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第15話:誤報、オトン死す

 父を発見した後、俺は急いで救急車を呼び、父は病院へと搬送された。

 今俺は病室のベッドで横たわる父を前に呆然と立ち尽くしている。

 簡素な造りの病室に居るのは俺と父の二人だけ。光源は頭上の蛍光灯のみ。その光を受けたリノリウムの床は俯く俺の陰鬱な表情を反射していた。


「……父さん」


 その呼びかけに父は応えない。

 顔から生気は感じられず、一体どうしてこんな事になってしまったのか。

 病室に入って二人きりになってから、ずっとその事ばかり考えていた。

 だが答えなど見えてこず、ただ時間だけが過ぎていた。



 神崎晴彦(かんざきはるひこ)――彼はその昔悪の組織に誘拐され、そこで兵器の研究をさせられていた。

 そして、数年後――ある【主人公(ヒーロー)】によって救出された過去を持ち、今の生活を送っている。

 だが今日――彼はかつて己を救ってくれた【主人公(ヒーロー)】の手によって、その生涯を、断たれた……。



 ……かに見えた。


「……………ふぐッ」

「は?」


 次の瞬間それは起きる。


「そうだァ葉佩ィ。閃いたぞォ!」

「うぉおおおおおおッ!!?」


 突如、父は蘇生術でも施したかとばかりに起き上がった。

 医師からは今日中には目覚めないと言われていたのに、いきなり眼前に迫った父の形相に俺は思わず雄叫びに近い悲鳴をあげて背中から床に倒れる。


「ぐふェ」


 最早既視感さえ覚えるこの痛み。今日はやたらとこんな事が多い。


「なぁなぁ聞いてくれぇ。凄く良いアイディアを閃いたんだ」


 俺がどんなにうんざりした表情を作ろうと、父はまるで気にした風もなく、訊いてもいないのにその凄く良いアイディアなるものを話し始める。


「最近は色々な擬人化キャラが商品化されているだろ? その新ジャンルとして今朝のヘチマアザラシからインスピレーションを受けたんだが、色々なものをアザラシ化したら可愛いと思わないか? 名付けて擬ザラシ化だ」

