第14話:吉報、本日浮気男が粛清されます
暁が晴彦を銃で撃ち抜いたのとちょうど時を同じくして、村神千冬も奇形獣を一掃していた。
そして今――彼女の足元に一組の男女が跪いている。
周囲には千冬によって退治された奇形獣の残骸が転がる。
ここに人々を食い散らす獣の気配はもうない。彼女が全て退治したからだ。
本来ならこの上なく安全な場所。安堵するのが普通なのであろうが、この男女は寧ろ怯えて俯いたまま微かに震えていた。一体これはどういう事なのか。
それはこの光景の見方を変えればわかりやすいほど明らかで……。
「千冬…………」
男は震える声で彼女の事をそう呼ぶ。彼は――千冬の夫だった。
――で、あるならこの状況が差す意味とは……。
「なぁ~にィ~?」
千冬は天真爛漫な笑みで己の名を呼ぶ男の前に顔を近づける。
しかし男はそれっきり言葉を発せない。
代わりに千冬が男の耳元で囁いた。
「その子はだぁれかなぁ~~?」
「~~~~んッッ!?」
男はあたかも水中で溺れる様に慌てふためく。
微かに後ずさり、残される女。
女は落ち着いた色彩の服に身を包み大人びた雰囲気を纏っているも、男と比べれば明らかに若い。傍目には父親と娘が買い物に来ている様な光景に映るだろうが、この組み合わせが何を意味するのか、千冬には呆れて溜息も出ないほど理解できた。
「不倫かぁにゃ♪」
愉快げなその回答に――
「ひぃ!」
女は額から滴る汗、涙や鼻水で乱れた化粧を拭う事も出来ず、千冬から視線を離す事さえ出来なかった。
完全に委縮している。今にも失禁してもおかしくない程に。
女は見たのだ。目の前の魔法少女が見た目には似つかわしくない残忍さを晒す姿を。
周囲の奇形獣を嬉々として虐殺する蹂躙劇。
その狂気が今自分達に向けられている事を、女は理解した。
笑顔の下に貼り付く憎悪に恐怖する。
どんな弁解も意味がないと悟った。
自分はこれから起こる事のついででしかないのだと。
そしてその証拠に千冬は女を素通りし男の前へ。
「どうなの? 若いおんにゃのこがそんなにいいのかな?」
「待ってくれぇ!」
男はこの世の終わりとばかりに叫び出す。
千冬の悪意は全て男に向けられていた。
「今日のは不倫じゃない。ほら、お前来月誕生日だろ? この子は俺の元教え子で、それでプレゼント選びの相談をだな――」
もし返答を間違えれば一瞬で命を断たれる。
なら嘘でも何でもいい。何としてでもこの場を切り抜けよう、男はそう考えた。
だがそれは見え透いた嘘。まったく。どの口が言うのか。
「ふぅーん、相談ってラブホで?」
「ぇ?」
「電車車両風の部屋――居たよね?」
「ぁ、ぁ、あああああぁ」
「ねぇ、若い子って、そんなに好きぃ?」
千冬は猫が笑う様に微笑んだ。嘗て彼が好きだった笑顔で。
「ち、違う、俺はお前が一番で――」
「へぇ~そう」
まったく。本当にどの口が言うのか。
「あなた、本当にどうしようもない屑ね」
千冬の目はチベットスナキツネの様に冷めている。
「すまない。全部出来心で。許し――」
「このロリコンがァッ!」
千冬が少女特有の甲高い罵声を発し、男の股間を蹴りあげる。
「あぁっ! あぁっ、あぁっあぁっああああああああッ!」
断末魔に等しき悲鳴。
そして男は蚊の鳴くような声で啜り泣く。
「ごめん、ごめんよぉ、千冬。ゆる、許ひっ……て」
千冬はおもむろに右手でピストルの形を作る。そして――
「頭ばぁ――ん♪」
千冬はあたかも銃を撃つかの様なポーズをする。だがそれだけで……。
「ぁぎゃああああああ――ッ!!」
悲鳴というより絶叫に近かった。
女の顔面が弾け飛ぶ。
まるで内側から弾けるかのように液状化した脳髄が周囲を汚す。
「ぉわぁ――――ッ!」
男はかつての不倫相手だった女の一部を全身に浴びて硬直する。
そして、今度はその指先が自分へと向く。
「落ち着け! なッ!? またやり直そう」
男は失禁していた。
怯えている。これは説得という名の命乞いだ。
「やり直す、へぇ?」
千冬が小首を傾げ、人差し指を唇に添え思考顔を作る。
「それ、ちょ――っと無理だと思うなぁ?」
「何故だぁ!」
男は哀れな獣の様に吠える。すると――
「法律」
「――――ぇ!?」
その言葉に男の叫びが止まる。
「……なん、だって?」
「ねぇ、私いくつに見える?」
「へぇ?」
それはこの場に相応しくない間の抜けた質問。
男は戸惑い、顔面が硬直する。
千冬が口にした回答。
「答えは十歳」
「…………」
「何が言いたいかわかるよね?」
「……ぁ」
そうだ……。女性の結婚が許される年齢。それは……。じゅうろ……。
「ま――っ」
「離婚ね♪」
全ては一瞬、まさに一瞬の出来事だった。
彼はなんとしてもこの場を切り抜ける方法を探すもそんな事は全て無意味だった。
千冬は最初から彼を生かしておく気などなかったのだから。
彼の無駄な足掻きは僅か数秒にも満たず、己の命と共に終焉を迎える。
「……………」
暫しの沈黙。千冬は背筋を伸ばして踵を返した。
かつて夫だった男。それを今殺した。涙は、ない。
先日あれ程彼に捨てられる事を恐れて泣いていたのが嘘のよう。
むしろ心は空虚であるも何処か心地良い喪失感があった。
例えるなら、それは開放感。心はとても澄んでいる。
ふと空を見れば天上に開いていた穴が塞がっていく。
その動きに合わせ空間が動き、凄まじい速さで雲が流れていく。
同時に乾いた風が地上を吹き抜けた。
今の自分は例えるならあの空と同じ。――自由。そう実感出来た。
そして不意に背後から声をかけられる。
「よっ、千冬ちゃん」
振り返るとそこには仕事を終えた玲と暁の姿が。
「お疲れ。帰ろうか」
それは己の新しい仲間。これから歩む新しい物語の戦友たち。
「うん♪」
千冬は返事と共に彼らの許へと駆け寄る。――と、
「ところで――さっき来月誕生日とか聞こえたけど……?」
「――はぇ!?」
暁の思わぬ話題に素っ頓狂な声を漏らして立ち止まる。
「せっかくだし、俺と暁で何かプレゼント送ってやるZE! 何が欲しいんだYO?」
玲の突然の提案。
「ぇ、ぁ、ぇえ!?」
千冬は取り乱し、考えた。
「ぇ~~とっ、そ、そ、そうだねぇ……」
そして目を泳がせて数秒。
突然何を思ったか、千冬は途端に顔を赤くし、そわそわと遠慮しがちに――
「……UFO型のベッドが………、ほいしぃ、かな?」
――囁く。
「「はぁ?」」
今度は男たちが歩みを止める番だった。




