第17話:ギャルゲー界は二度滅びるお
「ぶぇっくしょん! うぅ――ん? 誰か噂でもしてんのか? おーいシヴァ、ティッシュ持ってきてくれぃ!」
玲はそうして何時もの様にペットのシヴァにティッシュを持ってきてもらおうとして――
ここが自宅ではなかった事を思い出す。ここは暁が俺たちの為に用意した隠れ家の一室。
「あ、いけね。じゃあ千冬ちゃん――ティッシュ持ってきてぇ~」
その言葉に。おそらく隣の部屋に居たであろう――
「…………ぇ? ちょっと待っててぇ~」
彼女が応える。
その間、玲はすかさずベッドから立ち上がり、腕を組んで彼女の到着を待った。
彼が今どのような格好をしているかと言えば――無論裸。
誰得と思われる状況。故にここでの詳しい描写は無いものとする。
そして数秒後――
「ひィ!?」
玲の居る部屋に入った彼女は彼の姿を見るなり硬直。
赤面してティッシュ箱を投げつけてくる――というのは玲の妄想だ。
「はーりーはーりー」
玲は怪しげな動きと共に両手を広げ、千冬に体を差し出す。
しかし飛んできたのはティッシュ箱でもゴミ箱でもなく――――冷蔵庫だった。
「ぅ!? うぉあ――――――ッ!」
玲は咄嗟にベッドの上から前転――それを回避。飛来した冷蔵庫の直撃でベッドは一瞬でⅤ字にへしゃげ、あっという間に二つ折りベッドと化す。
「全裸でレディーを呼び出すなんて何考えてるのかなぁ~?」
言って千冬はティッシュ箱を投げてよこす。
「ちょ、怒ってる? 順番、逆じゃね?」
玲はそれを受け取ると、続いて飛んできた洗濯機を慌てて側転で回避するのだった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃――
暁はなにやら階下から聞こえる轟音とそれに伴う足下の振動に眉を顰めた。
今暁は神崎晴彦から奪った【心拍調整装置】を分解し、中の作りを解析している。
最初あの装置を見た時から、心なしか気になっていた事があったのだ。
そして、分解してわかった事がある。それは……。
『ンギャァアァ――――ッッッッッ!』
「――――っ!!?」
突如室内に尋常ならぬ悲鳴と振動が響き建物全体が揺れた。
とうとう我慢の限界に達した暁は立ち上がり階下へ。
「おい煩いぞ、千冬、玲!」
――と、
「ほ、本当に、すみませんです」
不自然な敬語を発し、裸で正座させられる玲。
「本当にぃ? 他にも――色々あるんだけれども」
「ひぃぃぃぃぃ――――っ」
それを前に仁王立ちし、腕を組みつつ歳の離れた弟を叱る様な口調で話す千冬。
こうあまり見れたもんじゃない光景が目の前で展開されていた。
まぁ精神年齢で考えれば、この光景もあながち不自然ではないのだろうけど……。
「何やってんだ……?」
暁が仲裁に入る。
「いや……読者を飽きさせないためにちょっとしたギャグパートの演出を――」
「またお前の妄想か……」
この魔薬中毒者め……。そもそも……。
「お前の妄想世界のファンとやらを想うのならまずパンツを履け」
俺は何をしたらあんな所に引っ掛かるのか、シーリングファンの羽にぶら下がり回り続けるパンツを指差した。
「ぇ、何でぇ?」
なのにこいつはそんな事を訊いてきやがる。
「別に投稿作品の規則違反じゃないだろ?」
「お前の作品には最低限の品位ってモンはないのか?」
最早この男にこんな注意をしたところでは馬の耳に念仏だ。
千冬もそう思ったらしく、彼女は早々に話題を変える。
「――っで、何かわかった?」
「そうそう―――ッ。暁が調べ物するの遅過ぎっからぁ~。俺は退屈して死にそうだったぞ」
「それで死んだら【主人公】たちも苦労しなかったろうな。ちょうど今さっき終わったところだ」
「へぇ~、それで?」
千冬が興味深げに身を乗り出す。
