどに眩しい。
父が装置の電源を切ると装置からの光の照射が終わる。
「ふぅ~、とりあえず次に移る前にサングラスでも取ってくるか」
この成功に父は満足し胸を撫で下ろすも俺は未だその場から動くことが出来なかった。
何故なら――
「それもいいんだけど……」
俺は改めて蘇生したばかりのヘチマの全容を眺める。
「……ちょっと、成長し過ぎじゃない?」
「………………」
数秒間装置の光に晒されたヘチマ。元は庭の一角を占めるだけだったそれは今や家の壁一面を覆うほどに蔦を伸ばし、俺の身長さえ超えかない程の巨大な実さえ宿していた。
この成長は例え真っ当な時間をかけたとしても異常だ。
これには驚きを通り越して恐怖さえ感じる。こうなっては最早治療ではなく改造だ。
心なしかその実から漂う禍々しさにあのまま照射を続けていたら人面ヘチマまで生えてきやしなかったものかと嫌な妄想さえ掻き立てられる。
「……ふむ」
この急速な成長は父にとっても予想外だったらしく、暫し無言で思考する。
「サングラスと一緒に枝切りバサミも持ってこよう」
「まだ続ける気かよッ!」
「当然」
父は再び家に戻ろうとした。が、その時――
『ちょっ、二人共、なんかヘチマの様子がやばいですよ!』
俺のスマホからミアが驚愕した声をあげる。
「は?」/「ぇ?」
俺と父の疑問符。しかしそれは直ぐにヘチマを見た途端に確信へと変わり、言葉を失う。
脈動するヘチマの鼓動。その異音を俺達は確かに聞いた。
同時につい先ほどまで気持ちよさそうにしていたヘチマの態度が一変。【プラントリンガル】を通してヘチマは苦しそうな呻き声を漏らし、実全体が軋みを上げる。瞬間――
『熱い! 熱い、熱い、熱いぇっえっえゥぃぇぇううぉ――――!?」
へチマは焦燥を帯びた叫びを上げた。
「ど、どうした!?」
『体が熱い、誰か止めてくれぇえええぃッ!』
そうは言うも既に装置は止まっている。
『ぉ、ォオオオオ――――――ッ』
どうすることも出来ず俺と父はその場に立ち尽くす。
そしてヘチマの表面は金色に染まり――
『ぁあぁあぁああぁぁあぁあぁああぁ――ッ!』
悲鳴と共に――爆発した。
「ぃぃぃぃぃ――っ!?」
その破片と衝撃に家の窓ガラスはぶち抜かれ、周囲のヘチマもつられて爆砕。
蔦自身も燃え上がり家の壁一面が火の海と化す。
「まずッ、消火ァッ!」
飛来する破片を伏せてやり過ごし、俺達は直ぐに立ち上がると消火にあたろうとする。
――が、その矢先眼前で更なる変化が起きた。
火が――瞬く間に沈下していく。
「――!?」
――いや、燃えているヘチマが急速にその身を枯らして砂へと変わっていくのだ。
あれだけ急激な成長を見せたヘチマが――今はそれと同等の速さで砂塵と化し、炎は燃やす対象を失い霧散していた。
『ど、どういうことです……?』
転がったスマホ画面内でミアがこの尋常でない腐敗現象を前に瞠目する。
「照射のエネルギーが強すぎたのか!?」
それを父は科学者の視点から分析。
「今後は照射率調節用の改良が必要だな」
殴り倒したくなるほど冷静にそう述べた。
「そんな事はどうでもいいッ! どうすんだよ、家がめちゃくちゃじゃねぇ――かッ」
俺が自宅を指さし吠える。それに父は遅れて我が家の惨状を理解した。
「こ、これはひどい……」
今、リビングは室内で花火をしたらこんな有様になるのではないかと思われるほどの酷い状況。リビング内の家具や家電は悉くがヘチマの爆発の破片や熱によって破壊され、外装の一部が吹き飛んでいるものや、原型さえ留めていないものまである。
あれ? これ直撃してたら俺達、死んでたんじゃね……?
