第13話:どこぞの魔界人だと10万歳とかいるけどなぁ、俺りゃあ地獄じゃ生後3ヶ月だよ!
――【黒須玲】という【悪役】の軌跡――
黒須玲はかつて世界を救う為に悪と戦った地獄の悪羅悪羅系戦士だった。
それは彼が享年二八歳だった頃の話。
彼は生前――【主人公】となる前は悪人だった。
そして彼は死後、地獄にて悪魔となって蘇るも僅か3ヶ月で四人の仲間を引き連れて地上へと脱獄を図る。
当時から主人公を自称する彼にとっては地獄の王に隷属するなど耐えられなかったのだ。
そして彼とその仲間達五人は共に生前【主人公】に退治された過去を持つ悪人。
復活後は五人で新しい組織を作り、この世を恐怖のどん底に叩き落としてやろうと考えていた。
だが彼らは地上である老人と出会い、そこである事件に巻き込まれた事で、改心してこの世界を守る為に戦う【主人公】となる事を決意する。
五人は【聖なる鎖】へと入隊。最初は己の魂に渦巻く悪の欲求を抑圧し、正しい事だけをする【主人公】に成ろうと考えていた。
だが玲だけはそれを途中で断念する。
理由はそうする事が己の強さの足枷になると理解したから。
彼らの力の根源は魂に刻まれた負の感情。
それ故に、玲は人々を守る為に正義であると同時に悪人でもある道も選んだ。
当時の仲間内で玲だけが暴力、女遊びと不祥事ばかり起こす【主人公】だった。
だがそれでも当時の警察は玲の犯罪を黙認してくれた。玲がそれだけの働きをしたからだ。
彼の実力は当時の【聖なる鎖】の中でも群を抜いていたし、どんな戦場、どんな敵を相手にしても無双出来た。
現代風の言葉で言うなら【チート】、【俺TUEEE】。組織はそんな玲の実力を高く評価し、彼が【終劇】を迎えた後も様々な戦場で重宝してくれた。まさに駆け抜けるような十年間だった。
だが十年前、玲より優秀で健全な【主人公】が次々と誕生した事で【聖なる鎖】は一瞬にして掌を返し彼は除隊される。
調子に乗り過ぎたのかもしれない。
そして戦いを離れ、後ろ盾の無くなった玲を待っていたのは過去の栄誉を讃えた感謝の言葉ではなく、過去に犯した過ちのツケ。
あろう事か【聖なる鎖】は彼を危険分子とみなし懸賞金をかけたのだ。
今月だけでも玲の首を獲りに来た賞金稼ぎは既に五組。
いつの間にか、彼は再び世界から淘汰される側の存在へと変わっていた。
それでも玲は一般人に紛れ、今日もディスカウントストア【ドンキホーテ】でバイトをしている。
◇ ◇ ◇
「シャイまっせー」
品出しをしていた玲はそう言って壮大に口から硝煙を吐いた。タバコである。
接客中にタバコを吸うなど、まさに糞野郎の鏡といえる接客態度だが――
「うん、いいねぇ~w」
しかしそれ故に玲は禁忌の行いに酔いしれ、商品のポテチに手を伸ばすなどしていた。
そんなふざけた接客をしている最中、彼は先程からある視線を感じ続ける。
それは自分の背後、飲料品置き場の棚から何度か此方を見ては視線を逸らす私服男性。
あれは表向き店が雇っている万引Gメン。
……表向き? とは言葉の通り。あれは万引きGメンではない。
正体は黒須玲の監視役。
雰囲気から察するに警察の寄越した一般刑事ではなく【聖なる鎖】の異能力者。組織がその様な行動をとるのは、有り体に言えば玲の正式な討伐作戦を行える様にする為の体のいい理由探し。【聖なる鎖】は何としても玲を排除したいらしい。
そんな監視役が受きながらの日常。
そんなある日だ。あの少女が玲の前に現れたのは……。
◇ ◇ ◇
その日の玲はいつになく荒れていた。
バイトを終え、帰宅した玲は部屋の明かりも点けず、酒に溺れ、己の過去を回想する。
思い出すのは今まで自分が行ってきた悪行の数々。それを責めるのは何時だって己の良心。
今の玲は前世の頃と違い人を知り、正義を知り、己の根源を嫌悪する心を持っている。
故に彼は悪人を貫く一方でそんな己に苦悩して生きてきた。
昔はその事をわかってくれる仲間が居た。
彼らは苦しむ玲を支えてくれ、玲も彼らだけが己を理解してくれればそれでいいと思っていた。だがそんな彼らももう居ない。皆戦死した。
皮肉な話しだ。正しさを貫いた者が悪に倒され、悪を貫いた者が悪を裁いて生き残る。
こうして玲の苦悩を、胸の内を知る者はもうこの世には誰も居ない。今の玲は一人。
それは前世の頃と変わらない。だが――
「やだよォ。じっちゃん。皆……俺、一人だよ……」
今の玲はそんな感情を抱く程、あの頃と変わっていた。
だが無論それを知る者も誰一人として居らず、世間から見て、彼はどうしようもなく排除すべき悪の一人だった。そしてそんな彼の許へ――
「一人じゃありませんよ」
「――――!?」
玲はそんな言葉をかけられる。
「誰だッ!」
彼は反射的に酒瓶を放り捨て、ハルバートを召喚する。
灯りの無い部屋でもその者の姿はよく見えた。そこに立つのは純白に輝く美しい少女。
だがそれを前にしても玲の劣情の類はまるで刺激されない。
少女の存在感がまるで感じられなかったからだ。
同時に玲はこの少女の不法侵入に全く気付けなかった事実に寒気を覚える。
「お前は何者だ? どこから入って来た? ここは俺の【楽園】だぞ」
「普通に、玄関から」
少女は玲の全裸を見ても顔色一つ変えず続ける。
「また、自分を理解してくれる仲間達と一緒に戦場を駆け抜けたいと思いませんか?」
少女は玲に手を差し伸べる。その微笑む姿があまりにも眩しく……。
「!」
玲の瞳がその姿に、嘗て地獄から這い出た時に見た地上の輝きを思い出させる。
「ぁ……あぁ」
それはこの身が焦がれた救いの光――まさしく【希望】の存在であると理解した。
気付くと、玲はその光を――握り締めていた。
◇ ◇ ◇
こうして三人の【主人公】は【悪役】へと転じた。
三人が出会うのはそれから間もなくのこと。
そして【平和の鷹】はその後も次々と新たな仲間を加えていった。
それは主人に先立たれた【人工少女】、強すぎる巨大兵器を開発したが故に国から指名手配された【科学者】、敵に同情したが故に迫害された【変身ヒーロー】。
皆嘗て【主人公】だった者達。
それらを束ねる少女の目的とは一体何なのか……。
そして【平和の鷹】――その存在さえ知る者はまだこの世界には居ない。
だがこれだけは言えた。
彼らは【主人公】にして【正義】に在らず。
彼らは間違いなく――この【世界】の【主人公】だった。