「これは俺の古巣の技術だ」
言って暁は顔の前でさっきまで分解していた【心拍調整装置】の外装をちらつかせる。
暁の言う古巣とは、四十年前――彼を改造人間へと作り変えた憎き組織。
「じゃあ……。暁君の撃ったその人はその組織の残党だったって事?」
「いや、あの組織の構成員は人外ばかりだった。おそらく誘拐されて兵器開発をさせられていた科学者の一人だろう。昔そういう奴らを助けた覚えがある。ただ――」
暁はその装置の外装を握りつぶす。
「もしかしたら。そいつが他にもいくつか兵器を造ってる可能性がはあるな」
その言葉に玲と千冬が合点したような反応を示す。
「それでもしかしてこれからガサ入れしに行くとか?」
「ああ、ただもう一つ」
暁は握りつぶした装置の残骸を床にばら撒き、指を一本立てる。
「あの男――どうやら殺し損ねたらしい」
その言葉に二人は同時に驚く。
「ぇ、ぅそ!?」
「まじぃ~!?」
「ああ、謳歌に確認を取ってもらった。あの時、確実に心臓を刺しておくべきだったよ」
あの時、暁は右手に持つ【心拍調整装置】に意識を割いていた事からサーベルではなく、左手の銃で攻撃した。急所を外したつもりはなかったが、これだけの装置を造れる科学者だ。服の下に大口径の弾を防げる装備を仕込んでいてもおかしくない。
暁は歯噛みと共に続ける。
「そいつの始末も一緒にやりたい」
「ほうほう?」
玲がパンツを指先にぶら下げて回す。最早誰もつっこまなかい。
「尻拭いをさせるようで悪いが玲――そいつの始末をお願いしたい。あいつの顔を直接見たのは俺とお前だけだし、あの科学者の家に行っても装置を見分けられるのは俺しかいない」
「それはいいけどよぉ。お前はいいのか? お前関連の残党だろ?」
「ただの科学者だよ。俺の業とは関係ない」
それで――と、これを訊くのは最早愚問だったかもしれない。
「千冬はどっちについてく?」
「暁君」
即答だった。
「何で?」
と、それ以上の愚問を玲が口にする。わからないのか? その恰好で……。
「…………」
返答は、なかった。
「ところで暁――了承した後で悪いんだが俺に任せたら些か派手にやり過ぎちまうぜ?」
「………っ。じゃあ、翼も連れていけ。彼女の使い魔は後で隠蔽に役立つだろ?」
「りょ! それならいいねぇ~」
「…………」
こいつ、ただ女の子と行動したいだけなんじゃないのか?
「それじゃあ皆――出撃準備を頼む。あと玲、服を着ろ」
暁は部屋を出ようとして――
「それからお前ら。一ついいか?」
冷静な口調で振り返る。だが次に続く発言は怒を孕んでいた。
「明日、壊した家具を買って弁償しろ。いいなッ!」
その視線の先には部屋を散らかすスクラップと化した家具家電の数々――ベッド、本棚、テーブル、洗濯機、冷蔵庫、炊飯器――わざわざ外したのだろうか? エアコンまでも部屋の隅に置いてある据え置きゲーム機とキスする形で大破していた。
くそ……。
彼は内心で毒づく。
彼は今――プライベートで今夏に発売されたギャルゲーに嵌っており、おそらく巨乳だと思っている後輩の巫女キャラを明日攻略しようと考えていたのだが……。
ギャルゲー界は終末を迎え、嫁たちも天国へと旅立ち約束していたデートも永遠に叶わなくなった。
これが冷静でなどいられるか。
「お、ぉぉ……」/「ぇぇ……わかったわ」
そんな暁の見せる憤怒の表情に――玲と千冬は大人しく頷く事しか出来なかった。
そして数秒後――
「――行くぞ」
暁たち三人は外に出る。
既に日は沈み、街は蒼黒の闇に包まれていた。
今は昼間の暑さが嘘の様に、肌寒い風が街を吹き抜けていく。
そして嘗て【主人公】だった【悪役】――彼らは明かりの灯る街の中を常人には視覚出来ぬ速度で駆け抜けた。
己の使命を果たす為に――。