「ん?」


 何を言い出すかと思えば……。


「想像してみろ。ツチノコアザラシ。ヤドカリアザラシ。たんぽぽアザラシ」

「…………」


 何だろう。どことなく可愛いらしいような気もするが……。ただ……。


「そう思うだろ? よし、これはいける! そうと決まればとっとと退院して直ぐにキャラデザに取り掛かるぞ。これは大儲けの予感だ」


 ――ばかだろ。

 さっきまで死にかけていた人間の発言とは思えない。

 そんな父の図太さに呆れ果てるも、そもそも父はこれまで何度も危ない橋を渡ってきた人間だ。これくらいどうという事もないのかもしれない。ただ……。


「父さん……」


 これだけははっきりさせておきたい事があった。


「あの場所で何があったの?」


 それは父の負傷の原因に対しての疑問。

 父は一瞬黙り込む、と――


「それが電店から出た途端突然化物に襲われちゃってな。急いで隠れたんだがこの様だよ」


 それは半分本当で半分が虚実。それに俺の質問の意図とは違う。


「そうじゃなくて……」


 俺が訊きたいのは……。


「どうして、胸に銃で撃たれた跡があったの?」


 その言葉に父の笑いが止まる。

 俺は血だらけの父を起こした時に気付いた。出血の原因が銃によるものだと。

 そして化物の襲撃で銃創を負うなど普通は考えられない。


「誰に撃たれたの?」


 父の顔に目に見えた葛藤の色が伺えた。

 そして十秒にも達するだろう長い沈黙の後、父は口を開く。


「それが、わからない…………。きっと流れ弾に、当たったんじゃないかな」

「………………そう」


 ――真実は、語られなかった。


      ◇ ◇ ◇


 父が嘘をついている事は息子の俺じゃなかったとしても一目瞭然だったろう。

 だが父が何かを隠しているのか全く見当がつかない。

 俺は病院からの帰り道、散々考えを巡らせてみるも結局断念。ミアに相談してみたが――


『だめですね。義父さんの見つかった場所周辺の防犯カメラにハッキングをかけてみたんですが、有力な手掛りなしです』

「そうか……」


 目に見えて落胆する。しかしミアは続けて意味深な発言をした。


『ただ、その映像がないという状況が少々不自然かと』

「――――?」

『ただ写ってないというのではなく、写ってないように細工された可能性があるんです」

「――それって?」

『あれがただの魔物の襲撃事件じゃなかったかもという事です。もしかしたら何か知性ある他の存在が裏で糸を引いていたのかも』

「どうしてそうとが言える?」

『あんな化物にそんな事が出来る学があったとでも?』

「確かに……」


 事態はより一層複雑な装いを見せた。


『まあ私が御主人の為に必ずや真実を暴いて見せましょう』


 その言葉に……。


「頼りにしてる」


 思わず本音が溢れた。だがその言葉に――


『……………………ふにゅ♪』

「…………どうした?」

『…………萌えきゃハッ!』


 突然ミアは口から吐血のエフェクトを吹いて壮大に倒れる。


「な、何だ!?」


 俺はスマホ画面の隅に倒れたミアを指先でつついてすくい上げる。


『ふひひひひぃ~♪。夏休み中に御主人との仲急接近ぃ~ん、今頃家で宿題やってるアホヒロイン共ざまぁ――ですッ。このまま行けば学園始まる頃にはみんなモブぅ? みたいな? デュフフ、ごめんぁさ~せん♪』


 ミアの顔が極めてあくどくなる。俺はそっとミアを画面の隅に戻した。

 ミアは甘やかすと直ぐ調子に乗る。


『デュフ、デュフフ――ッ。御任せてください、御主人……』

「…………」


 嬉しいのはわかるが、そのデュフは顔はやめてほしい。


「ミア、思うんだけど、そういった表情とかわざわざアップデートして追加する必要あるの?」


 素朴な疑問。これはミアの最初期バージョンには存在しなかった顔。きっと何処かの段階でアップデートして追加しのだろう。が、正直――いらないように思えた。


「増やすなら他にもあるだろうに……」


 俺はミアの全身を眺める。俺はミアをキャラデザした際【設定】で彼女を十七歳にしたのだが、その割には少し位出ていてもよさそうな個所が未だにぺったんこだ。


『ちょ、これは御主人が私のキャラデザの時に御家族に巨乳フェチがばれない様に、私の胸を意図して小さくしたのが原因ですよ!』

「俺の所為かよ!? そんなに言うなら自分で大きくすればいいじゃん」

『だめです。このスタイルが私の【設定】である以上――ここは……自分じゃ、いじっちゃいけない箇所なんです!』


 ミアは二次元キャラとしての妙な拘りがあるのか、恥ずかしげに自分の胸を押さえてそっぽを向く。


『そもそもその手の描写もまだなかったからこのまま誤魔化せると思ったのに……。こうなったら絵師さんに頼んで【ぺったんこ】だけど【ある】――みたいな絵を描いてもらいます!』

「はぁ??」


 何言ってんだ? こいつ……。

 こいつは何時か自分の絵を誰かに描いてもらう予定でもあるというのだろうか?


『あとあらかじめ公言するなら私は基本にスタイルのいい女キャラとは同じ枠には入りませんから。どうしてもという時は、体育座りで身長と一緒に誤魔化します。これはパンチラ的サービスですから。手抜きじゃありませんよ』

「知らねぇよ!」


 あとサービスってんなら、胸隠すなし。


「お前は……俺の知らない間にYouTuberやボーカロイドデビューでもしてたりするのか?」


 そんな質問を俺はこいつの発言から憶測するも――


『あぁっ……でも、人気出て画集とか出たら

ぁ…………んん~~っ』


 無視かい!