今更ながら背筋に冷たいものが走る。
「ど、どうすんだよ。これ……」
再度の詰問。
だが父は正気なのかここまで来てまだ誤魔化す方法を探していた。
しかしこれ程の爆発を起こしておいてそれは些か無理がある。
というより、時間が足りなかった。というのも――
「みんな、これは一体どういう事なの……?」
『ぁ』/「いぃっ」/「ゥッ」
三者三様の呻き声を上げ、俺たちは声のした方へと振り返る。
最初に目にしたのはその女性の履くスカートから覗くスラリとした生脚。そしてその脚が支える長身。一七九センチはあるもののメリハリのあるグラマラスな肉体はアスリートというよりモデルを強く連想させ、極限にサラサラ、ツヤツヤを追求した丁寧に手入れをされた黒髪がラフな雰囲気で肩まで垂れ、熱気を含む乾いた風に揺れていた。
そこにはまぁ美女が居たわけだ。だが正直嬉しくもなんともない。
何故ならこの女性はそう、あれだ、俺の――
「は、はは、ぁ~。……おはよう姉さん」
――姉だ。
彼女――神崎燈華は一早く口火を切った俺に歩み寄る。
「おはよう葉佩。一体何があったの?」
姉は室内の惨状――そして無残な庭を前に口元を引き攣らせる。
そして足元に転がるヘチマ――徐々に砂と化し崩れていくその残骸を見て肩を震わせた。
俯いた前髪の隙間から覗く潤んだ瞳に俺はたじろいで言葉が出なくなる。
すると父が――
「違うんだ。燈華」
見かねて弁解を始める。
そうだ――元はと言えば父が悪い。言い訳なら父にやらせるのが道理だろう。
そう思っていたのだが――
「これは我が家を侵略しにきた謎の【プラント星人】を私が発明した最新兵器【爆ぜろリア充、くたばれBBA光線銃】で撃滅したところだったんだ」
「はァッ!?」
父はそんな大嘘を早口に言ってのけた。
どの口が、言うんだ?
だいたい爆ぜろリア充、くたばれBBA光線――って、明らか対人兵器じゃねぇか!!
そんな幾らこの世界にふざけた悪が居ようと今時小学生でも騙せない様な即興の嘘に――
「そ、そんなことが――――っ!?」
姉は騙された。
姉は身長と……あと胸に少々養分を吸われている節がある。
そのまま姉はこれが嘘と見抜けぬまま顔面を蒼白に、開いた口を塞げぬままわなわなと震わせ狼狽える。 終いには『怪我はなかったの!?』――などと心配までしてくれる始末。
「いいのかよ…………」
そんな呟きが零れる。これではあまりにも父が無責任すぎる。
そんな愚行をよく思っていないのは俺だけじゃない。そう考えていたのだが――
『や――い、ざまぁ~~』
ミアが口端を吊り上げてはほくそ笑む。
「ほぇ?」
「なっ!?」
――何を言い出すんだミァぁッ!
『私から言わせれば贅沢ですねぇ――何です? このラノベでいう美味しいイベント? そもそも天然系おろおろ牛乳ねーちゃんとか存在が明らか狙ってますよねぇ――っ? 近親がヒロイン面してんじゃね――です』
止めろ。テヘペロ顔で中指なんか立てんじゃねぇ。事態が悪化する。
だいたい発言内容からした意味不明過ぎだ。
ミアは時々こう二次元と三次元を混合した発言をすることがあるのだが、正直こういうところで本当に高性能お喋りアプリなのかと疑いたくなってしまう。
『読者は若い合法ぱふぱふ系美女が好みなンです。それなのにこう他ヒロインさえ食ってしまう容姿、どうにかならないものですかね?』
止めてくれ、俺からしたらアプリが正ヒロイン面してる方が信じられねぇよ。だって二次元じゃん。バグか? バグなのか!? 死ねぇぇ!
「お前ちょっと引っ込んでてくれ」
『ぴゃァ!?』
俺はミアを指で弾くとパスワード付きのフォルダの中にぶち込む。
そして姉を前に……。
「ぇ~っとね、これはその……」
もう自棄だ。
「凶悪なヘチマ怪人を倒す為に仕方なかったんだよ。姉さん」
父の大嘘に乗る。
しかしその所為で姉に詳細を求められると次から次へと嘘を並べねばならないのが心苦しい。
父はあれ以来完全に説明を放棄していた。
「それでね。その時――撃ったレーザーで……」
――と、
『ぺん』
突如室内から何かを打ち鳴らした様な音が上がる。
「……?」
多少それが気になりはしたがそのまま説明を続ける。
「奴らのクリーチャーを蹴散らして――」
『ぺん』『ぺん』
「そしたら奴らは宇宙船で――」
『ぺん』『ぺん』『ぺん』『ぺん』『ぺん』『ぺん』
「ぁぁぁぁ、ぅっせぇ――ッなぁ、おいッ! …………って、ぇえ?」
ちょっと待て。今庭には家族全員が出揃っている。じゃあこの室内から聞こえてくる音を立てているのは誰だ?
