第16話:ホーリーチェインの華麗なる暗躍。しかし彼女はオ〇ホパッケージ似の女騎士
――如月謳歌という【主人公】の暗躍――
東京の某所【聖なる鎖】第58支部にて――
「おい、待ててッて謳歌っ! 話は終わってないぞ!」
荘厳な回廊に男の怒声が響き渡る。
そしてその怒声に耳を貸さず、歩き続ける長髪の女性が一人居た。
黒と白を基調としたドレスの上に黒鋼の鎧を着込み、右腰に長刀の日本刀、背中には女性が扱うには巨大すぎる西洋剣を挿している。ドレスの右腕の部分はがらんどうで布生地のみが風に揺れていた。
「おいっ! だから待てって、少し落ち着けって! いいから止まれっ!」
その女を追うのは黒鋼の軽装な鎧で身を固め、腰には脇差しと言われる分類の日本刀を四刀腰に括りつけた青年。
「さっきから何? うるさい、黙って」
やっと立ち止まって言葉を返してくれたことに安堵してか青年も立ち止まり、ため息をつきつつ言葉を発した。
「黙っては無いだろう……お前を心配してるんだ。もう一族の生き残りは俺達二人だけだろ……一体どうした? 何処に行こうとしている?」
さっきの怒声とは違い、冷静な声音。
「別に……玄に心配される事じゃないよ。いつもの妖怪変化や異形の類の退治」
「退治ってお前、この前の新宿に出た飛龍退治の時に右腕を失って――」
一瞬だった、青年の玄も相当な強者だ。速さにおいては同期の異世界召喚組の剣士の中でも五本の指には入る。別に油断していたわけではない。だが気がついた時には首筋に刃が一ミリの間隔を残して静止していた。
「別に玄に心配されることじゃない。私は片腕でもうまくやれる自信があるしね。まあ、通り名が変わるぐらいかな」
「かな……じゃないだろ……わかった、お前の強さはわかったから刀をどけろ……」
またもや一瞬で刀は腰の鞘に戻る。収める瞬間さえもわからなかった。
「ふう、死ぬかと思った。もうこんなことは止めろ、心臓に悪い」
「玄がうるさいのがいけないんだよ」
「こっちはお前を心配してだなぁ――っ、わかったもう何も言わんから刀に手をやるな」
「わかればいいの、まあ片腕でも大丈夫。私は支度があるし、もう行くね」
「はぁ――っ、いつもお前はそうだ。何でも一人で解決しようとする……」
「いつも一人で解決出来てるじゃない。ほら玄も会議があるんでしょう? さっさっと行きなさいよ」
玄はしぶしぶと言った体で会議室へと向かおうとし、忘れていた事を思い出したのか紙の束を謳歌に渡す。
「今週の会報だ。あまり役に立つ情報じゃないが、まあ目を通しておいてくれ。じゃあな、せいぜい死ぬなよ」
それだけ告げると、さっきのしつこさはなんだったのか、さっさと会議室へと行ってしまう。
時間的には会議はもう始まっている時刻。謳歌のことを本当に心配して声をかけてくれたのだと理解した。
「玄は馬鹿だなぁ、優しい馬鹿野郎だ。だから彼女の一人も見つけられないんだな。うんうん」
謳歌は左手に掴んでいる会報を片手で器用に捲っていくと、中途で今朝の新聞にも載っていたある記事に目が留まる。
『秋葉原で起きた殺人事件――犯人は人造人間であるという有力情報の許……』
「…………」
謳歌は先日行った一仕事の苦労を思い出し溜息をついた。
「暁先輩はああ見えて手が速いから困るよ」
新聞の記事には伏せられているが、この事件の被害者は【聖なる鎖】に所属する【主人公】。
そして【私たち】だけが知る事実――その犯人は碑賀暁だ。
先日、彼はかつての同胞を始末し、それをこの様な形に隠蔽したのが――他でもない如月謳歌本人。
彼女は黒須玲が話していた【ある情報筋】、と同時に【聖なる鎖】内に潜むスパイの一人。
彼女はつい先ほど、さらなる情報操作を行った。
それは数時間前――暁がさらに二人の【主人公】を殺害した事に対する隠蔽。
工作には体のいい理由がちょうど転がっていた。その時偶々起きた魔物の襲撃事件。
全てはあれの仕業となっている……表向きは。
玄たちはこれからそうとも知らず、それについての会議を行うのだ。
謳歌は歩を進める。先ほどまでの笑顔はなくなり、眼光は鋭くなる。
彼女はこれからある場所に向かう。暁よりある調査を頼まれたのだ。
「こればっかりはいくら玄にも言えないね」
謳歌の手が会報を捲り賞金首のリストの覧までいく。そしてある男の項目で止まった。
純白の膚と髪を持ち、顔面に髑髏のタトゥーを刻み付けた男。
賞金首の名は【地獄の悪羅悪羅系戦士】、黒須玲。
彼の賞金額が昨日と比べて上がっている。
今日――彼に対し放たれた殺し屋を玲が返り討ちにしたからだ。
もう額が上がっているとは仕事の速いことだ。
謳歌は昨日、黒須玲に対し殺し屋の情報とその依頼主の情報を流した。
結果――殺し屋は葬られ、その依頼主も先程死んだ。
その事に対し本部はかなり躍起になっている事がこの額からも伺える。
だが当分は彼に対する暗殺の動きも止まるだろう。
理由はそれどころではないからだ。
今日起きた魔物の襲撃事件――発生したのは秋葉原だけではない。
世界各地で数十ヶ所――同時多発的に起きた。
そしてその対処にあたり犠牲となった【主人公】は、数えるのも馬鹿らしい程多い。
【聖なる鎖】は今――混乱している。
謳歌は歩き始める。その表情に重々しい雰囲気は既にない。
彼女は【聖なる鎖】の【主人公】としての仮面を被り、早々にその場を後にした。ただーー
「それにしても……」
と――
「この通り名――ダサすぎでしょ、先輩」
彼女はその凛々しい顔を小さく微笑ますのだった。