 ミアが何を苦悩しているのか、俺にはさっぱりわからないかった。

 きっとまたミアの中で二次元と三次元の境界があやふやになっているのだ。そう思い、これ以上の追求はやめる。

 そしてそんな会話を続けていると俺とミアは住宅街まで帰ってきた。

 時刻は既に夕刻。住宅群には明かりが灯り、夕食を支度する香りが漂ってくる。

 その匂いを嗅いでいると、そういえば自分が朝食以降何も食べていなかった事を思い出す。

 姉の燈華(とうか)とは病院で入れ替わりという形で帰っているので、夕食は自分でどうにかしなければならない。ここまで帰る途中にコンビニにでも寄ればよかった。

 今朝の爆発事件ではキッチンの被害はなかったので、コンロさえ使えればカップ麺が……。

 ――と、そんな考えは、俺が自宅に着き、家門の前に立った瞬間、頭から吹き飛んだ。


「何だよこれ……。家が、荒らされてるじゃんか!?」


 今朝のヘチマ爆発事件で家の窓や家具などは悉く破壊されていたが、それでも今目にしている光景は、そこから更に部屋を荒らした様な状態。

 今朝の段階で被害の少なかったキッチン、被害がなかったはずの奥の部屋など、そこに置かれていた物が新たに床に散乱している。

 あの後姉がこれをやったとも考えられない。

 まさか強盗?

 確かに今朝の様子なら強盗も容易には入れてしまえるが、いくらなんでもそれは不運過ぎる。

 俺は姉と連絡を取るべくスマホを取り出した。

 しかしその時、俺は家内から居るはずもない住人に呼びかけられる。


「おかえりきゅぴ♪」

「はあぁ!?」


 無論それは姉ではない。そこに居たのは今朝のヘチマアザラシ。


「何で、お前がここに!?」


 奴は何故かリビングのソファーの上に横たわり、うす塩ポテチを摘みながらペリエを呷っていた。たしか今朝父によって隣の家に蹴り飛ばされたはず……。


「ママさんに入れてもらったきゅぴ」

「ママさんって……姉さんの事か……」


 姉さん。何やってんだよ。


「君が帰って来るまで留守番しとくように言われたきゅぴ」

「そういうことか……」


 ――ってか、その割にはこの尋常でない部屋の散らかり様は何だ。

 その事についてこの生物を問い詰めようとしたが――


「正直、帰ってくるの遅過きゅぴ。遅過ぎてポテチ三袋も食べちゃったっきょぴよー」


 ちょっ、待て。


「三袋もぉ!? 家のポテチだぞぉ!?」

「ママさんには適当に食べていいって言われたきゅぴ!」

「それでも限度があるだろうが!」

「へェ~~そうかきゅぴきゅぴ?」


 言ってる傍からみるみる内に減っていくビンの中身。


「――って、言ってる傍からラッパ飲してんじゃねぇ!」


 慌てて奪い取るも、手遅れ、既に中身は空だ。

 こいつ、ひと瓶750ミリリットルもあるペリエをなんつ――早さで飲み干しやがる。


「べつにいいじゃないか、少しくらいィ~♪」


 あれを少しと言うか、お前は……。


「出てけ! 自立歩行する植物はもう観葉植物じゃねぇ」

「そんな事言っていいの? 僕――全部見てたきゅぴよ?」

「…………んっ、この惨状の事か?」


 俺は部屋の惨状を指さす。


「そうきゅぴ」

「お前がやったんじゃないのか!?」

「違うきゅぴ!」


 そしてヘチマアザラシはエビフライの様に反り返り、胸を張って抗議した。

 無性に腹パンしてやりたくなったが、我慢する。

 ヘチマアザラシはこの状況が一体何者によるものかを話し始めた。

 それは俺の最初の予想通り強盗によるもの。

 だがその犯人と――そいつの狙いは、俺の予想の斜め上を行くものだった。

 俺は理解する。

 父が一体何に巻き込まれたのかを……。

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