そう思った瞬間、俺と――続いて父と姉が同時にリビングを見た。そしてそこには――
「きゅぴ♪」
全長が50センチ程はある緑色をした生命体……アザラシ? の様な生物が横たわっていた。
「はぁ?」
『ぺん』『ぺん』……『ぺん』
そいつはリビングの真ん中で短い手で自身のお腹を叩いて自己主張をしている。
「きゅぴ♪ きゅぴ♪」
鳴いた……。
『なんですか……あれ……』
いつの間にかミアがパスワード付フォルダから出ている。
やはり八ケタ如きのパスワードでは十秒と持たなかったか。
だが今はそんな事などどうでもいい。あの生物は何だ?
「きゅぴ♪」
その生物はもぞもぞと這いつくばりながら俺たちの許へと近づいてくる。
俺、父、姉は露骨に警戒心を露わにした。
ただミアだけはまるで子犬でも相手にするかのように笑顔でその生物を迎える。
『かわいいですね。新種の生物ですか?』
「僕、ヘチマきゅぴ♪」
そいつは人語を話した。それも……。
ヘチマ……だとゥお?
それを聞いた途端俺と父は絶句、真実を知らない姉だけが小首を傾げた。
「ま、まさか、あの光線を浴びて進化したとでも言うのか……」
直ぐにそれがあの半永久機関が原因であると察した父は慌ててカメラを構える。
いや、そんな事より他にする事があるだろ……。
人面など生易しい。最早これは新種の生物だ。
「葉佩。もしかしてこれがさっき言ってた『くりーちゃー』?」
姉が俺の耳元に顔を近づけて尋ねる。
いや、これは、その……返答に困る……。
そうこうしているとヘチマアザラシは姉の足元までやって来て上体を起こし、姉のスカートの裾を引く。
「違うきゅぴ!」
奴は抗議した。
「僕はこのおじさんの創った半永久機関とかいう装置でねぇ――」
「!」/「!」
まずい。まずいぞ。このままじゃばr――
「ハぅァ――ッ!」
突如滑り込んだ父がヘチマアザラシを蹴り飛ばす。
「キュ―――ピィイイ――――ッ」
奴は塀を超え、隣の家の庭へと消えていた。隣の家は大丈夫だろうか……。
が、この奇行は流石に不自然過ぎた。
「ぉ、お父さん!?」
「ぁは、ははは、いや、これは違うんだよ燈華、これはな、敵が仕組んだヘチマ型怪人の策略で………………」
「騙してたの……?」
「グうッ!」
姉もこの胡散臭い芝居がとうとう嘘であると気付く。
このままだと怒られる。そう思った。が――
「ぅう……」
姉は今にも泣き出しそうになる。父にとっては寧ろそちらの方が堪えた。
「ァ、ぅ、ゥぐッ、ぃぃ、にぃ…………逃げろォッ!」
狼狽えに狼狽えた父はとうとう誤魔化しを放棄し逃走。
「おい!」
「ははははは、これから壊れた家具を買い直しに行かないと。なぁ? 葉佩ィ――ッ?」
ちょ、ここで俺の名前を出すな!
「葉佩……」
「……ぅ!」
姉に――右肩を掴まれた。
「お父さんと、グルだったんだね……」
「……それは――」
いや違う。俺はただ……。
「ヘチマ怪人が、何だって?」
ハイ、すみませんでした。
『やっと気付きましたか、義姉さん』
するとミアがまた要らんことを言い始める。
『これで気付かなかったら、さすがに天然じゃなくてバカとしか――――』
「~~~~~~んんっ」
泣き顔を腫らした姉がとうとう真っ赤になる。終わった……。
「ちょ、ねーさん落ち着い――――」
「ばか、ばか、ばか。ばか~~~ッ」
姉は辛うじて粉塵化せずに散らばっていたヘチマの破片を拾いあげ俺に投げつける。
「痛てッ、――ィたッ。ぁァ、俺らも逃げるぞ!」
これは相当に怒っている。ミアがいらんこと言うからだ……。
堪らず俺も走り出す。
『ぁちゃ~、これは事態が収まるまでデートも勉強もお預けですねぇ~』
「お前の所為だろ――がッ」
スマホ画面に対して怒鳴る最中幾つものヘチマ片が俺の背中に命中する。
あの殺人爆発ヘチマの欠片を全て躱せた癖に姉の投げるヘチマは一発も躱せない。
俺は父を追って家を飛び出す。
こうして俺と父はあの灼熱地獄の街中を彷徨う羽目になったというわけだ。